第19話 夏の名残り
あの後、灯台を下りると執事さんの姿も倒れていたスーツ姿の男達も跡形なく消えていた。
そしてもう一つ、いつの間にか左足の痛みも消えていた。
駐車場に戻ると早生が待っていてくれて。
「間に合ったんだな」
「ああ、悪かったなバイク壊してしまって」
「気にするな。みんな待ってるぞ」
黒いワンボックスで夏海さんが手を上げている。
水色の軽自動車の前で姉ちゃんと清見と香苗が待ってくれていた。
「帰ろうぜ」
「そうだな」
夏海さんのワンボックスに早生のバイクを積み込んで家路についた。
一か月前の事なのにとても前の事の様に感じる。
窓から空を見上げると澄んだ青い空が広がりアキアカネが飛んでいる。
模擬店の呼び込みの声が校庭から聞こえ。
ここは写真同好会の写真が展示されている教室でそこそこの人気があり、生徒や父兄が楽しそうに写真を見ていた。
コンテストが行われるはずだったこの教室には柚子先輩は居ない。
居ないと言うよりノア先輩と別れた日を境に柚子先輩の姿が消えたと言うのが正しい。
皆で手分けして何日も探し回ったが手がかりすら掴めなかった。
「おーい、遥。交代だ。お前、後夜祭はどうするんだ」
「ん、もうそんな時間か。早生は香苗と出ればいいだろ。俺は遠慮しておくよ」
「清見も出ないって言ってるし、俺達だけじゃな」
「そうか」
1人で文化祭を見て回るけど直ぐ飽きてしまって屋上に出てみた。
最近はぽっかりと何かが抜け落ちてしまい何をしてもつまらなく感じてしまう。
屋上の手摺に腕を当てて街を見渡す。
頬を少し冷たくなった風がすり抜けていき心地良い。
「また、一人でいるんだ」
「なんだ、清見か」
「あのね遥。私は瀬戸香さんに頼まれているの。心配してたよ。成績も下がってるんでしょ。進路はどうするの?」
「そっか、姉ちゃんに心配はかけられないな」
皆、俺の事を気にかけていてくれる。
それでも抜け落ちてしまった物は大きかった。
後夜祭には早生に言った通り参加しないで家にいた。
縁側に座って虫の音を聞きながらぼんやりと星空を見上げていた。
「はるちゃん、また星空とお友達なの?」
「そんなんじゃねぇよ」
「久しぶりにお姉ちゃんと夜のドライブをしよう」
姉ちゃんに押し切られて渋々ドライブに付き合う事にした。
久しぶりもなにもあの事故に遭ってから姉ちゃんは俺を気遣ってか夜に車で俺を連れ出す事を滅多にしなかった。
「なんで急にドライブなんだよ」
「気まぐれよ。たまにはお姉ちゃんにも付き合いなさい」
しばらく窓から流れる景色を眺めているといつの間にか松山自動車道を今治に向けて走っていた。
「何処まで行く気だ」
「ドライブって言ったでしょ」
車内には姉ちゃんが大好きなアーティストの曲がながれていた。
姉ちゃんの車は今治小松自動車道に入り今治湯ノ浦インターから今治バイパスに下りた。
ここまで来たら姉ちゃんに任せる事にする、じたばたしても仕方がない。
車が左折して今治インターの入口で止まった。
「何があったんだ?」
「大丈夫よ。お姉ちゃんに任せなさい」
「任せろって通行止めだぞ」
「良いから良いから」
インターの入口にはパトカーが止まっていて赤色回転等の光が物々しく。
そして全線通行止めの電光掲示板が出ている。
姉ちゃんが免許証を見せると何故だかすんなり通行止めなのに通してくれた。
車が加速して西瀬戸自動車道を走っているけど他の車は一台も走っていない。
全線通行止めの表示が出ているから当然と言えば当然だろう。
トンネルを抜け今治北インターを通り過ぎて海峡大橋が見えてきた。
姉ちゃんは何処に連れて行く気でいるのだろう。
これはドライブじゃなく姉ちゃんには目的があって、俺を何処かに連れて行くために連れ出したのだろう。
でも流石に夜の海峡大橋はリアルすぎる。
その海峡大橋の中ほどに見覚えがある黒いワンボックスが止まっていた。
「はるちゃん、ごめんね。夜にこんな所に連れてきて」
「姉ちゃんが謝る事じゃないだろ」
車を降りるとお馴染みの顔が勢ぞろいしていた。
早生と夏海さん。
それに清見に香苗。
そして……
