第198話 陰陽の測り合い

 中村と遠藤が第一科目を解き始めた同時刻、冒険者ギルドに急遽用意された小部屋では、試験会場と同等の緊張感が漂っていた。


「粗茶ですが」


 受付嬢カレラが、並んで座るフィンケルとニーナの前に茶を出す。

 この状況を作ってしまった一端であることの罪悪感からか、普段の凛とした表情が若干強張っていた。


 自然体で会釈を行う中年とは対照的に、耳長族エルフの少女は完全に固まってしまっていた。

 このカチコチの娘こそが、ある意味ではこの奇妙な会合の主役である。


 ニーナの父カミュは、かつてルべリオス王国屈指の精霊師ドルイドであり、伝説のパーティ『ユグドラシル』の一員として名を馳せていた。


 しかしユグドラシルは、ダンジョンの奥底で消息を絶つことになる。


 ニーナは村の偉大な英雄をるため、そして大好きな父の足跡を辿るため、ルべリオス王都へと足を踏み入れた。


 彼女の覚悟に幸運が応えたのか、当時から頭角を現していたパーティ『レッド・ギガンテス』へと加入することが出来、今ではダンジョン未到達領域へ挑む最前線冒険者の一人に数えられることとなる。


 ここまでに歩んだ長年の苦労は、言葉では簡単に表すことは出来ない。


 だというのに、辿り着く目的が突然向こうから転がり込んできてしまう。『カミュはダンジョン奥深くで死亡し、遺品は冒険者ギルドで回収された』と。


 到底納得できる事柄ではなかった。


 どの場所に遺棄されていたのか、発見時はどのような状況であったのか等を聞かなければ、気持ちの整理をつけられるはずがない。


 そのためにギルドが隠蔽した発見者を、血眼になって捜索した。


 その探し回った発見者こそ、最後に茶を給仕された、向かい合って座る影山かげやまとおるである。


「初めまして。私はフィンケル・ヘルフリート・シュミットバウアー。

 『レッド・ギガンテス』というパーティで、まとめ役を務める冒険者です」


 フィンケルの第一声は、相手の出方を窺うような、実に慇懃いんぎんな挨拶であった。


「こちらこそ初めまして。

 事情があるとはいえ、仮面を取らぬ無礼をお許しください。

 クロードという名で冒険者活動に勤しんでいる者です」


 影山も合わせて、この世界で使用している名前にて挨拶を返す。


「まず……最初に謝罪を。

 あなたの周辺を嗅ぎまわるような真似をした事、大変ご不快な思いをさせたかと。

 申し訳ございませんでした」

「お気になさらずに。

 そちらにも譲れない事情があったのだと理解しております」


「……ギルドマスターから、大体の話は伝わっていると考えてよろしいでしょうか?」

「その認識で、問題ありません」


 深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいているのだ、とは大げさすぎかもしれないが、フィンケル達が影山について知ろうとしたように、影山もフィンケル達を徹底的に調べたうえでこの席についている。


 であれば余計な前置きは必要ない、と智炎は意を決し本題を切り出す。


「私からの要望はひとつになります。

 ニーナ……彼女に父親とその仲間の顛末を聞かせてあげてほしいのです」


 先ほどからこの場の空気に飲まれて、ただ湯飲みをすする人形と化した少女の肩に手をのせた。


「もし必要であるならば私は退席いたしますし。

 無論情報への対価も、パーティの出来る範囲で用意させていただく所存です」


 あまりの譲歩に影山は目を見開いた。

 己が握っている情報が、眼前の人物にとってそれほどの重みがあるという事実が、拳を握る力を僅かに強める。


「……場所については極秘事項にて言えませんが、当時の状況についてはギルドマスターからあらかじめ許可をいただいております。

 そんな限られた情報ものですが、よろしいでしょうか?」


 話しかけた相手は、フィンケルではなくニーナ。

 少女はつばきを飲みこんだ後、真剣な眼差しを返す。

 

「願ってもないです。ぜひ」


 影山は頷いた後、フィンケルへと向き直った。


「それでは、先にこちらの対価を提示した後、その了承を以て話すという形でよろしいでしょうか?」

「問題ありません。伺いましょう、対価の内容」

「はい、現在開催されている国家認定冒険者証の試験についてですが……」


◆◆◆


「……という事なのですが。

 お引き受けできますでしょうか?」


 全てを聞き届けたフィンケルは顎髭を何度か撫でた後、笑みを浮かべて相手を見やった。


「なるほど……その程度であれば喜んで引き受けましょう。

 むしろ私の方から申し出たかった事です」

「では、契約成立という事で……」


 懐から古びた手紙を取り出した影山の声は、どこかうれいを含んでいた。

 を発見した当時の、まだ青い自身を思い出していたのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る