てん・りとる・いんでぃあんぼーいず

@rekaron

第1話 インディアンボーイズ




この体に通った火が、四肢の先から凍てついていく感覚に、僕は抗うことができなかった。


脳髄が壊死し、爪先から錆び付いて動かなくなっていく。


眼球は泥を吸ったみたいに濁ったモノしか映さなくなり、静寂しか聞こえなかった耳はもう付いているのかすら分からない。


有機物が無機物に変わっていく様を実感することすら今の僕には儘ならない。


ひたりと涎が口の端から溢れ落ち、首に巻きついている縄を伝う。


ふと半開きになったドアからふわりと風が吹き込んだ。


縄は軋み、足元の本がはらはらと捲れていく。


…やがて訪れる静寂。

本はその物語の末尾を開いていた。

















【そして誰もいなくなった。】


















・・・








「んで、ここは一体なんの想区なんだ?」


最初に沈黙を破ったのは、緑髪の青年タオだった。


先程までの真っ白な霧とは打って変わって、頭上には濁りのない綺麗な青空が広がり、足下にある乾いた土には燦々と太陽が照りつけている。


「私も知らないわよ、カオステラーの気配がしたから来ただけで・・・」


レイナは周囲を見回して目を細めながら受け答える。


見渡す限り色鮮やかな配色の屋台と街並み、そこからは賑やかで楽し気な音が引っ切り無しに鳴り響き、売り物の料理からは美味しそうな匂いが辺りを包み鼻腔をくすぐった。


カオステラーを察知して沈黙の霧を抜けこの想区に入って来たのはいいが、肝心のカオステラーが何処にいるのか分からないし、そもそもここが何の想区なのかも分からない。


「とりあえず腹ごしらえでもしませんか?

食糧は食べられるうちに食べとかないといけません。ねぇ?新人さん」


「そんな、期待を込めた目で見られても。最初に言っとくけど盗みはダメだよシェイン」


「はっはー、そんなことするはずないじゃないですかー」


そう嘯くシェインは、チラリと前の二人を見る。


「そういえばレイナ、他の想区のお金とかって使えそう?」


僕が問いかけると、レイナは一つに結んだ白髪を揺らし、唇に人差し指を当てて考える。


「うーんそうね、大きく違う訳じゃないから使えると思うけど、あまり手持ちも多く無いし・・・」


そう答えお金の入った袋を覗き込んでうーんと唸り思考を巡らせる、

とタオは上機嫌に笑っていた。


「おいおいおっさん!こりゃあ美味そうな匂いじゃねえか!お嬢!これ食おうぜ」


「ガッハッハ!兄ちゃん見る目あるじゃねぇーか!このホワイトハウンドのステーキは、なかなかの上玉だよ!連れの嬢ちゃんもどうだい?」


店主の男が指を差した肉厚のステーキからは美味しそうな匂いが漂ってきて、食欲を掻立てた。


「あら、良いじゃない!私これ食べたいわ!」


先程の長考はどこへ行ったのやら、レイナはすぐにステーキの匂いに誘われてしまう。


「え、お金少ないんじゃ?・・

「たまにはいんですよー、お金は使うためにあるのです」


シェインが気楽な横槍を入れてきて、僕は1つ溜息を吐く。


その時だった。


「すまねェー!どかなくても良いけど先に謝っとくぜェー!!」

「イタッ?!」


途中レイナにぶつかりながらも颯爽と走り抜けて行った少年?は大声を残してその場からいなくなってしまった。


「大丈夫レイナ?怪我とかしてない?」


僕は屋台の前で尻餅をついたレイナに、急いで駆け寄って手を差し伸べる。


「え、えぇ大丈夫だけど。何だったのかしら今の」


「・・・・」


レイナはその手を取って起き上がると、服についた砂を叩き、少年が走り去っていった方を眺めていた。


「なんだあの坊主?兄ちゃん達の知り合いか?」


店の店主が心配そうに問いかけてくるが、

タオは首を振ってわかりやすく悪態を付いた。


「いや知らねー奴だな。あんなに慌てて一体どうしたってんだ?」


「・・・・・・・」


「どうしたのシェイン?」


先程から何やら言いたげな顔をしていたシェインは、やれやれといったように両手を広げてみせる。


「念のため聞きますけどお嬢?もしかしなくてもお金、盗まれてません?」

「え!うそ!早く言ってよ!」


レイナは自分がさっきまで持っていた、お金の入った袋が無くなっていることに気づき、再度少年のいなくなった方を睨む。


「あの悪ガキ、タオファミリーを敵に回すとは、なかなか度胸があるじゃねーか!

