パラサイト

仲村 歩

第1話 一難去って


「どうも、申し訳御座いませんでした」

「頭を上げて下さい。こちら側にも落ち度はある訳ですから。ノルンさんには優秀な人材が多いのですからこれからもお願い致しますよ」

「有難う御座います」

誠心誠意をもって謝罪をし取引相手の会社を後にする。

派遣社員がトラブルを起こした際のフォローをするのも俺の仕事で、普段は俺自身が派遣先で仕事をする事の方が多い。

直ぐに会社に連絡を入れ報告をする。

「とりあえず相手も双方の事情を判ってくれたみたいだ」

「あら、それは良かったわ。今日はとりあえず戻ってらっしゃい」

「了解」

俺が登録されているのがノルン人材派遣会社でこれから社に戻って報告書を出さなければならない。

結構、損な役割かもしれないが誰かがやらなければいけない仕事なのでこれも致し方ないと自ら良しとしておく。


「「お帰り、未来」」

「社内で俺に抱き着きながら甘えるのは止めてくれ」

「「ええ、どうして?」」

「神流織姫(かんなおりひめ)社長に神流美鈴(かんなみすず) 副社長が一介の社員に……判ったよ。好きなようにしろ」

俺の両脇に抱きついているのが2人の姉でノルン人材派遣会社の代表で、その会社の代表の2人が盛大に頬を膨らませて俺の顔を睨んでいる。

そして、俺が神流未来で歳はアラサー。

姉の2人も背は高い方でモデルにスカウトされた事が何度かあるらしい。

弟の俺から見てもヒメ姉とスズ姉は綺麗と言うか口に出すと怒られるけどスタイリッシュで格好良いと思う。

ノルン人材派遣会社の中で俺の立ち位置は平社員と言うところで裏方及び何でも屋と言ったところだろうか。

ONである社内ではきちんと公私のけじめを付けてもらわないと他の社員に示しがつかない。

「また、未来はケジメとか考えているんでしょ。社員に示しがつかないとか」

「当たり前だろ。確かにヒメ姉にスズ姉はこの会社の創設者だから誰も表立って文句や不平を言う輩は居ないだろうけどな、そういう事が積もり積もって後々トラブルが噴出してくるんだ」

「誰も文句なんて言わないわよ。私達のストレス発散になっているんだから、矛先が自分等に向くような事はしないわよ」

ヒメ姉が御託を並べている、俺は生贄か何かなのだろうか。

確かに事務所にある俺の机は荷物置き場になっていてデスクワークなんて出来る状態じゃない。

それ以前に2人の上司からの特命で外回りと言う名の事後処理が主な仕事で殆ど社内に居ないのだから仕方がないのかもしれない。


社長室や役員室と呼ばれているガラス張りの部屋を出ると女子社員達が忙しそうに電話の対応をしたりパソコンに向かったりしている。

そんなフロアーの一角にある自分のデスクに向かいデスクの上にある書類やファイルを所定の場所に片付け始めた。

「み、未来君。な、何をしているんですか?」

「ああ、水野さん。デスクの上を片付けようかと」

「止めてください。そんな事をされたら困ります」

いきなり俺の腕を掴んで何かに怯える様な顔をしているのはこの会社の創設時から社員をまとめ上げているチーフの水野さんだった。

結婚をして家庭を持って子どもが産まれても辞めずに仕事に復帰してくれた、とても頼りになる姉御肌の水野さんが懇願している。

「未来君は社内外の緩衝材なのですからそんな事をしないでください」

「でも、俺のデスクですし自分で片付けるのが普通でしょ」

「毎回、未来君には派遣先でトラブルがあった時に謝罪に行ってもらって私達は感謝しているんです。何でも言って下さらないと困ります。それに未来君が居て下さるだけであの2人は笑顔で頑張ってくれるんですよ」

確かに俺がこのデスクで仕事をしている時間なんて微々たるもので外回りをしているか姉2人の相手をしている事の方が格段に多い。

それでも他の人の手を煩わす事が躊躇われると言うより自分の事は自分でするという事が全身に染み込んでいる。


「未来、次の仕事が決まったわ。水神商事の支社長の補佐よ」

「俺の専門外だろ。俺はサービス系しか」

美鈴副社長の顔から表情が消えていくのを見てため息を付いた。

「ほら、未来君。頑張って」

「プチプチな気分です」

「緩衝材だからね」

水野さんが笑顔で俺の肩をポンと叩いた。

再びガラス張りの役員室に向かうとヒメ姉が眉間にしわを寄せていた。

どうやら無理難題が待ち受けている気がヒシヒシと伝わってくる。

水神商事の支社長の補佐には今までも何人もの派遣を送り込んだのに尽く突き返され、仕方なく秘書系のスペシャリストの男性社員を送り込んだばかりだったはずだ。

それに俺の専門はホテルやレストランのサービスがメインで講師として出向いたり、時にはレストランに派遣され従業員と共に働きながら基礎を教える仕事をしている。

「そんな顔をしていると老けるぞ」

「それじゃ、未来は了承してくれるのね」

「それとこれとは別だ。俺の専門外だし相手の脚を引っ張るだけだぞ。何で俺なんだ?」

「直球勝負で負け越しているから、今度は変化球で最後の勝負かな」

ヒメ姉の説明では秘書系のスペシャリストを送り込んだのに殆ど何もさせて貰えずに泣きを入れたらしい。

先方が求めているモノが良く判らず俺に確かめて来いという事なのだろう。

それに何もさせて貰えないのなら俺が行っても問題無いという事なのかもしれないし、俺が出向いて駄目ならば今後の契約を考え直さなければならないだろう。

「とりあえず、俺が出向いてみるよ」

「ゴメンね、未来。これが先方のデーターよ」

「判った。目を通しておくよ」

スズ姉から先方の資料を受け取って今日の業務が一通り終了し、ヒメ姉に今日はお疲れ様と帰る様に促され水野さん達に挨拶をして社を後にした。





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