第18話 温泉
「ここって何処?」
それが思わず漏れた第一声だった。
翌日、パパに起こされて着替えを済ませると直ぐにタクシーが迎えに来て、タクシーに乗ると直ぐに高速に乗って着いた先は成田空港だった。
「パパ、何処に行くの?」
「温泉だよ」
寝ぼけていた頭がパパの一言で何処かに吹き飛んで真っ白になった。
その後でパパに言われるまま軽く食事を済ませ機上の人となる。
「パパ、何時ごろに着くの?」
「15時過ぎだよ」
「なんだ、4時間くらいか」
「時差が8時間あるからね」
「……12時間って」
思わず気を失う寸前になる。
今、目の前にはあり得ない風景が広がっている。
物語に出てくるような西洋建築の建物が並び、まるで中世にタイムスリップしたみたいだった。
「ここって何処?」
「スイスのチューリッヒだよ。ヨーロッパ有数の世界都市だね。今日は移動で疲れたでしょ、ホテルでゆっくりしよう」
夢なら覚めて欲しい。
何処の世界に温泉に行くと言ってスイスなんかに連れて来る人がいるのだろうか……
でも、これは現実で夢じゃない。
訳が分からずその日はホテルで休むしかなかった。
翌日はお伽話に出てくるような町に来ていた。
チューリッヒから特急でひと駅、15分ほどで到着してしまう。
「パパ、ここは?」
「バーデンと言う町だよ」
「これから何処に行くの?」
「10分ほど歩くからね」
何でもここはスイスでも最も綺麗な旧市街の一つなんて呼ばれているんだって。
でも中心街とは逆の方に向かって歩き始める。
パパに連れられて歩いていくと川の両側に童話に出てきそうな可愛らしい建物が並んでいて、あれは殆どがホテルだって教えてくれた。
でも、日本でもこれと同じ風景を見たことがあるような気がする。
持ってきたデジカメで写真を撮りまくるとパパは何だか嬉しそうしていた。
因みにパパはスーツ姿じゃない。
ジーンズにトレッキングシューズで明るい黄土色のフード付のダウンジャケットを着ている、フードにはファーが付いていた。
私はパパとお揃いの様なフードにファーが付いているワインレットのダウンコートを着て、中にはワンピースにレギンスでパパと色違いのトレッキングシューズを履いている。
程なくすると看板が見えてきた。
パパの後をついていくと聞いた事のない言葉でパパがカウンターにいるスタッフの人と話しているドイツ語みたいだった。
そして更衣室に連れて行かれてしまった。
「菜々海、これに着替えて」
「へぇ?、これって水着?」
「それじゃ着替えたら待っていてね」
意味が分からないまま個別の更衣室でパパから受け取った水着に着替えてロッカーに洋服を突っ込む。
更衣室から出るとパパも水着に着替えて待っていた。
「パパ……」
「行くよ」
「もう、行くよって何処に?」
「あれ? 菜々海にはちゃんと言ったはずだよ『温泉に行く』って」
「ええ、ここが温泉なの?」
「そうだよ。バーテンってドイツ語で温泉って意味なんだよ」
スイスの温泉は室内プールの様な温泉だった。
隅っこにジャグジーがあるけれど、もしなければただの25メートルプールと変わらない。
お湯も温くて温泉って感じじゃないけれど微かに鉱物ぽい感じがする。
パパに『鬼怒川に似ているね』って言ったら残念そうな顔をしていた。
温泉を出てから外はサクッとしていて中がモチモチの甘いスペインパンを食べながら旧市街を散策してチューリッヒのホテルに戻った。
翌日からはスイスを満喫した。温泉に入ったら細かい事はどうでも良くなっちゃった。
チューリッヒ中央駅から2階建ての列車に乗る。
車内はとてもゆったりと作られていてシートも座り心地が満点だった。
乗り換えをして3時間ほどでサンモリッツという町に着いた。
この町はまるで小さい頃にDVDで見た『ハイジ』の世界だった。
世界中のセレブが集まる高級マウンテンリゾートなんだってパパが教えてくれてサンモリッツでも温泉に入る。
ここの温泉もやっぱりプールみたいだったけれど温度が高く気持ちがよかった。
やっぱり温泉はこうじゃなきゃね。
でも、不満と言えば水着で入ってシャワーを浴びて出てくることかな。
バーテンでもそうだったけれど温泉を出ると直ぐにスタッフがフカフカのタオルを頭に掛けてくれる。
それだけは何だか嬉しかった。
ハイジの舞台になったマイエンフェルトではペーターの小屋やアルムの山小屋なんかがあってハイジ村にはハイジ記念館まであるんだよ。
流石に日本人観光客が多かったけれどね。
スイスは治安も良くって良い人ばかりで景色は綺麗だし空気は澄んでいるし文句のつけようがなくって最高って感じ。
あまりにも楽しくって気が付くとスイスに来て数日が過ぎていた。
パパは本当に温泉に入りにスイスまで来たみたい。
その日は列車に乗ってマイエンフェルトから10分くらいのサンヴァイスと言う駅の駅前にある小さなホテルに泊まった。
スイスに来て嬉しい事がもう一つ、パパが私を決して子ども扱いしない事。
それは普段からそうなんだけれど日本ではお酒を飲ませてくれた事がない。
でもスイスに来てからは色々なワインを少しだけだけど飲ませてくれる。
ワインも料理もとても美味しい。
ラクレットは半切の大きな円盤型のチーズの表面をとかし茹でたポテトにつけて食べる郷土料理で、ドイツ語圏の為かジャガイモ料理やソーセージを使った料理が多い。
中でも牛肉の塊を乾燥させて作ったピュンドナーフライシュと言う保存食なんだけれどこれが赤ワインに良く合って美味しかった。
それ以外にも湖で取れるペルシュと言う魚料理なんかも絶品でスイスの観光地は体育系の場所が多い所為かいくらでも食べられちゃうんだよ。
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