第178話 蟷螂之斧と笑わば笑え

 階層ボスがボス部屋から出てこないのは、ダンジョンの法則ルールに縛られていたからに他ならない。

 であれば、ビルガメスが外部から持ち込んだ炎龍がその限りではないのは、考えてみれば実に当然の話である。


 今まで外に興味を示さなかったのは、ただの気まぐれに過ぎない。


 外から刺激ちょっかいを与えれば、飛び出そうという気持ちにもなるであろう。


 だが少なくとも、今であることを誰も望んではいなかった。




 最初の衝撃から一時間が経過した。

 向こう側からの強打ノックは、等間隔にて継続している。


 もはや扉は握りつぶした紙を広げたようにひしゃげており、地獄の窯を閉じる蓋としての役目を終えようとしている。


 騎士団とリベリオンズは、扉の左右に分かれて陣を布いていた。


 逃げ出さなかったのは、ここがダンジョン入り口までの最後の要害になっているからである。

 左右に分かれたのは、一箇所に固まったところを息吹ブレスによって一網打尽にされることを防ぐためである。


 重厚なはずの合金の扉が豪快に吹っ飛び、地響きをたてて地面に突き刺さる。

 奥からぬるりと、騒動の元凶が首を出した。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 前足を大きく前へ踏み出した所で、炎龍が違和感を感じる。

 見ると、近くの建材を利用したバリケードが、扉を囲うように築かれていた。


「射出始め!」


 騎士団長の号令で、投木器バリスタから先を尖らせた丸太がいくつも発射される。


 騎士団とリベリオンズも、出口が破壊されるまでの一時間、黙って指を咥えていたわけではなかったのである。


 対して炎龍は眼前の投擲物を認めると、前足を大きく横へ薙ぎ払った。

 それだけで、丸太は爪楊枝の如く弾き飛ばされ、バリケードは積み木のようにもろく崩れ去る。


 天災にたとえられる怪物の前では、即席の防衛線など気休めにもならなかった。


 障害物を取り除いた後、龍は眼前の塵芥ちりあくた共へ、牙の生えそろった口を開いた。


 ただの威嚇ではない、口内に膨大な熱量と光が集束していく、いつぞや見た息吹ブレスの準備である。


「させない!」


 動いたのはリベリオンズ、天を翔る翼を持つ中村賢人なかむらけんとであった。


 龍は寄ってくる蠅に、猪口才ちょこざいなと爪を振り下ろす。


 しかし流石はリベリオンズのリーダー、斬撃を紙一重で躱し、その勢いのまま龍のあぎとび蹴りをお見舞いした。


 予想外の反撃カウンターに巨体が揺らぎ、息吹ブレス発射が中止される。


「なんと! 一撃加えたか!」


 少年の雄姿に対して、騎士団から歓声が上がった。


 その応援に応えようと、中村が追撃を与えようとしたその時である。

 龍が突然前に屈み、口を大きく開いた。


 息吹ブレスかと全員が身構えたものの、吐き出されたのは白い閃光ではなく黒々しい排煙であった。


 実に異様な光景である、腹に残留した燃えかすを吐瀉しているようにも見える。


 すると、黒煙の中に無数のきらめきが出現した。


 みるみるうちにそれらは竜の形を得て、いつの間にか36匹の軍団としてこの場に召喚される。


■■■


【Name】《名前なし》

【Race】炎竜サラマンダー

【Sex】男

【Lv】96

【Hp】880


■■■


 先頭の一匹が、リベリオンズ目掛けて突進する。


要請リクエスト系統タイプ対物質狙撃銃アンチマテリアルライフル


 迎えうったのはパーティの軍師、遠藤えんどう秀介しゅうすけだった。


 己の身長を軽く超える銃器を素早く構え、今まさに襲い掛かろうとした火竜の眉間に弾丸を命中させた。

 人であれば上半身が原型を留めていない一撃に、竜はよろめいて狙撃手の手前で倒れる。


 重度のダメージは与えていたものの、死には至っていなかった。

 己を仕留めた相手を目に焼き付けるように、爬虫類の瞳がかたきをしっかりと映す。


 遠藤は足で竜の頭を押さえつけ、脳天に向けて拳銃を何発も撃ち込む。

 雷鳴が幾度も轟いて、ようやく息の根が止まった。


「……なるほど、最適解だ」


 拳銃に再装填リロードを行いながら、遠藤が忌々しそうに敵の妙手を賞賛した。


 この場有数の実力者である遠藤でさえ手間取る相手が、あと35匹も控えているのだ。

 中村以外のリベリオンズと騎士団は、これらの制圧で手一杯になる。


 必然的に中村と炎龍の一騎打ちの構図となった。


「っ……はぁっ! はぁっ!」


 強大な存在の敵意を一身に受けて、小さな龍人デミドラクルの呼吸が荒くなる。


 先ほどは一撃与えることに成功したものの、それは炎龍が騎士団を注視していた上での不意打ちによるところが大きい。


 正面で相対してしまっては、付け入る隙など紙一枚も存在しなかった。


 それでも、龍に息吹ブレスを使わせないために、中村は天災の中心へと飛び込まなくてはならないのである。


「もう簡単にはやられてやらないぞ! やるもんか!」


 口先では強がってみたものの、心の余裕が無慈悲に削られていく。


 特訓の傍ら師である影山と小将棋を指した際に体験した、敗北の直前に訪れる『詰まされていく』感覚。

 今の中村は、それに似た焦燥を感じていた。

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