第9話 休息

 深海はかなり長い間、熱心に教わったことを反復した。深海には元々凝り性なところがあって、こういったことを飽きずにずっと続けていられる。どうすればより効率良く術が使えるのか、いろいろ工夫しながら試していた。


「驚いたわ。よくそんなに集中力が持つわね」


 桜は深海の熱心さを見て素直に感心した。


「だってこれ、結構面白いよ。工夫の余地がたくさんあって興味深い。もっといろいろ教えてほしいな」


 深海は術の修練を楽しんでいた。しかし、もちろんそれだけではない。深海には桜から魔術のことを聞き出し、結界を脱出しようという考えも同時にあった。


「いろいろと教えるのは構わないわ。だけど、今日はこれくらいにしときましょう。あまり急に魔力を使い過ぎるのは優一君の体にもかなり負担をかけるから」


 桜は深海の魂胆など知る由もなく、体のこと気遣ってくれていた。他人が苦手だと言っていたが、本当はとても優しい子なんだろうな、と深海は思った。


「最初からそれだけできれば、パッツォがまた来たとしても、とりあえず逃げることくらいはできるはず。今日はもうゆっくりしましょ」


 桜は伸びをした。桜も少し疲れているようだ。パッツォを追い返す際、桜もかなりの魔力を使っていた。疲れるのも無理はない。


「そういえば桜、さっき助けてもらったお礼を言ってなかったね。改めて、ありがとう」


「な……」


 桜は急にまた俯いた。


「あ、ありがとうだなんて、そんな……。私のせいで巻き込んじゃっただけだし。だから助けたのも、お礼なんて別に……」


 桜のそんな反応が、深海にはとても可愛く見えた。やっぱり良い子なんだな、と深海は染み染み思った。


「ちょっとキッチンに行ってくる。桜、君も疲れてるようだし、よかったらゆっくりしていてくれ。僕のベッドで横になっててもかまわないから」


 深海に言われるまま、桜はベッドに横になった。疲れて枕に顔をうずめていると、不意に深海の匂いがふわっと桜の鼻をくすぐった。桜は自分が好きな男の子のベッドに横になっていることに急に気付いて、思わず赤面しそうになり顔を隠した。

 深海が出て行ったあと、桜の顔はすっかり赤くなっていた。

 


 部屋を出たあと、深海はキッチンで戸棚を漁っていた。桜に茶菓子でも出してあげようと、しまっておいたクッキーを探していたのだ。桜が最初、勝手に部屋に上がり込んでいた時、その厚かましさに深海は正直驚いた。しかし、桜と話をするうちに、彼女はごく普通の年頃の女の子なんだというふうに、深海の中での印象は変わっていった。魔術など使わずに普通に話しかけていれば、二人はもっと自然に仲良くなれただろう。しかし、その不器用さがまた、なんとも桜らしいなと思い、深海は思わずフフっと笑ってしまった。


 クッキーと一緒に紅茶も持って行ってあげようと、深海はまたお湯を沸かした。深海はケトルが沸騰するのを眺めながら、桜は紅茶は好きなのかな、とぼんやりと考えていた。また桜のことを考えている。桜に対して、思った以上に好感抱いている自分に気付いて、深海はまたフッと笑った。やれやれ、自分も普通の年頃の男の子だな、と深海は苦笑いした。紅茶とクッキーを盆に載せて、桜が喜んでくれるといいなと思いながら、深海は部屋に戻っていった。

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