モモンガのおしごと 2
「ここが異世界の町?」
「うーん、これならイタリアの町並みのほうが異世界感あるよな」
町に着いた客人たちが口々に言う。言いたいことはわからないでもない。うちのみんなも最初そんな感じだったからな。
木造建築だろうと石造りだろうと、RCや鉄筋でも最終的には似たような方向へ収斂される。地球でも世界的に共通だ。これは物理的に強度の出し方が決まっているためこうなるのだろう。
それでもやはり日本とは違う独特の文化がある町並みに興味津々といった顔をしている。子どもたちなんて凄い目を輝かせているし、いいんじゃないかな。
「ああそうだ食事はどうなっているのかな?」
「すみませぇん、食事は日本から持って来たものになってしまうんですよー」
「ええーっ。折角なんだからこっちのもの食べてみたいんだけど」
「食事の体験はできるようにしてありますけど、あまりオススメしませんよ。とても酸っぱいんで」
「……酸っぱいんだ?」
「酸っぱいですよー」
嫌そうな顔をする客人たち。そりゃあ酸っぱいと聞かされたらちょっと食いたくないかもしれない。
「あっ、私酸っぱいの好きですよ」
子どもたちの母親が手を挙げる。妊娠すると酸っぱいものが食べたくなる……というのは関係ないだろうな。もう子供はそれなりに育っているんだし、今更な話だ。
あとは食い物が俺たちの世界のものと違うから、そのせいで変な病気とかになったりしないかという問題だが、俺たちがこの世界へ来ていると、理由はわからないが怪我があっという間に治る。それと同時に免疫力が異様に高まり、大抵の雑菌などは消えてしまうようだ。それに食べ物を食品衛生関係の研究所で調べてもらっているし、俺たちも定期的に病院で検査しているから食うこと自体には問題ないはず。
モモンガは客を少し待たせ、すぐそばのパン屋へ行きパンを買ってきた。俺たちが最初に食べた普通のパンだ。カチカチの安パンじゃない。
「それじゃ食事前ですけど、ちょっと噛じってみますかー」
皆がモモンガを囲い、パンを千切る。そして恐る恐る口に入れて食べ始める。
「……うっ」
「んー……、これは……」
「あっ、これちょっときついかも」
全員一様に顔をしかめる。ビネガーのようなものを染み込ませた、或いは練り込んだパンだと思っていたのだろうが、これは小麦自体が酸っぱいから全く感覚が異なる。
人は予想していたものと違うと違和感を覚える。それが余計に不味く感じるんだ。
「どうしますー? ファサンっていう鳥とかならまだそちらの世界の人にも食べやすいと思いますよー」
「うーん、やっぱり用意してもらったもののほうがいいかも……」
「ですけどね、材料だけ地球から持ち込んでこちらの人に料理してもらうんですよ。なんで料理はこちらの世界っぽいですよー」
「おっ、そりゃ興味深いな」
俺たちが考えた苦肉の策としてはこれくらいが限度だった。わざわざ異世界に来たのに日本の弁当とかじゃ詐欺っぽいし、かといってこちらの食事は色々と酸っぱい。どうやら常々酸っぱいパンを食べているせいで舌が麻痺し、他の酸っぱいものに気付いていないみたいなんだ。
そんなわけで俺たちはレストランのような施設に案内された。こちらの世界ではフライパンや中華鍋のようなものがないらしく、蒸し焼きが主なようだ。横に広い水槽のようなものの上にある金網に乗せて蒸す。もちろん火は使わず、全部例の結晶を使っている。
「本日のメニューはクワナシャトにシュテッケファサン。最後にモムリナニッキュマンとなっていまーす」
「なに言ってるか全然わからないんだけど」
「それじゃお楽しみってことでー」
これはモモンガの持ちネタのようなものらしい。知らない言葉を使った異世界アピールなんだが、ちょっと考えればなんとなくわかるようにもしてある。先ほどファサンの話をしていたから、それを使うんだろうなというのがわかるんだが、なんだモムリナニッキュマンって。
「モモンガさん、モムリナニッキュマンってひょっとして……」
「あっ、わかりましたー? こっちで作った肉まんモドキなんですよー」
詳しい作り方は知らないが、小麦の代わりにメレンゲのようなものを使い包んでいるそうだ。そうすることで酸味なくフワフワな食感を出しているとのこと。色々再現に苦労しているみたいだ。
そして待たされること10分。最初の料理であるクワナシャトとやらをモモンガが運んできた。
うーん、例えるのが難しいな。ミートソースのようなものがかかった小さな蕎麦がきか白玉といったところだろう。それを真ん中が深く割れたスプーンのようなものを使って食べる。
味は……不思議な味だ。甘じょっぱ酸っぱいといった感じだろうか。だけどパンのように不快な感じの酸っぱさではなく、カニ玉のあんに近い旨みがある。
それなりの美味さがあるから、適当に作って『これが異世界の味だ』なんて誤魔化しているわけじゃない。ちゃんと料理としてできている。
味付けはそんな感じで、玉状のものは日本で普通に売っている小麦粉だ。先ほどのパンのような酸っぱさがないからそれなりに食えるはず。
「これ結構好きかも」
「ああ、なかなかうまいじゃないか」
客たちの評判も上々だ。
そういえばこのメニューがそのままこちらの世界の人でも食べられるようになっているそうだが、使われる持ち込んだ日本の小麦のせいでえらく高い。もちろん日常食うものとしては高価という程度であるが、それでも普通に食えるのはそれなりに潤っていなくては無理だろう。
食時が終わったところで一息ついたら、外が騒がしくなっているのに気付いた。
4人の男たちが叫びあっている。様子から見てチンピラの喧嘩だろう。……げっ、ランシェッタ持ち出してきやがった! こんな街中で危ねえな。
その途端、モモンガがマントを羽織り、外へ飛び出した。そして外の男たちへなにやら叫び、マントに付いていたなにかの模様を見せる。
それを見た男たちは笑い出す。男たちの態度に憤慨したモモンガは再びなにかを叫び、ランシェッタを構えた。お前もかよ!
4対1……いや、2対2対1か。だが男たちは全員モモンガに向かって構えている。これはかなり危険だ。だけど止めることはできない……というか出たところでなにもできない。的が増えるだけだ。
だがモモンガにもしものことがあったら大変だ。この仕事の今後のこともあるが、彼女は大切なうちの社員だ。俺が守らねばいけない。
なんて考えている間に、男たちがモモンガ目掛けて一斉に発砲。
そこでモモンガはマントを翻し、ランシェッタから撃ち出された火炎を全て叩き落とし、再び構えるとひとりずつ発砲して仕留めていく。
「えっ、あれCG!?」
「いやリアルタイムであそこまでのクオリティは無理だから!」
「じゃあ本物!?」
客たちは大興奮だ。モモンガに撃たれた男たちはワイヤーアクションのように吹っ飛んだし、ランシェッタからは様々なものが放たれたもんな。
そしてモモンガは男たちを縛り、後からやってきた兵らしき人に引き渡して戻ってきた。
「すみませんー『別仕事』してましたー」
「別仕事って?」
「私、実はテデラーレになったんですよ」
「……は?」
「えっとテデラーレっていうのは、ギヌン・メッタのアゲントで──」
「だから混じってるって」
話を聞くところによると、モモンガは衛兵……町の警察みたいな組織に属しており、刑事のように私服で警備していたりもするらしい。あのマントと模様はそれを証明するためのものだそうな。
だけど大抵の人はそれを見せられても「お前みたいなガキが?」と、さっきの奴らよろしく馬鹿にするらしい。
「でも今のは危ないだろ。とりあえず無傷で済んだみたいだが、今後もそう上手くいくとは限らないし」
「心配しすぎですよ。ほら、私たちってすぐ治るし」
「まあそうだけどさ」
すぐ治るからといって油断していると大変なことになるかもしれない。欠損した場合も治るのかとか、一撃で頭を吹っ飛ばされたらどうなるのか。そういった情報が全くない────というよりも、危険過ぎて試そうなんて誰も思わない。
緊急度Bくらいでハッシャクと相談しておこう。
爺ちゃんの遺産~おっさんアリスと不思議世界 狐付き @kitsunetsuki
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