助けた亀に連れられて

 「広いなぁ…」

桃太郎は海にいた。

鬼ヶ島を地獄と化すと決めたのはいいがどこにいけばいいかわからず、ならばとりあえず生まれてから一度も見たことのない海を見てみようと思ったのだ。鬼ヶ「島」というくらいだから海から見えるかもしれないし。

 「いったいどこからこんなに水が来ているのだろう?」

と、浜辺の少し大きめの岩の上に仁王立ちで疑問を交えながら感動していると――

急に犬がある方向を向きながら吠え出した。

 「おい、どうした、何を急にそんなに吠え…ん?」

誰もいないと思っていたこの浜辺だが、よく見ると一人だけ波打ち際に立つ人間がいた。

 「ちょうどいい。鬼ヶ島の場所を知らないか聞いてみよう」

桃太郎は仁王立ちをしていた岩から降り、その人間の方へ近づいた。

近付くにつれその人間の姿がだんだんはっきり見えるようになってきた。

どうやら男の様だ。

そして海へ向かって何かしゃべっている。

 「だからわしはもう二度とあそこには行かないと言っとるじゃろ!!」

桃太郎は一人で海に向かってしゃべっているなんて近づかない方がいいだろうか…と思いつつも歩みを進めた。

どうやら一人ではなく、海の中に何かいるようだ。

その「何か」は山暮らしで海を知らない桃太郎は話にしか聞いた事が無いがその聞いた話が正しいのであればそれは…


―――亀だった。


 「せめて…せめてもう一度だけでもお越しくださいませんか?」

 「だから行かないって言っとるじゃろ!わしにこんな思いをさせておいてよくそんな事が言えるな!」

桃太郎は目を疑った。そして耳も疑った。

いくら海を知らないとはいえ、亀が言葉を話さない事くらいはわかる。

しかし目の前にいる亀は言葉を話している。しかも人間の言葉を。

 「貴方様がお怒りになるのも解ります。しかしあれは姫様が愛ゆえにした事なのです。どうかお許しください。そしてどうか、せめてもう一度だけでも姫様の下にお越しください…」

 「あのなぁ…見てわからんか?わしは今、釣りをしとるんじゃ。お前がそこにいたら魚が逃げるじゃろうが。さっさと消えてくれ」

 「そんなに魚がお好きなら姫様の下に沢山居りますよ!」

 「うるさいっ!もうあいつの顔など見とうないわ!!」

どうやら口論の真っ最中のようだ。

桃太郎は邪魔をしないようにその場を去ろうとした。

しかし初めて見る物に興奮したのか犬が尻尾を振りながら亀へと猛突進していった。

 「うわぁ!何ですか貴方は!?」

犬は嫌がる亀をお構いなしにものすごい勢いでじゃれている。

するとその光景に触発されたのか今まで静かにしていた猿も一緒にじゃれ始めた。

 「や、止めて下さい!何なんですか貴方達は!?」

このままだといくら亀といえど溺れてしまいそうな勢いでじゃれつく犬と猿だが(いや犬と猿だからケンカか?)、その釣りをしている老人は止める気配が無い。

むしろとてもにこやかな顔つきでいいぞいいぞーと犬と猿を応援している。

 「きょ、今日のところはもう帰ります!次に来るときまでにご来訪をご検討くださいね!」

そういって人間の言葉を話す亀は海へと帰って行った。

 「うるせえ!もう二度と来んな!」

釣りをしている老人はそう言ってとても清々したという顔をしている。

反対にせっかく遊び道具を見つけた犬と猿はとても寂しそうだ。

二匹とも尻尾が下がっている。

 「初めまして。私は桃太郎と言います。お話し中、私の連れが失礼しました。ついこの前まで野良だったもので。申し訳ない」

桃太郎はまず犬と猿が会話を邪魔してしまった事を詫びた。いくら田舎育ちといえど旅をするのだ。そのくらいの常識はある。

 「お?、おう、あんたの連れだったのか。いやむしろ助かったわい。嫌だというのに無理やり話しかけてくるんじゃあの亀。」

どうやらこの釣りをしている老人は今の今まで桃太郎に気付いてなかったようだ。

 「しかし亀が人間の言葉を話すなんてびっくりしました。海亀を見るのも初めてですがああいう亀はよくいるんですか?」

桃太郎は率直な疑問を訊ねてみた。他にもいるのであれば単純に見てみたい。

 「よくいるわけないじゃろ。あんなのは竜宮城のあいつぐらいじゃ」

釣りをしている老人は若干呆れ顔で答えた。

 「竜宮城…」

海に来たことがないので当たり前といえば当たり前だが、桃太郎はその場所の名前を初めて聞いた。

竜の宮殿で城…なんとも興味を惹かれる名前だ。

 「そこはいったいどんな場所なんですか?」

桃太郎の質問に釣りをしている老人は少し昔を懐かしむような顔になった。

 「ああ、そうか。知らないじゃろうな…

  よし、じゃあ少し、わしの昔話を聞くか?」

そう言って釣りをしている老人は、昔自分に起こった夢のような出来事(悪夢という意味も含めて)を語り始めた。

長くなりそうなので桃太郎と動物たちは正座をして聞くことにした。


 ―――昔、昔、浦島太郎という漁師がおった。―――わしのことじゃ。

ある日浦島太郎が海で漁をしていると一匹の美しい亀がおった。

何があったか知らないが放っておいたらすぐに死んでしまう事が素人目にもわかる程の大怪我をしておった。

わしが乗っていたのは小さい舟じゃったから亀を乗せてしまうと魚を捕って置く場所が無くなってしまうと思い、最初は無視しようとしたんじゃ。

しかしなぜか心惹かれる美しさの亀でついつい舟に乗せてしまったんじゃ。何よりもその目が、わしに何か訴えかけてくるような目で無視できんかった…

そうして漁師のくせに魚を一匹も捕らずに帰ったわしは、その亀の傷が治るまで必死に看病した。

来る日も来る日も亀のために魚ではなく海藻を採りに行き、金の無いわしには貴重だった薬や薬草も惜しみなく使った。

そうしているうちに段々と心が通じ合ってきたような気になってきたんじゃ…

そして亀の傷も大分良くなったある日。その亀はわしに感謝と別れを告げるように何度も何度もこちらを見据えながら海へと帰っていった…

――そしてここからが問題じゃ。

わしは亀の看病で魚を捕っていなかった分を取り戻そうと、いつもは行かないような場所まで漁に出ていた。

するとなんと、あの美しい亀がそこにおったんじゃ!

しかし様子がおかしかった。

まるで何かに追われて逃げてきたかのような感じじゃった。

そしてしばらく様子を伺っていると…

なんと鬼が現れたんじゃ!

わしも話に聞いたことくらいはあったが本物を見るのは初めてじゃった。

なぜこの亀が鬼に追われるのはわからんかったがわしは必死になってその亀を助けにいった。

鬼に勝てないのは明らかじゃったが、そんな事など考えてはいなかった。

まさに死に物狂いじゃった…

そしてどうにか鬼を退けると亀はまた感謝を告げるような眼差しでわしを見据え、わしを背中に乗せた。

――あ、桃太郎!わしが鬼を退けるなんてできるわけないって顔をしとるな!若い頃はそこそこ強かったんじゃぞ!

――わしを背中に乗せたまま、その亀は海の底へと潜っていった。

急に水の中に入ったわしは息ができなくて慌てふためいた。

しかし落ち着いてみるとこの亀の周りだけ泡に包まれたように空気があった。

不思議なこともあるもんだと思っているとそこが見えてきた。

竜宮城じゃ。

わしはまずこんな海の底にこんな豪華な建物があることに心底驚いた。

海の中に家を建てたなんてどんな金持ちや殿様の話でも聞いたことがなかったし、何より建てる意味がわからない。

そしてこの亀がここにわしを連れてきた意味もわからなかった。

疑問符ばかりが浮かぶわしを乗せて亀はその竜宮城の門をくぐった。

またも不思議なことに呼吸ができる。

しかし空気がある感じではなかった。

まわりは水だらけなのになぜか息苦しくはなかった。

またまた疑問符の浮かぶわしの目の前でさらに疑問符を増やすことが起こった。

今までわしが背中に乗っていた亀が急に形を変えたかと思うと、なんと女になったんじゃ!

メスになったという意味じゃないぞ!人間の形の女じゃ!

それはそれは絵には描けない美しさという表現が合うような美女じゃった…

こんな美女の背中に乗っていたのかと思うと申し訳なさも感じた。

「な、なんで亀が…おん、ええっ?!?!??」

「突然のことで驚かれたと思います浦島様。あのままあそこにいてもまた鬼に襲われるだけだと思い、咄嗟の判断でここへお連れしました。ここは海の底なので鬼たちも追ってはこれません。どうか安心してください。」

「しゃ、喋れるのか?!亀なのに!?い、いや今は人間か…??」

「正確には違いますが人間と身体的な特徴はほぼ同じです。」

「そ、そうだよな。人間はわけないよな。人間が海の底にいるわけないもんな…」

「この城は私たちだけの城なので本当は人間にはこの竜宮城の事は教えてはいけないのですが…。

浦島様には2回も命を救っていただきましたから。そのお礼もかねて。」

「んん??浦島様?2回命を救った?…ということやっぱりお前!あの時の亀か!そうなのか!」

「フフっ、そうです。あの時致命傷を負って浦島様に看病して頂いた亀ですわ。やっぱり気付いておられたのですね!」

と言って亀だった女は嬉しそうに微笑んだ。

「ああ、そうじゃないかと思ったよ!あんな美しい目をした亀なんて中々いないからな!」

嬉しそうな微笑みが少し恥ずかしそうだった。

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八人の太郎 ~鬼ヶ島地獄変~ 伊武大我 @DAN-GO

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