第11話 餅は餅屋

「Wordで罫線ってどうやるの?できないんだけど」


頑固そうなおじいちゃんからの電話。


「他のソフトで不具合はございますか?」

「Wordって言ってるでしょ」


…はい。


「他のソフトで不具合がないのでしたら、PCの不具合ではないので

操作方法であればマイクロソフト社にお問い合わせして頂けますか?」


「あんたんとこのパソコンに最初から入ってるんだから

あんたんとこで教えてよ」


「弊社のパソコンの中にはたくさんのソフトが

入っておりますが、Wordなどのoffice製品につきましては

それを作った会社、マイクロソフトという会社にお伺いして…」


「だから、あんたんとこが答えればいいでしょうが!」


そのとおり。

わかるよ、言いたいことはすごくわかる。

この世界に入るまで知らなかったことがある。

ソフト操作方法でわからないことがあっても、それは決してメーカーには答えられない、ということ。


「大体ね、ワードの本とかマニュアルとしてつけるべきじゃないの?」


気持ちはわかります。


「…ヘルプを見てもだめですか?」

「できないね!」

さらに、おじいちゃん言いつのる。

「やり方がわからないって言ってるでしょーがっ!」



お客様は大抵ここでひと暴れする。

このお客様も例に漏れずひと暴れ。

どんなに説明してもわかってもらえない。

電話からはみ出す罵声に周りは「あら、クレーマー?」と慰めるようで楽しむような悪魔の笑顔。

確か罫線ってツールバーがあったよな、そこをクリックして…と頭をよぎるが

ここで教えてしまっては、このおじいちゃんはまた電話をかけてくるかもしれない。

そのとき「この前の人は教えてくれた」などと言われては次の担当者に申し訳ない。

もちろん会社としてもルール違反は困るのだ。

「あそこに電話したら教えてくれた」と口コミで広がり

窓口全体が「ワード・エクセル講座」となってしまう可能性だって十分ある。


困っている人は見過ごせない。

が、それは雇われ人の自分にはできない。

うーん…胃が痛い。



「お客様…餅は餅屋ですから」



ハッ、つい言うてしもうた。

周りが「ギョッ」とこっちを見る。

私の心配をよそにおじいちゃんは

「あ、そうか。うむ、よくわかった」と納得し電話を切った。


え…?いいんですか?

それであっさり納得されるのもびっくりですが、自分の言葉もびっくり。


※餅は餅屋…何事も専門家に任せたほうがいいという例え。

しかしながら、サポートする側が発言する言葉ではない…。多分。きっと。絶対。


餅になってきます、さようなら。





そのあとの、友人との会話。

「ねえねえ」

「はいはい」

「さっきさ~」

「うん?」


沈黙。


「餅は餅屋、言うた?」


「い、い、い、言うた……聞こえてた?」

「すっごく。室内に響き渡ってたよ」


餅になって食われてきます、さようなら。

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