Meteor Swarm ─隕石投げ─

 昼と夜の境界線が西の空で美しいグラデーションを描き、月が雲間から顔を見せる頃だった。

「昨日、現代呪文集成を読んでいて思ったのですが、Meteor Swarm(メテオスウォーム:隕石群)という呪文は実戦で使われたことがあるんですか?」

 師匠のミフネと店の閉店準備をしていたマナナが唐突に口を開いた。レジのお金を勘定していたミフネは手を止めて少し考える。開いた窓から秋口のさわやかな風が吹きミフネの回答を待つマナナの髪をそっと揺らす。

「メテオスウォームか。集成の記述にはどう書いてあったかね」

「余りに強力な呪文であるため実戦で使用された例はないと書いてありました」

 メテオスウォームは、メインベルトと呼ばれる地球の外側に存在する小惑星群から天体を移動させ、設定した座標に衝突させる呪文である。地球の特定地点への落下は、呪文に地球の公転と自転、惑星からの距離と天体の速度を考慮した軌道計算を綿密に行う必要がある。マナナが読んだ呪文集成にはその様に書かれていた。

「天文学や物理学を勉強してからでないと使えないんじゃあ普通の呪文使いには扱えないですよね」

 それに、とマナナは付け加える。

「物語に出てくるような、偉大な賢者が天空から隕石を召喚して城壁を羊皮紙の様に引き裂く、なんて夢物語ですよ。ホントに。何年も掛けて小天体を移動させてから地球に落とすなんて即時性に欠ける呪文ですし、誤差とかを考えると実用的とは思えなくて」

 ミフネは少し困った様な顔で頷いた。

「有効に利用する方法を考えてみたんですけど、大規模な先制攻撃とか先手を打たれたメテオスウォームに対する報復の為とかですかね……」

 マナナの想像は概ね正しい。メテオスウォームはこの世界に存在するあらゆる呪文よりも破壊力があるだろう。しかし、ミフネはメテオスウォームが大規模殺戮の手段として使用された例を殆ど聞いたことがない。ごくごく小さな天体を攻城戦に使用した記録が古代の文献に書かれている程度だ。

「強力な呪文であるが故、開発こそされたが使われなかったんだろうな」

「何人の呪文使いがメテオスウォームを扱えたかは判りませんけど、先制攻撃とその報復でこの星が吹っ飛んでしまいそうですよね」

(この子はよく判っている)

 ミフネは笑みを浮かべ頷いた。

「それに、小天体の位置が判らなければそもそも無理ですよね。師匠」

「ところがだ、古の呪文使い達はメインベルトに存在する無数の小惑星の座標を知っておったと伝え聞いておるよ。それ故に開発できた呪文であるとな」

「ほえー、昔の人は凄いですね。その座標が現代にも残されていれば呪文が使用されていたかもしれませんね」

「そうとも言えんよ。マナナ」

「どういうことです、師匠」

 マナナは怪訝な表情でミフネを見る。

「ほれ、そこに頃合いの良い星があるじゃろ」

 ミフネが杖で指し示した先には、柔らかな光を投げかける月が銀色に輝いていた。

 マナナは絶句して月とミフネとを交互に見る。月が地球へ落ちる。そんな事がゆるされるのだろうか。少なく見積もっても地球は木っ端微塵に爆発四散するだろう。衝撃波と熱が地球全体を覆い、呪文の目標どころか地球生命の危機である。マナナは醒めた目でミフネを見つめた。

「ほっほっほっ、冗談、冗談」

 目尻に皺を寄せてミフネが笑う。

(いや、師匠。さっき師匠が月を示した時は真剣そのものでした!)

 マナナは心の中で力一杯突っ込んだ。

 もう一度マナナは月を見上げた。

(いつかこの呪文を実用段階まで引き上げるのも面白いかもしれない……)

 そんなことを思うマナナの表情も真剣そのものであった。 

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