逃げられると思うなよ!!」


「ええ、容赦はしないわ!待ちなさい!!」


そういうとタオとレイナは怒りを隠そうともせずに少年の後を追い、走っていってしまった。


「早く行かないと置いていかれますよ新人さん」


「・・・・・え、ああ行こう」


困惑しながらも僕達は、少年の後を追いかけるために街を走りだしたのだった。






「何だったんだ今の。にしてもあの、嬢ちゃんの金を盗んでった坊主、どっかで見覚えがあるような・・・・・ん?ありゃなんだ?」



『グゥギ、ギャー』








・・・








「くそっあのヤローめちゃめちゃ足はえーじゃねーか!!」


「はぁ、はぁ、ねぇそこの君達?すごい速さで走って行く男の子見なかった?どっちに行ったかわかる?」


商店街を抜けて別れ道に差し掛かったタオとレイナは、道の真ん中に立っていた二人の少年に声をかけた。


「ふわァ、んー?どーしたの?おねーちャんたち?」


「太陽気持ちー!!スーパーレイ!」


その二人の少年の容姿はよく似通っており、黄色と朱色の入り混じった長髪は肩のあたりで結んでいて、羽と鉄の付いた頭飾りを付け、鉄の装飾をあしらった薄い布地の服からは褐色の肌が覗いていた。


「うお、お前ら兄弟か?スゲー似てるな!」


「うんそーだよ?僕らはきョーだい」


「ちょっと、そんな事はどうでも良いでしょ?早くあの子を見つけないと!」


「はぁ、はぁ、やっと追いついた二人共」


「そんなのでへばってちゃ、正義の味方なんてできませんよ新人さん?」


出遅れた僕とシェインが合流して、二人の少年に事情を話すと、片方の少年は森へ続く道を指差し眠そうに言った。


「おねーちャんたちが言ッてる、足の速い食いしん坊の子はー食べ物を買ッてーあっちに行ッたよー」


「あんがとな少年!行くぞお前ら!!」


「またなーにいちャんたち!」


少年達に手を振って僕達は言われた通り街の外れにある森へと走った。


(ん?あの子、どこかで見たことある気が・・・)









・・・








「くゥーうめェー食いモンがうめェよー!!ちャんと食える!うんまー」


「うん!確かに。特に魚が美味しい!魚が食べられるなんて夢みたいだ!!」


森の奥の開けた湖の近くで、二人の少年が食べ物を口に頬張りながら感嘆の声を漏らしている。


「見つけたぜ!盗人が!このタオファミリーから逃げようなんざ100年速えーぞ!」


「そうよ!お金を返しなさいっ!・・ってあなた達!?」


森の奥にいた少年達に近づくと、その少年達はこちらを振り返る、のだがその姿はまるで別れ道で話を聞いたあの少年達にそっくりだった。


「ま、まさかさっきの兄弟?」


「いえ、さすがにそれはないと思いますが、確かにすごく似ていますね」


少年達は食べ物を頬張りながら腰に刺してあった湾曲したナイフを構える。


「あむ、あぐ、ごッくん。

イイぜ?やるってんなら全力だ!もッといッぱい食わなきャいけねーかんな!!」


なぜか既に臨戦態勢に入ってしまっている、タオとレイナと少年達、とそこで片方の少年が落ち着いた声で割って入る。


「ええ。ですが邪魔者が入ッてしまッたみたいですよ?」


すると背後からは無数の足跡と生き物のような鳴き声が聞こえてきて、その声は今まで何度も聞いてきた、混沌の化け物の声で間違いなかった。


『ギ、ギャーア』


「え?あれって【ヴィラン】?どうしてここに?」


「やべー、あいつらここまで追ッて来たのかよ?ここはイチジキュウセンってやつだ!!お前ら怖かッたら隠れてなッ!」


「わからないけどやるしかないわね!行くわよみんな!」






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