MANANA The Spell User-呪文使いのマナナ-

「おかーさん、なんで起こしてくれなかったの!」


 マナナは居間に入ってくるなり口を尖らせた。ボブカットの髪に寝癖が付き飛び出すように跳ねていた。寝癖を手櫛で撫でつけるが、何度やってもぴょんと飛び跳ねて元に戻ってしまう。


「何度も声を掛けたけど起きなかったじゃない。生返事ばかりして」

「布団を剥いでくれるまでが起こしたっていうんだよ」


 遅刻寸前まで起きなかったのはマナナ自身だ。母親に言ってもどうにもならない事と判ってはいるものの、言わずにはいられなかった。


(さーて、どうする……)


 マナナは掛け時計をチラリと見た。8時20分。これは学校の講義が始まるまであと10分しかないことを示している。テーブルに並べられた朝食を前に躊躇している場合ではない。


「いただきます!」


 朝食を楽しむという事は、時間に余裕があるときにするものだ。マナナは朝食に用意されていたパンを牛乳で一気に流し込んだ。


「ごちそうさま!」


 マナナは駆け足で自分の部屋に戻り、床に置いていた学生鞄を背負う。次いで、机の上に置いてある大きな本に目を移した。その革表紙の本は、美しい金象眼が施されている。中央にあしらわれたアクアマリンが印象的で、全てを見透かす瞳の様に輝いていた。


 マナナは本を手に取り、鏡でもう一度自分の姿を確かめた。


「ギリギリセーフ……、だよね」


 マナナは跳ねる髪の毛を撫でつけた。ほぼ寝起きの状態で、それを手荒く直しただけで外出しなければならない。それが年頃のマナナにとって少々不本意ではあったが、起きられなかった自分が悪いのだ。こればかりはどうしようもない。


 遠くから鐘の音が聞こえてきた。学校にある時計塔の鐘の音だ。この鐘が鳴るということは、授業開始まで5分ほどしかないという事を意味する。


「行ってきまーっすっ!!」


 マナナは、居間に居るであろう母親に大声で叫んだ。そのまま家を出るかと思いきや、手にした本を捲っていく。少し呪文の知識があれば、その文字が呪文を記述するための魔法文字ルーンであることが判っただろう。


 朗々とマナナは呪文を唱えた。時間にして三十秒ほどの詠唱を終え、目的地である学校の裏庭を思い浮かべる。これは、Teleportを使うに辺り最も重要な事だ。移動する場所をイメージできず、空中に出現したり、地中に出現したという話しも多い。出現先に異物があるという事は死を意味するのだ。


「Teleport(テレポート:瞬間移動)」


 呪文を起動させるコマンドワードを唱える。その瞬間、その場からマナナの姿が掻き消え、誰も居ない学校の裏庭に降り立っていた。玄関からは登校の喧噪が聞こえてくる。


「滑り込みセーフ!」


 周囲に人が居ないことを確認し、ブックバンドで呪文書を固定した。玄関に回り込み、なにくわぬ顔で教室に入っていくのであった。




「終わった!」


 お昼の12時半に長針が振れると同時に時計塔の鐘が鳴り響いた。講義終了の合図に、マナナは教科書とノート即座に閉じた。


 学校の講義は午前のみで、午後からの時間は各々自由に使うことができた。マナナをはじめ、生徒の多くは家の手伝いや専門の研究などに勤しんでいる。当のマナナも自宅と反対方向へと足を進めた。幼い頃より、街でただ一人の呪文使いミフネの元で修練をつんでいる。午後の時間は殆どミフネの所で教えを受けていた。


 住宅街の一角に作られた学校から、漆喰の白壁がならぶ細い路地を抜け中央通りへと向かう。途中、若葉に萌える木々を眺めたり、町を流れる川を橋の上から魚を眺めたりして、マナナは春の訪れを実感していた。


「あっ」


 気分良く川面を眺めていたマナナが欄干から身を乗り出した。子犬が川を流されてきたのだ。


「助けなきゃ!」


 マナナは脇に抱えていた呪文書を一気に捲った。


(間に合って!)


