懐かしの爺ちゃんの山
「ふざけるな!」
葬儀が終わり、いよいよ遺産相続の話になり、弁護士が読み上げた遺書の内容を聞いて従兄弟たちが騒ぎ出した。
理由はわかっている。俺だけもらえるからだ。
「なんであいつだけもらえるんだ! 不公平だろ!」
「そうよ! 遺産は公平に分けられるものだわ!」
俺は勝手なことをほざく従兄弟どもに苛立ちを感じた。
なにが公平だ。もし逆の立場だったら絶対に分けないくせに。
「とにかく、こんな遺言は無効だ!」
「いい加減にしろ!」
俺は思わず怒鳴っていた。こいつらの身勝手はもうたくさんだ。
「な、なんだよ……」
「爺ちゃんが俺にくれた山はな、俺がガキんとき、爺ちゃんと毎年虫取りをしていた思い出の場所なんだよ。だから爺ちゃんは俺に残してくれたんだ。爺ちゃんはな、俺……孫に会うのをとても楽しみにしてたんだよ。お前らガキのころ一度でも会ったのか?」
「ぐっ……」
「どうせお前ら、あそこを土地としか見てねぇんだろ? あそこは俺と爺ちゃんの場所だ。絶対に渡す気はない!」
「だ、だけど金もあるだろ!」
金だけは親父と叔母と叔父に分配されている。だけどそれとは別に俺だけ別枠で分配されるようになっていた。
「……金は相続税でほとんどなくなる。あっても固定資産税で減り続ける。爺ちゃんはそこらへん計算して俺に残したんだろうよ」
「ぐぅ……。お前、仕事は派遣だったよな」
「だからなんだよ」
「ハッ、負け犬か。どうせロクな稼ぎないんだろ? 仕方ねえからそれくらい恵んでやる」
まだ自分に決定権があるとでも思っているのか。こいつに恵まれなくても爺ちゃんは俺にくれたんだ。
この一件で、俺と従兄弟たち。親父とその姉弟たちとは決定的な溝ができた。だけどロクに会ったことのない従兄弟たちだ。今更なんだという気持ちもある。
それから様々な手続きを経て、爺ちゃんの森がある山は俺のものになった。
「────うーむ、あまり覚えてないなぁ」
俺は今、爺ちゃんの森へとやって来ていた。思い出の場所といっても、もう20年以上昔の話だし、それだけあれば木はかなり育つだろう。見たことあるような気もしなくない程度になっている。
その森の横にある小さな家の横へ車を停め、荷物をトランクから取り出す。
この家は俺だけのために建てられた家だ。
爺ちゃんの家からこの山まで来るのに、車で1時間くらいかかる。だから爺ちゃんはわざわざ小さな家をここに建て、俺と一緒に夏休みを過ごした。
人の手が入らなくなって結構経つだろうから、もうボロボロだろうなと思ったらそうでもなかった。
中は埃がうっすらと乗っているが、積もっているというほどでもない。それに家電類が最新とはいかないが、10年以内に買ったものだとわかる。テレビも液晶だし……これ、ネットの線か?
俺のため……というよりも、いつか来るかもしれないひ孫のために色々用意してたんだろうな。ごめんよ爺ちゃん。
派遣といっても短期派遣な俺は、今は仕事の連絡待ち状態だ。そして爺ちゃんが多少金を残してくれたからそこそこ余裕はあり、自由に動ける。
だからその間に色々とやっておこうと思っていることがある。
まず山の生態系を調べることだ。ひょっとしたら赤松があって松茸が採れたり、トリュフ的なものが埋まっているかもしれない。そうなれば一攫千金だ。ここで暮らすのも悪くはないかもしれない。
とはいえ俺に専門知識はない。だからまずいろんな写真を撮ってから調べるのが一番だろう。
これだけのためにスマートフォンを買った。デジカメだと画面が小さいからその場での確認がし辛いし、スマートフォンも最近はとても画質がいいらしいから問題ないと思う。
さらばフィーチャーフォン。俺もようやく次世代の扉を開くんだ。
「うーん、なかなか……」
家の掃除を終え、軽く周囲を撮影してみた。
知識がないといってもさすがにヨモギやゼンマイくらいならわかる。その他色々な草木が生えている。
あとはイノシシとか鹿がいれば猟銃免許を取ってジビエ料理の店を開くのも悪くないかもしれない。調理師免許は調理師を名乗ることができるだけで、店を出す分には別にいらないらしいし。
だけど熊はさすがに勘弁して欲しい。この辺に出るという話は聞かないし、爺ちゃんも特に言ってなかったから大丈夫だとは思うけど……。
少し登ったところで、ガサガサと前方で動く気配を確認。音からして大きい動物だろう。よく知らないけどウサギとかならもっと小さい音の気がする。
だけど突然イノシシに遭遇とかもやばい。あいつら結構凶暴らしいからな。武器のない状態では出会いたくない。
「えっ」
その正体に思わず声が漏れる。
なにせそこにいたのは、ツノの生えた巨大なウサギだったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます