第6話 深まる憂鬱

 金髪の男は天井をすり抜けてゆっくりと降りてきた。上品な朱色のローブ、後ろに撫でつけた金髪、肌色は褐色で、端正な顔は口元が皮肉屋な笑みを浮かべて歪んでいる。深海は一目見て「感じの悪い奴だ」と思った。


「勝手に上がり込んで、人の家に何のようかな?」


 深海は冷ややかな目線を向けて言った。


「おやおや、これは失敬。だがお前に用があるんじゃない。俺が会いに来たのはそちらのお嬢さんでね。なぁ桜」


 男は馴れ馴れしく桜の名前を呼んだ。桜は耳障りな音でも聞いたかのように顔を歪めた。


「何しに来たのよ、パッツォ。こっちはあなたなんかに用はないわ」


「冷たいじゃないか、桜。未来の夫に対して、それは少し酷いんじゃないか?」


 深海はまた何かややこしい事案が持ち上がっていることに深い溜息をついた。魔術の次に会わられたのは、悪魔でも妖精でもなく、未来の夫だったわけだ。深海は肩を竦めた。


「痴話喧嘩は他所でやってくれないかな。わざわざ僕の家でやるこででもないだろう」


 するとパッツォと呼ばれた男は、今度は深海の方を向いて言った。


「それがそうもいかんのだよ。桜は俺と婚約するはずだった。これは我がクラインベル家と神崎家の両家で決められたことだ。お互い高貴な血筋だからな。それをこの女は一方的に破棄し、何をやっているのかと思えば、こんなどこの馬の骨ともわからん男とよろしくやってるじゃないか。桜、お前には俺を拒む権利なんてないんだよ」


 パッツォが言い終わるかという時、桜が短い呪文のような言葉を詠唱した。


「私はアンタみたいな上っ面だけの男、お断りなのよ!」


 桜がパッツォへ向けて突き出した両手に光が集まり、次の瞬間、激しい閃光共に稲妻のような光の柱がパッツォに降り注いだ。初めて魔術を目の当たりにした深海は、唖然としてその光景を見ていた。


「や、やりすぎだ……。死んだんじゃないのか」


 部屋の中にもうもうと煙が立ち込める。深海が煙の方を凝視していると、またこだまするように声が響いた。


「今日は挨拶しに来ただけさ。馬の骨の顔も拝めたしな。またそのうち遊んでやろう」


 煙が徐々に晴れてくると、そこにはもう人影はなかった。


「面倒なことになったわ」


 桜に言われるまでもなく、深海にはそのことを嫌というほど理解した。深海はもう一度、深い溜息をついた。

 

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