 目的のページを開き、マナナは流されていく子犬を目端に捕らえつつ詠唱を始める。


 それは数節の短い呪文だった。


「Telekinesis(テレキネシス:念動力)!」


 呪文の効果はすぐに表れ、見えざる手がマナナから伸びた。集中力を切らさない様コントロールし、子犬にそっと近づける。見えない手は、もがく子犬に追いつくと優しく包み上げた。


「やった!」


 子犬は、水滴を滴らせながらゆっくりと空中を漂い、ふわりと橋の上に降り立った。


「もう大丈夫だよ。なんで落ちたかは知らないけど、落ちちゃあダメだよ、ホント」


 そう言い終わるやいなや、子犬が全身を震わせ水を切る。


「おっと、それはッ」


 呪文書を荒ぶる水滴から守るため、マナナは咄嗟に子犬に背を向けた。


「ダメだよ。この呪文書はもの凄く大事なものなんだから、水濡れ厳禁!」


 子犬はマナナを見つめ、一心不乱に尻尾を振っている。悪い気はしないな、とマナナは子犬に笑顔を向けた。


「じゃあね、もう落ちちゃあ駄目だよ」


 子犬の頭を一度撫で、マナナはその場を後にした。




 子犬と別れ、さらに大通りの石畳を15分ほど歩き、マナナは師匠であるミフネの店までたどり着いた。


 大通りに面した小さな古道具屋が呪文使いミフネの店だ。外から中の様子が判るガラス張りの店構え。古めかしいカウンターには骨董品や魔法の工芸品が並ぶ。鍵が掛けられた戸棚には、薬品の瓶が所狭しと並んでいた。


「こんにちは、師匠」


 ドアを開けると据え付けられたベルが軽快な音を立てる。一歩店にはいると、古い木の匂いと呪文に使う触媒との匂いが混じり合った、ある種独特な香りが鼻孔をくすぐった。


「おお、マナナか。今日は店番をしてくれる日だったかな」


 カウンターの中で腰を掛け、本を読んでいた老人が顔を上げた。短く刈り込んだ髪の毛は真っ白で、彫りの深い顔にエメラルド色をした瞳が知性的な輝きを放っている。


「このお店、お客さん殆ど来ないですけどね」

「そうだなあ」


 そう言ってミフネはマナナに微笑んだ。ミフネの弟子になってから8年、マナナは自身の勉強も兼ねて店番をしているが、忙しいほど客が入ったことは一度もない。そもそも、この町の呪文使いが当のミフネとその弟子しか居ないのだから繁盛する訳がないのである。たまに他の街からこの店の噂を聞きつけた呪文使いが触媒を仕入れに来たりする程度だ。


 マナナは奥の部屋に荷物を置き、自分の呪文書をカウンターの中へ持ち込んだ。


「それじゃあ師匠、交代しましょう」

「ああ、それじゃあ頼むよ」


 着込んだローブの裾を少し気にしたミフネが席を立ち、入れ替わる様にマナナがその場に収まった。


「それじゃあ後を頼んだよ」


 皺だらけの顔をさらにしわくちゃにしてミフネは頬笑み、節くれだった大きな手でマナナの頭をポンポンと撫でた。


「いつまでも子供扱いしすぎです、師匠!」


 ぷくっと頬を膨らました顔もどこか愛らしい。


「すまん、すまん」

「まったくもう……」


 笑いながら自室に引っ込んでいくミフネを見ながら、マナナは小さく頬笑んだ。師匠と弟子で、この遣り取りを何度したか。


「さーてと、店番、店番っと」


 いつものように、マナナは商品の埃を払うところから初めた。次いで商品の確認をする。小さな金庫に収められたお金を確認し、最後に備品を確認した。


「全てにおいて問題なし、と」


 あとはのんびり座っていればよい。気楽な思いでマナナはカウンターの下に置いてある近代呪文集成を取り出した。公開されている呪文を一つ所に集めた専門書だ。眺めているだけで飽きないし、今後自分の呪文書に書き加える際の参考にもなる。


「これだけ平和だと破壊に関する呪文は使いどころが無さそうよね」


 勿論マナナの呪文書にも、FireBall(ファイアボール:火球)やLightning(ライトニング:稲妻)、MagicMissile(マジックミサイル:魔法の矢)といった破壊の呪文が書かれている。とはいってもそれらを実戦で使用した事はなく、精々演習でミフネの作ったゴーレム相手に試した程度だ。FireBallの爆炎で木っ端微塵に砕け散り、グズグズに焼けこげたウッドゴーレムの事を思い出しマナナは小さく苦笑いした。


「世の中が便利になる様な呪文でも考えてみますかね」


 マナナが息巻いて腕まくりをし、ペンを片手にアイデアをメモしようとした時だ。不意に店のドアが開き、勢いよく一人の少女が店になだれ込んできた。


「マナナは居るか!」


 大声でそう言ったおかっぱの少女は、入ってきたそのままの勢いでカウンターに乗りかかり、マナナのことをジッと見つめた。


「どーしたんです、パラリティス先輩……」


 切りそろえられた前髪を揺らし、パラリティスは、息を切らせもごもごと口を動かしている。


「とりあえずお水どうぞ」


 マナナは、スッとグラスの水を差し出した。パラリティスは受け取った水をグビグビと喉を鳴らして飲み干し、そのまま叩きつける様にグラスをカウンターに置いた。


「あなたにしか頼めないの……」


 パラリティスは周囲を見回して言った。マナナにはそんなパラリティスがよくよく周囲を警戒しているように見えた。


「何か居るのよ、私の周りに……」


 パラリティスがマナナの手を握り店内を見回した。時折店の外から聞こえてくる物音に、敏感に反応し方向を伺っていた。


「何が居るっていうんです?」

「判らない。判らないけど何か居るのだけは判るのよ。気配っていうのかな。一人で部屋にいるはずなのに誰か居る様な気がするの……」


 パラリティスはポケットから一冊の野帳を取り出した。挟み込んでいた地図をカウンターの上に広げる。それはマナナが住むスウェーンの街の周辺地図だった。


「ここに行ってからなの」


 パラリティスは、トントンと地図の上を指で叩いた。赤鉛筆で丸く印が付けられていたのは、街の郊外、農場や放牧場の外に広がる森の一角だ。マナナは、その場所について何か特別な事でもあったか考えてみるが別段思い当たる節はない。


「此処に何かあるんですか」

「お墓よ……」


 マナナの問いに、真剣な表情をしたパラリティスが答える。マナナの額にじっとりと汗が浮かんだ。正直なところ、マナナは不死者が苦手なのだ。蠢く骸骨ならギリギリ大丈夫だが、半腐りのゾンビなどどう考えても願い下げだ。


「被葬者が誰かも判らなくなった古いお墓」


 マナナは空になっていたグラスに水を注いだ。パラリティスも少し落ち着いた様で、グラスの水に口を付ける。


「私、学校が終わったら街の歴史編纂室れきしへんさんしつにお世話になっているのよね。で、先生と一緒に街の周辺に有る遺跡なんかを調査してまわっているわけ」


 ふむふむ、とマナナは頷いた。それを確認してパラリティスが話を続ける。


「私はまだまだ新人で、覚えることがいっぱいある訳ね。で、立面図の書き方で悩んでいた時に、初心者でも書きやすい場所があるから、と教えて貰ったのが此処なわけ」


 パラリティスは地図を指先で軽く叩いた。


「何十年も前に調査された遺跡で、報告も上がっているから、その図面を参考にして書いてみなさいってわけよ」


 パラリティスが背負い袋から「スウェーン郊外遺跡群踏査報告書」と書かれた一冊の本を取り出し、「これのことね」と付け加える。


「失礼します」


 本を受け取ったマナナは、パラパラとページを捲っていく。その本には、遺跡が約1800年ほど前の墳墓であること。直径20メートルほどの円墳で石室と羨道せんどうを持つこと。かつてそこに安置されていたであろう棺桶や副葬品などはすでに盗掘にあっていたようで、何も残されていなかった事などが詳細に記録されていた。