「柚子先輩……」
「お久しぶりね。遥君」
そこには行方を晦ませていた柚子先輩がいた。
「柚子先輩はいったい何者なんですか?」
「遥君には言ったはずよ。地球外生命体といえば。御免なさい、お願いだからそんな疑いの目で見ないで欲しいの。私は銀河連邦の観察官よ。地球に侵入した者が地球人と接触するのをコントーロールしているの。そして影響が強い場合排除するのが私の任務なの」
「でも観察官があんな事をしたら」
「遥君が言う通りよ。今回の件で私は拘束されていたわ。今は条件付きで仮釈放と言うところよ」
柚子先輩がノア先輩の為にどれだけのリスクを冒していたか初めて知った。
それは俺の為でもあるはずだ。
「それで今夜は何でこんな所に?」
「宇宙と通信を試みようと思ったの。あら、信じられないって顔をしているわね。地球の科学技術で人工衛星と地上間でのレーザー光線を使った通信に成功しているのよ」
柚子先輩の説明はとても分かりやすい、でも何をしようとしているのかが見えない。
それに皆を集めた理由は何なんだ?
「はるちゃん、皆ははるちゃんの為に集まってくれたの」
「私達もまた会えるって信じているからね」
清見の言葉で何となく柚子先輩が何をしようとしているのかが判った。
橋の中央には大きなブラックボックスの様な機械が設置され沢山のパイプやケーブルが出ている。
パイプやケーブルの先は数台の大型トラックの荷台にある発電機や機械に繋がれていた。
「随分、仰々しい機器ですね」
「仕方がないじゃない。私が持っているテクノロジーは差し押さえられて使用を禁じられているんだから」
「でも、これは」
「地球のテクノロジーを使う分には問題ないでしょ。SETIの為と言えば地球のエージェントなら大抵の事は協力してくれるわよ」
飛躍しすぎているのだろうけど色んな事を体験した俺には何となく判る気がする。
それより気になるのは宇宙を相手にしている人ってあんなに大雑把になるのだろうか。
「柚子先輩。俺達にも判る様に説明してくださいよ」
「SETIはSearch for Extra-Terrestrial Intelligenceの頭文字を取ったもので地球外生命体探査と言う意味になるかしら」
「それじゃ、柚子先輩が前に行ったジャクサって」
「JAXAつまりJapan Aerospace eXploration Agency宇宙航空研究開発機構よ。宇宙開発利用と航空研究開発をしている日本の機関の事よ」
多分何を言われているのか半分くらいしか解らないだろう。
「無茶苦茶ですね」
「私はノアちゃんに会えるのならどんな小さな可能性にも掛けるわよ」
「「遥」」
「はる君」
「はるちゃん」
皆も思いは柚子先輩と同じなのだろう。
それ以上にノア先輩に会いたいと言う気持ちは誰にも負けない。
「柚子先輩、説明をお願いします」
「判ったわ。ここにある機器からある星の人工衛星にレーザーを飛ばします。そしてその人工衛星を中継地点として無数の人工衛星にリンクさせ宇宙に向けて信号を照射させるわ」
「壮大な試みですね」
「ええ、人類初よ。極秘裏だけど。そしてチャンスは一度きりよ」
「俺は何をすれば良いんですか?」
「遥君の胸の内をノアちゃん伝えなさい」
柚子先輩に連れられて仰々しい器械に向かう。
ヘッドフォンを着けられ指示に従う様に言われ。
そして機器を間近でみるとそこにはミカンちゃんの縫いぐるみが動いていた。
「ミミンなのか? 無事だったんだな、良かった」
「みぃ!」
「そっかミミンは柚子先輩のテクノロジーじゃないもんな」
「みぃ!」
追手の車を体を張って止めてくれたミミンを探したけど見つける事が出来ずに心配していたので胸を撫で下ろした。
そして何故この場所なのかが判った。
ここはノア先輩が初めて地球に来た場所で。
ノア先輩との出会いの場所だから。
それはほんの一瞬だった。
一筋のレーザー光が星空を貫き俺のメッセージを宇宙に運んだ。
やり終えて皆の元に戻ると皆が泣いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます