異世界で地球メシ
あれから3日ほど経った早朝、ドアを激しく叩く音で目が覚めた。この家は俺くらいしか利用しないから呼び鈴とかがない。今度買っておくか。
ドアを開けるとそこには西部のガンマンみたいなマントを羽織った少女……モモンガがいた。
「おはようございます!」
「朝から元気だね。おはよう。今日はどうしたんだ?」
「これ、これ似合います!? 似合います!?」
マントをバサバサと振り回しアピールするモモンガ。向こうの暮らしがよほど充実しているのだろうことが喜々とした表情でわかる。
「似合う似合う。それだけの用で来たの?」
「あっ……。食べ物、ください!」
異世界で彼女はひもじい思いをしていたようだ。
「そんなに慌てて食べないほうがいいよ」
「でもだっておいしいし!」
モモンガは口に押し込むよう次々と手を出していった。
たかだが冷凍ピザを焼いただけでそこまで言うほど飢えていたのか。
「向こうでなにももらえなかったのか?」
「ううん! でもほら、あっちのパンって……」
「あー……」
酸っぱいんだ。あれは厳しい。
ライ麦パンというレベルじゃないからな。
「それで、できれば食料を買い込みたいです!」
「そりゃ構わないけど、保存食とかかな」
「カプメンとかいいですね。でも普通のパンとかも買っておきたいです! みんなに食べさせたい!」
「うーん、だけど普段から酸っぱいパン食ってる人には物足りないんじゃないか?」
「みんな酸っぱいのを我慢して食べてるっぽいから大丈夫!」
全然大丈夫じゃない。なんだそれ、なにかの刑罰か?
モモンガの説明によると、どうやら面倒なことになっているらしい。
元々の小麦は酸っぱくなかったのだが、ここ10年くらいで徐々に酸っぱくなっていったようだ。
味付けや水が問題ならなんとかなるが、大元である小麦が酸っぱいとなるとお手上げだ。どうにもならない。
「よし、モモンガさんが世話になってるし、それと友好的な関係を持つためなんとかしてみるか」
「わぁい! じゃあ私、ヴィージャ借りてくるね!」
「ヴィージャ?」
モモンガの話によると、ヴィージャとは例の蒸気自動車のことらしい。時速は10~15キロくらいしか出ないようだが、あの未舗装路でそれだけ出れば充分だ。穴から町まで30分くらいで着く。
「よしじゃあ俺は食料を調達してくる。モモンガさんはそれを取って来てくれ」
「ヨーソロー!」
何故ヨーソロー?
そんなわけで俺はスーパーでパンやカップ麺、それに冷蔵食品を買い込んだ。クーラーバッグへ保冷剤と一緒に入れておけば少しはもつだろう。将来的には穴の小屋に冷蔵庫を置くのもいいかもしれない。
小柄なモモンガなら穴の中もスイスイ進めるから、何往復かしてもらえば全部運べるはずだし、多めに買っておいても問題ない。
荷物を送り終わり、向こうへ行くとモモンガが荷物を謎車に積み込んでいた。
「これ、運転できるのか?」
「できるよー! がんがんドリフトとかするよー!」
速度的に無理だろ。
そんなわけで助手席らしき場所にある、風船状の丸いシート的なところへ座った。
「なんか座りづらいな。バランスボールに乗ってるみたいだ」
「仕方ないよ、これじゃないと振動でお尻割れちゃうから!」
よく見ると車体から車軸が直で繋がっていた。つまり地面の凹凸がドライバーへダイレクトに伝わるんだな。そのショックを和らげるためのクッションなわけか。
これじゃあ常に衝撃を受けているようなものだから、すぐ壊れるような気がするんだけど、自分のでもないし放っておこう。
こんな感じで俺たちはガタガタと揺られつつ町へと向かった。
「────オッセカルカヤーテ、ヒュアー!」
「モモンガ、ヒュイズ!」
とある民家へたどり着き、扉を開くとモモンガとお世話になっているらしき人たちが挨拶をしていた。なにを言っているのかちんぷんかんぷんだが、恐らくただいまとかおかえり的なことを言っているんだろう。
「ニュイグルヤーテ、ヘヤテ、アリス!」
俺のことを説明したんだろうか。とりあえず頭を下げておく。
そしてモモンガは俺が買って来た品々をテーブルの上に広げると、みんなは興味津々でそれを見ている。
「あれ、アリスのおじさん。この肉まん、レンチン用だよ」
「おっとそうだったか」
「焼くわけにはいかないからなぁ……蒸せば食べれるかな」
そんな俺たちのやりとりを見ていた男の子が不思議そうな顔で袋を見ている。
「モモンガ、ダウイミシェマ?」
「ミシェマ、ニクマン!」
「ニッキュマン?」
「エルゥ、エルゥ、ニッキュマン!」
なんとかかろうじて肉まんの話をしているのはわかる。
するとモモンガは身振り手振りを交えながらなにかを話す。そして理解したのか、大きな石鍋と板みたいなもの、その他諸々が用意された。
「ほんとはダッヂオーブンとかあるといいんだけどねー……っと」
モモンガは蓋のある大きな石鍋に水を入れ、そして何かの石を入れる。それから上げ底を入れ、その上に肉まんを置いて蓋をした。
「今、なにを入れたんだ?」
「ん? 水とシャッテラゥラーレと蒸し籠と肉まんだよ」
「シャ……それはなんだ?」
「ええっとー……なんだろう?」
「おいおい、そんなわけがわからんもの入れるなよ……」
「どういうものかはわかってるって。シャッテがね、ティスミヨンになって、ラゥラーレとして──」
「言葉混じってるぞ。全く伝わらん」
モモンガは少し渋い顔をして悩み、なにか思いついたような表情を向けた。
「火の精霊? みたいなものを固めたやつの欠片だよ。水につけると嫌がって身を守ろうと発熱するんだ」
なんだか残酷な感じがするんだけど、まあ気付かなかったことにしよう。
それでなんとなく理解できた。以前爆発した蒸気機関から見つけた破片がそれだったんだろう。なるほど、それならば石炭とかはいらないわけだ。
「さあできたよ! クァテーナ、ニッキュマン!」
湯気の中から出てきた白い塊に、皆恐る恐るといった感じだ。
「……ミウィー!!」
「オオ! ミウィー!」
ひとりが食べ、なにかを叫んだあと、皆次々へと手に取り食べていく。
「おいしいって」
「顔見りゃわかるよ」
とても幸せそうな顔で肉まんを頬張っていく。喜んでもらえたみたいでなによりだ。
「マー! マー、ニッキュマン!」
「ウイニ、マー、ニッキュマン!」
もっとくれって言ってるのがよくわかる。だけど申し訳ない、肉まんの袋は全部開けてしまった。
他にも色々とあるのだが、肉まんがとにかく気に入ったらしい。物悲しそうに肉まんの袋を眺めている。
こうして異世界に肉まん教ができあがった……てか?
「リリュケマウイニ、ニッキュマン」
「んー……」
家のおばさんがモモンガになにかお願いしているようだ。それに対してモモンガは少し困ったような顔をこちらへ向ける。
「それで、なんだって?」
「私もそこまで言葉覚えてないから……。多分ニッキュマンを売ってくれみたいな感じだと思うよ」
「肉まんだろ。なに馴染んでんだ」
「えへへ」
しかしこれで俺たちの世界の食事がこちらでも美味いと受け入れてもらえることがわかった。これは重要だ。今後ビジネスを行ううえで交渉の手段として使える。
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