第31話:摩天楼

「何これ食べれないじゃないの」

ちゃぶ台返しの如く食事を蹴りつける行儀の悪い美女がそこにいた。

名を「摩天楼」と呼ぶ。似つかない着物姿でありながらも時折自分の顔を気にしつつも髪型は常に艶掛ったストレートである。

「お客様、どうかなさいましたか?」

「このスープ、ゴキブリ入ってるんですけど?」

指さした床に割れたビーフコンソメの中に黒いゴキブリが蠢いていた。

「大変失礼しました」

「私の気分を害してくれたみたいだけど、どう責任とってくれるわけ?」

「どう責任を取るといいましても・・・」

ニコッと笑顔を見せつつも、その奥底は非常にどす黒い。


その数時間後、店の中華料理店は瞬く間に消滅してしまったのだ。

店主は泣きながら店の焼け焦げた看板を持ち抱え、涙に浸っている。

女房と学校から帰ってきた子供もまた自分の家が無くなったことに対して、深い絶望を抱え込むしかなかったのであった。

そんな中摩天楼はいつもの気分の如く、街を散策していた。

「でさ~、このショップなんだけど。もうサイテー。」

辛口なコメントは多い如く、その災難は全て店側が持つことが多い。つまり彼女に気に入られなければ、存在が跡形もなく消えてしまうかのように暗い未来が待っていることしかないのであった。

摩天楼がそれをする理由は2つある。1つは自分の親を知らないということ、そしてもう一つが自分の存在価値が分からないということであった。

彼女のこの2側面が今の世界が興味を持っていないと認識し、無性に目に入る「幸せ」を壊したいと考えているのであった。

形あるもの全て朽ち果てるまでに、ぞんざいな扱いを受けた彼女は施設で育ったものの、入居数日で男子と喧嘩。ほとんどの重症を負わせるのは大抵彼女の「女だからと言って舐めるな」という言葉であった。

それゆえに彼女は強く、そして美しい。しかし美しいは罪の一つでもある。彼女の美を褒めるものは多いが、彼女はそれを気嫌う。すぐに相手の股間を蹴り上げて立ち去り、そして持っている衣服などを燃やしてしまうぐらい短気で素っ気ない態度をとることが非常に多いのだ。


摩天楼は今年で20歳になる。

未だに白馬に乗った王子様を夢見る少女のような考えを持つ。

「いつか私の元へ素敵な男性が嫁に貰いに来てくれたら。キャー」

一人で顔を両手で覆いながらも赤らめ辱めるが、しかしそれを周りで見て冷酷な目で見てはいけないのである。ごく自然に振舞わなければ彼女の逆鱗に触れてしまい、悉く存在を消し去ろうとするのであった。

なぜ彼女はこれだけの犯罪を犯しながらも許されているのか。それには国の強い守りがあるというわけである。その守りが強化されるが為、彼女は法律上罪を犯しても罰せられることはないというわけだ。

