第125話:記憶喪失

「俺は死んだのか?」

 暗い視界の前にただただ考えていた。金成は横たわっていた。

しかし意識はある、だが目を開くことが出来ない。声が聞こえる。

男の声だ。「金成」と、しかし自分が何者なのかを上手く思い出すことが出来ない。金成、これが俺の名前なのか?意識が朦朧とする中で、その言葉だけを頼りに彷徨い続けた。

 もしあの世があるとしたら、きっと暗い中、ただただ魂だけが霊界を彷徨い続けるんだろうなと、とある教会でそう話されていたな、と感じた。

 今の俺にとっては肉体はなく、霊体となって空中歩行を熟せるんだろうなと感じ、しかし身体が動かず、自分の倒れている姿すらも確認できないことから、これはまた別の状態であると考えたのだ。

 しかし状況が思い出せないことが困難を極め、まずは起き上がることから始めなければいけないが体が言うことを聞かず、そして自分が何者かもわからない状態であった。

 それでも言葉を頼りに立ち上がらなければいけない、何か身体がそう反応する使命感を帯びている。

 

 サイレンが鳴り響き、地下へ逃げてくださいとアナウンスが鳴っている。電車なども一時見合わせているが、確固たるものとして避難警告を出されたところで何の対応もできやしないのである。ただただ、空襲があったとしても、避難する場所はどこなのか、そして一斉に街の人間が動けば交通渋滞も避けられない。

 これがもし地震や津波などの自然災害が襲ってくるのであればこれはもうどこに逃げればいいのか分からない、運否天賦のような宿命を帯びるしかないわけである。だが明らかにこれは人災、まるで上空をミサイルが通過し、それがいつどこで落下するか分からないかの状態。それならばいっそ上空をミサイルが飛ぶ前に迎撃出来る体制を持つことの方が大事ではないかということも考えられるが人間はそういったことはせず、常に他力本願なわけである。

 それが故に、日本統治をするにせよ他人任せにしたが為、その相手に裏切られた時の絶望感は否めないわけである。

 戦いは常に非情、そして人生に於いて絶対は存在しないのだと考えたのだ。


 金成は眼を覚ました。

周りをきょろきょろしている。すると横に髪の長い赤色の男が座っていた。

「目を覚ましたのか金成くん」

「あんたは…誰だ?」

 第一声がそれであった。金成は記憶喪失を起していて、阿修羅のことが分からないのであった。

「記憶喪失のようだね。無理もないか、あんな戦いをしたんだからな」

「あんな戦い?」

「君は王に戦いを挑んだ。そして負けたんだ」

「俺が王を?」

「どこまで記憶が残っている?」

「俺の名前は金成であるということ、あと日本統治をすること。理由はなんだったか覚えてない。あとは数多くのスキルを使いこなしたいと考えている」

「目的はしっかりと認識しているんだね。なら友達の名前とかは憶えているか?」

「友達…?」

 記憶がうっすらと蘇るが、しかし何がどうなったのか、そして誰がいたのかまでは思い出せなかった。

「わかりません」

「そうか。まあ思い出さない方がいいもしれないが、つらい選択だ。そこは君自身に判断は委ねるとしよう」

「その記憶に何か鍵が?」

「まあ重大なことではあるかね?思い出したいか?」

「出来れば過去の自分は受け入れたい。そして次に進む糧としたい」

「わかった。ならば仲間探しより、まずは君は自分探しの旅だな」

「どうすればいいんでしょうか?」

「ついてきたまえ」

 阿修羅に連れられるまま、金成は歩いた。

ちなみにあれから1週間が経過していた。金成はその間ずっと眠ったままであった。


「あなたの過去を知りたいですか?」

 パンフレットを見ながら金成は呟く。

「そう、どうやら人の過去を視ることができる占い師がいるらしい。しかし、胡散臭い話も出ている。ただのマルチ商法の可能性もあるが、行ってみるか?」

「ほかに行く当てもないですし、可能性があるというのであれば」

「まあこの主催者はいんちきっぽいが、もしかすると近くに本物の能力者がいるということも考えられるよね」

「そうですね、まずは行動あるのみと言ったところでしょうか」

 金成の傷はだいぶ癒えてはいた。しかし記憶がないため、スキルマスターの発動が出来ないのがつらいものであった。

 そして金成特有の「自持思想論~2つの世界」についてもやや記憶が曖昧で、今回行く記憶探しの旅が重大な任務であることは自覚しているようである。

 しかし確証が持てない上、指名手配もされている状態ではあまり顔を公共の場で出すのもリスクが高いものであるが、それでもいち早く記憶を戻し、再び王国再建を阻止すべく立ち上がる戦士は1人でも多い方が有利に物事が運べることを阿修羅は戦術的に学びを得ている。

 そして金成の記憶が戻ったら一度作戦をしっかりと立てて、次こそは王国転覆をはかるために再戦を申し込まなければいけないと考えたのだ。

 もし記憶が戻ったならば話さなければいけないだろう。

 何故、我々が今もこうして生き延びていたのかという理由についてもだ。

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