「なんか、想像したのと違いました……。墳墓っていうから、もっとこう、物語に出てくる様な巨大な地下迷宮を想像しちゃってましたよ」

「そういうのは、王家の墓とか神殿になるかなあ……。それはさておき話の続きなんだけど、私は玄室の立面図を描こうと思った訳ね」


 マナナは、時折相づちをかえしパラリティスの話を聞いている。


「その時は無事に図面を書いて帰ってきたんだけどさ、その日の夜から、ずっと何かに見られている感覚があるのよ」

「先輩の気のせいじゃ無くて?」

「気のせいじゃない……、と思う。なんか変な音もするし、椅子は勝手に動くしでね」

「それは奇妙ですね」

「そんなことが一週間も続けば気が変になるってものよね」


 パラリティスが報告書に書かれている図面を広げてマナナに示すと、そこには壁面に残されていた紋様が詳細に描かれていた。


「こっちのページを見て」


 パラリティスに促されページをのぞき込んだマナナの眉がピクリと動いた。本を両手で取り上げ、がぶり付く様に図案を眺める。現代のそれとかなり違うが、召喚用の魔法陣に見えなくもない。それも特別難解な、別次元からの召喚に使用されるものにどこか似ている。


「心当たり有りそうね」

「詳しいことは私にも判らないんですけど、召喚関係の魔法陣に似てるかな、程度です。ちょっと確認してきます」


 マナナはすっと席を立ち、パラリティスが呼び止める間もなく店の奥へと消えていく。


「ちょ、ちょっと! 一人にしないでくれるかな!!」


 パラリティスが声を挙げると、すぐに奥からくぐもった返事が返ってきた。


「すぐ戻りますので待っててくださーい」


 パラリティスはグラスに手を伸ばした。ゆっくりと一口水を飲み大きく息を吐く。改めて店の中を見回してみると、普段見ることが無い工芸品も多く置いてあることに気がついた。


 古いモノに興味が湧くのは、歴史学や考古学を研究している人間の性みたいなもので、ついつい鑑定してみたくなるのだ。パラリティスは、カウンターから棚に陳列されている壺に視線を送る。


「アレとか絶対に500年は昔の壺だわ……」


 壺の型式と体部に施された紋様を見てパラリティスが呟く。壺にはセットであろう蓋がしてあり、丁寧に札で封印されている。札の表面に何か文字が書いてあるが、パラリティスには判読できない文字で書かれていた。


「それはイフリート・ボトルっていうんですよ、先輩」


 不意に掛けられた声の方を振り向くと、大きな本を抱えたマナナがパラリティスの後ろに立っていた。

 マナナは、『召喚魔法陣の研究-論考編-』と書かれたタイトルの本をどっかとカウンターの上に乗せる。


「それは?」

「呪文使いの中でも、召喚について研究している人たちが出版した論集です」

「こういうの、どこの業界でも同じだよねえ」


 目次を確認し、マナナは「古代アトゥーリア地方墳墓に描かれた召喚用魔法陣とその効用」という論文を引いた。


「いや、マナナちゃん凄いね……。よく勉強してるわ」


 パラリティスが本当に感心したというふうに、しみじみと言った。


「いやいや、師匠にちゃんと相談しましたよ。そしたらこの本の事をすぐに教えてくれました」

「大抵師匠って呼ばれている人はどんなことにも詳しいよね」

「ですです」


 マナナとパラリティスは顔を合わせてクスリと笑う。


「それでは……」


 マナナがページを捲り、パラリティスが横からのぞき込むかたちで論文の内容を確認していく。それによると、マナナ達が住むアトゥーリア地方の墳墓には、しばしば盗掘避けにインビジブル・ストーカーという別次元の生物を使役することがあるという。時期により、召喚される生き物と命令は異なり、図によって年代毎の魔法陣の変遷が表されていた。