後は趣味嗜好で狩りをするぐらいしか術はないが、ほとんどの能力者も彼女の前には歯が立たないのも事実であった。

彼女はランクにして「Bランク」少女にして国内チャンピオンを誇るぐらいの実力者であったのだ。


女子大生3人と連なっているときであった。

「ねえ摩天楼、前貸したDVDそろそろ返してほしいんだけど?」

「は?何で?」

「その・・・限定品で。もう手に入らないから大事にしたいの」

「ああ、そういうことね」

鞄から取り出したDVDを悉く粉砕する。

「はい。返すね」

「そんな・・・」

「ちょっと!いい加減にしなさいよ摩天楼」

隣にいた女性が文句を言った。

摩天楼は睨みつけ、髪を掴んでいう。

「なんか言った?」

「痛い」

髪の毛を鋏で切りつける。まさに人間の皮を被った悪魔だ。

「つまんな」

摩天楼にとって友達というものは不要なる存在。そのまま2人を置いて一人で街へと歩いて行った。


無法国家もいいとこである。彼女には一切関係ないというわけだ。

例え人が死のうと、盗み、強姦、虐待、差別、何に於いても「自由」を掲げる。人の死は自分への成長と考え込む。誰が彼女を止めようものか。

ある時、男性がこう彼女に述べた。

「君は何のために生きているのだい?」

「可笑しなこという人ね。生きてるから生きてるのよ」

「人を不幸にしてそんなに楽しいのか?」

「別に楽しくないわ。私にとってはただの日常生活」

「君はきっと幸せになれないだろう。そんな考えを持つようではな」

「ふーん。あっそ、じゃああんた私の為に死んでね」

男性は息を引き取った。それが彼女と交わした最後の言葉であった。


彼女は何故そんなことを平然と出来るのか。

それこそが人の真理に於ける諸行無常の響きなのかもしれない。

人は生まれて死ぬまでの間に世に於ける万物を貪り続けるだけなのか。

いやしかし、彼女はそれさえも意識をしないでいること。生きることの意味は何か?それすらも理由がないと言うわけである。

ならば何をすべきかは一つである。「ただ生きること」だけであった。

喜怒哀楽などは存在しないものと考えている。こんな人物にもし出くわしたならば、果たして他人は肩を並べた時、不幸と感じることさえあるのであろうものかというのであった。


金成がネオンモールに遊びに行っていた時であった。たまたま摩天楼もそこにいたのだ。

摩天楼は遊んでいた。近くに於いてある消火器を投げ飛ばし、人の頭に当てるゲームであった。

悲鳴が各箇所から鳴り響く。当然警備隊も彼女を止めに入る。

しかし、警備隊の体はズタズタに引き裂かれ、彼女には触れられない。

彼女は「呪術師」。彼女の周りにはいくつかの呪いが漂っていた。

触れるものは生気を奪われ、死に至らしめる。もしくは万病を起こし、無残な死に方をすることもしばしばあるのであった。

彼女は笑顔を見せながらも時折涙を見せることもある。表情に表裏が覆いかぶさっている。

人格そのものが破壊されていることも多い。いよいよ彼女は本格的に殺戮を始めたのだ。


金成は物陰から見ていた。

既に20人ぐらいは倒れ込んでいる。動くものはいなかった。

目に映る者は酷いものでしかない。しかしもっと残酷なものがある。

それが目に見えない差別というものだ。目に見えないからこそ暗黙の了解となり、それがいつしか合法になる。「貧富の差」が既に物語っている。

それに比べるとまだ20人が倒れているものはマシなのか?

いやしかし、犠牲者が出ること自体に許される行為ではないのであった。

金成は戦うべきかを取捨選択する。干されれば棺桶に自ずと入らぬ皮算用であった。欲するに功を演じて吉となすには、千載一遇のチャンスは瞬く間に訪れることを覚えない。

そうこうしているうちにも彼女の奇声は止まないわけである。

呪術は云わば森羅万象のようでもある。怪奇現象に近いが、これは明らかな彼女の強い念を感じるわけである。


一人の青年が現れる。

「一体誰だ?」金成は心の中でそう呟く。

白装束に身を纏い、彼女の呪いの中平然と近づく者がいる。

彼女はあらゆる散乱物を男に当てようとする。しかし男には当たらないでいる。

「なんで?なんであたらないの?」

血眼になって必死にガラスの破片、携帯電話、バッグ、杖などを空中に翳し、一斉に渦を巻いて攻撃する。

しかしその中で男はこうつぶやいた。

「一頭竜:龍刃」

赤い飛竜が彼女を斬りつける。血を吹き出しながら倒れ込んだ。

「あっ」

宙に浮いていたものが落ちた。

男は彼女に近づいた。

「神様・・・?」

「眠るがいい」

彼女は最後の最後に安らかに眠った。自分の死期が近いにも関わらず彼女の表情はお淑やかであった。

彼女は、死にたかったのかもしれない。しかしその答えは分からないままであった。

金成が興味を抱いたのはその青年であった。

「少女とはいえ一撃で倒したあの男は一体何者だ?」

後に金成と戦う運命になる彼の名は十戒の一人「素戔嗚」ということを知ることになるのであった。

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