あの夏を忘れない

高瀬拓実

プロローグ

 澄み切った青い空。曲線いっぱいの分厚い入道雲。車の窓から見上げる空は、完全に夏の色をしていた。上に行くほど空は青くて、真っ白な雲は太陽の光にまぶしく輝いている。夏の、爽やかな一面。でも、爽やかなのは空だけだった。肝心なぼくの気持ちは沈んでいた。

 今ならまだ間に合う。だから言ってしまおう。

 何回それを繰り返したか分からない。今でもぼくはそれを続けていて、もう引き返せないところまで来てしまっていた。ビルや建物は深い緑の木々へと姿を変え、アスファルトの地面は凸凹した砂利道に変わっていた。

 座席に寝転んでいるため、土の上を走る振動が無駄に伝わってきて視界が揺らぐ。まるでふるいにかけられたみたいに、ぼくの心から楽しさや嬉しさが抜け落ちて後悔と緊張だけがそこに残る。

 それを紛らそうと、お腹の上で握りしめていたゲーム機を持ち上げた。実際のところ、それまでにも同じ理由でやっていたけど、酔ってしまって一時中断していた。その酔いも、腕の痺れも、大分治まってきた。

 中断画面を解除して、ゲームを再開させる。再開と同時に音が出始める。その音が聞こえたんだろう、車を運転する父さんが声をかけてきた。

「おい、ユウキ。ゲームやめろ。また酔うぞ」

「……大丈夫」

 じゃなかった。またぶり返してきた。きっと、父さんのせいだ。酔うぞ、なんて脅すから……。

 父さんへの怒りも込めてモンスターを斬りつける。のけ反ったところを二撃、三撃とつなげていく。圧せる。ぼくはとどめに必殺技を使用する。だけど、予想に反して敵の復帰は早かった。攻撃中のモーションから動けないぼくに向かって、ドラゴンは容赦なく火炎ブレスを吐き出してくる。回避できるわけもなく、0距離で当たった。と同時に電源を落とした。

 バカみたいだ。ゲーム機を叩きつけてやろうと思ったけど、再び襲いかかってきた酔いのせいでそんな気力は失せた。

 代わりに、ため息を吐き出して夏空を睨む。

 ぼくが睨んでも、夏空はただ青いだけだった。そこには何も特別な予感を与えるものもなくて。夏空はそんなだけど、これから過ごす夏休みは、きっと今までとは違うんだろうなって、漠然と考えていた。確かに違った。でも、それはぼくの予想をはるかに超えていた。あの夏の少女が言ったように「特別な夏」と呼ぶに相応しい夏だった。きっとこの先、一生忘れることのない特別な夏を、ぼくは過ごすことになる。

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