「あ~、やっぱ複数の分野の専門家が集まらないと進まない事ってあるよね」


 パラリティスは自分に何が起こっていたのか、歯車がキッチリかみ合った様でさばさばとした口調で言った。


「報告書だと魔法陣と思われる、で終わってるんだよね。調べようが無いのかもしれないけどさ」

「基本的に呪文使いの人数って極めて少ないですからね」

「そうなのよねえ。しかーし」


 パラリティスはマナナの肩をグッと抱いて引きよせ、そのまま頬ずりしていく。


「何をするんですっ、先輩は!」

「こんなにカシコカワイイ呪文使いさんが身近に居てくれてオネーサン嬉しい!」

「判りましたから、魔方陣の確認が先ですよ」

「へいへいっと……」


 パラリティスは、図示された魔法陣と報告書の魔法陣とを何度も見比べて確認していく。そして、一つの魔法陣が報告書と同一であることを確認した。


「これだわ。間違いない」


 パラリティスが二つの魔法陣を交互に指さし確認する。マナナもパラリティスに寄り添う様に魔法陣の解説を読んでいく。


「諸王国期中期の魔法陣で、作成した呪文使いはフェイス・フェイズ。使役するインビジブルストーカーはエアエレメンタル、ですか」

「うん、うん」


 マナナが解説を読むと、パラリティスが嬉しそうに頷いた。


「エアエレメンタルの性格は穏和で与えられた命令は忠実にこなす。この魔法陣の文法では、墓に進入した対象を監視し、盗掘もしくは墓の破壊を行う場合は殺害し墓を守る。そうでない場合、一週間監視を行い墓に害が及ばないか確認を取る、とありますね。」


 雲行きが妖しくなってきた。じっと説明を聞いていたパラリティスは背筋におぞけを感じる。


「先輩、エアエレメンタルに監視されているんじゃないですか?」

「エアエレメンタルって質量あるの?」

「そりゃあ有りますよ」

「動いたりしたら物音とかするよね?」

「しますね……」

「それだわ……」


 そんな話をしていると、店のドアが独りでに、ゆっくりと開いていく。カラン、コロンと小さくベルが鳴った。


 マナナとパラリティスは、咄嗟にドアの方へ振り向いた。

 ドアはひとりでに、開いた時と同様静かに閉まっていく。

 それからヒタヒタと張り付く様な足音だけが店内に小さく響いた。

 マナナは、カウンターに置いていた自分の呪文書を手早く捲り、呪文の詠唱を行う。

 ヒタヒタと迫る足音は二人の目の前に近づいてきていた。


「Detect Invisible(ディティクトインビジブル:透明看破)」


 マナナの声と共に呪文の効果が発揮され、影響力が店内に広がっていく。その効果でその姿を現したのは奇妙な人影だった。すこし青みのかかった半透明をしており、真面目な顔をした中年のおっさんがパラリティスの目の前に表れた。意表を突かれたその姿に、マナナとパラリティスの目が点になってしまう。


「えーと、どなたさまでしたっけ?」


 パラリティスは半笑いになりながら男に問いかけるが、男は一向に答える様子がない。全裸で角刈りでちょっとがたいの良いオッサンのエアエレメンタルは、マナナのエレメンタル観を木っ端微塵に吹き飛ばしていた。


「へ、変態だーっ!」


 マナナとパラリティスは同時に叫んだ。その叫びを聞いたエアエレメンタルが二、三度周囲を見回す。


「あ、お二人とも見えてます?」


 自分を指さしたエアエレメンタルが少々おどけた口調で言う。間髪入れずマナナとパラリティスは力一杯頷いていた。




「いや~あ、契約って何年経っても継続するモノで、私らとしても困ってるんですよね。あ、ここのところオフレコで……」


 インビジブルストーカーは、自分が遺跡の魔法陣により召喚され、古の盟約に基づきパラリティスを監視していたことを伝えた。それはもう四六時中、片時も離れず、一週間にわたって監視を続けていたという。


「結果、お嬢さんはシロと言うことでそろそろ風の精霊界に戻ろうかと思いますです、はい」

「先輩、墓荒らし不認定おめでとうございます!」


 マナナが笑顔をパラリティスに向ける。しかし、当のパラリティスの顔はどんよりと曇っていた。口元がひくひくと引きつっている様に見え、ぼそぼそと何かを口走っている。


「どうしたんです、先輩?」

「ひ、一つ聞いても良いかしら……」

「どーぞ」

「私が遺跡に居た時から一緒にいたの!?」

「もちろんです」

「トイレも」

「はい」

「お風呂の時も」

「はい」

「ということは、私が自分の部屋に居た時もずっと隣に居た訳ね……」


 その先は言葉にならなかった。心なしかパラリティスの身体はわなわなと震え、耳の先まで真っ赤になっている。


「いやあ、なかなかお楽しみで……」


 インビジブルストーカーはニヤリと笑った。その顔はエロ親父が時折見せるそれだった。それを見るパラリティスの目が完全に据わっていた。負のオーラが体中からにじみ出してくる様だ。今にも殴りかかりそうな勢いである。


「アイツは悪いインビジブルストーカーよ。マナナ」


 パラリティスは腕まくりををして拳を握りしめている。今にも泣きそうなぐらい目に涙を浮かべていた。


「心中お察しします……」


 マナナもそう言うのが精一杯だ。


「さて、と。監視の期間が終わったので私はもう帰りますよ」


 エアエレメンタルはクルリと踵を返し、二人に背を向けた。


「帰ったら報告とかあるのよね……」


 パラリティスがエアエレメンタルの背中に向かって小さく吐き捨てた。それが聞こえたのか、エアエレメンタルは頭だけでグルリと振り向く。


「いやあ、盟約は健在ですが主は居らず、ですよ。報告する相手がおりませんのでこのまま風の精霊界へ帰ります。久しぶりの物質界だったので、同胞に良い土産話が出来ましたよ」


 そう言ってインビジブルストーカーはニカッと笑った。ブチリと何かが切れて、パラリティスは叫んだ。


「だああああ、アイツを殺して私も死ぬぅ!!」


 殴りかかろうとするパラリティスをマナナが羽交い締めにして押さえつける。


「先輩ッ、エレメンタルには魔法の武器しか効かないんですよっ」


 そんなパラリティスをあざ笑うかの様に、インビジブルストーカーはつむじ風となって消えてしまった。


「先輩……」


 マナナはがっくりと膝をついてうなだれているパラリティスにそっと声を掛けた。


「流石にあれやこれやを見られていたのは恥ずかしすぎた……」


 でしょうね、とマナナも思う。もし自分が同じ状況となってしまったらエレメンタルプレインに出向いてでも口封じしたくなっただろう。


「先輩、甘いモノでも食べに行きましょう」

「そんな気分じゃない……」

「さあさあ立って、先輩。今日起こった嫌なことはパフェでも食べてどーんと水に流しましょう!」

「チョコパフェがいい……」


 ふらりと立ち上がるパラリティスにマナナはそっと腕をそえる。


「いいですね、チョコパフェ!」

「ししょー、先輩とカフェに行ってきます!」


 ミフネの返事を確認し、マナナはフラフラ歩くパラリティスを支える様に寄り添った。そのまま二人一緒に大通りに出る。


「さ、行きますよ。先輩」

「ううう、そうね」


 大通りをカフェに向かう二人をミフネは遠見の水晶球から見て一息吐いた。何か起これば自分が出て行って対処せねば、と本気で考えていたからだ。


 大事が起こらなくて本当に良かった。心の底から安心しミフネは深々と椅子に腰を下ろした。

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