第12話 夏の松山城


アイボリーとオレンジのツートンカラーのバスに揺られている。

『第一回 写真同好会の撮影会を松山城で行います』と言う件名のメールで詳細が送られてきて撮影会が行われる事が決定していた。

もちろんメールの差出し主は柚子先輩で会長の俺には一言も相談が無かったけれど、同好会が正式に認可された翌日には撮影会の場所は決められていたのだから問題は無いだろう。


「近くの城で良いと思うけどな」

「あのな、遥。あんな映画のセットみたいな小さな城を撮りたいと思うか?」

「一時間で終わるだろうな。それで十分じゃないか」

「俺達は高校2年なんだぞ。来年は進路やらなんやらで皆で遊びに行く事なんかできるか判らないじゃないか。だからこそ今思い出作りをするんだ」

何時になく早生が熱く語っている。

確かに俺もノア先輩に楽しい思い出を沢山作ってあげたいと思っている。

でも、気になる事が……

確かに皆それぞれデジカメを持ってきている。

ノア先輩は姉ちゃんのデジカメを貸してもらっていた。

問題なのは着ている服だった。

普段はズボンが多い清見がスカートを穿いて女の子ぽい恰好をしている。

撮影会は名ばかりで遊びに行くのがメインだから仕方がないのかもしれない。

「でも、松山城に行くのなら天守閣まで上がるんだろ。階段を上がるの大変だぞ」

「早ちゃんが被写体も兼ねてるからって言うから清見にもメールしたんだよ」

「その早ちゃんは何を撮るつもりなんだ?」

「ご、誤解だよ。俺はそんなつもりじゃ」

清見が睨み付けているけれど手遅れだろう。

女の子が被写体にいるだけで華やかだし早生の言う事も判ら無い訳じゃない。

ノア先輩はまるで子どもの様に窓際の席で車窓を流れる景色を見ていた。


柚子先輩とは市駅で落ち合う事になっていた。

指定された場所に行くと涼しげなワンピースにレギンスを穿いている柚子先輩が立っていてノア先輩が駆け寄っていく。

「時間通りね。行きましょうか」

「柚子ちゃん、これから何処に行くの?」

「あの市電で大街道まで行くのよ」

「あれに乗るの?」

ノア先輩の視線の先には丸みを帯びたアイボリーとオレンジのツートンカラーの路面電車が停車している。

何処まで乗っても150円で1DAYチケットなら400円で一日乗り放題になり、本数も多く観光客や市民の足として利用されている。

路面電車に乗り込むと直ぐに走り出した。

床下から響くモーターの重低音がなんだか心地良い。

「そう言えば清見とはる君は市内に住んでいたんだよね」

「同じ小学校だったよね。遥はあんまり覚えてないみたいだけど」

「色々あったからな」

「そっか」

香苗や早生は俺が転校してきた理由を知っているけれどその事に触れる事はほとんどなかった。

今は触れられても別に何も感じないし仕方が無かったんだと思っている。


しばらく路面電車に揺られて大街道に到着した。

近くに県庁などがあり松山市の中心と言っても良い場所で通りを挟んで左手がお城で右手は繁華街になっている。

ロープウェー街を歩いて東雲口駅舎に向かう。

駅舎からはロープウェーとリフトが長者ヶ平を繋いでいた。

「よっしゃ、一番乗りだ」

「させるか!」

早生と清見が我先にリフト乗り場に駆け上がっていってしまった。

「馬鹿と煙は高い所が好きというけれど」

「早生と清見は負けず嫌いですからね」

エレベーターで乗り場に行くと白と紫の矢羽柄の着物に紫色の袴姿の女の子が案内してくれる。

「ロープウェーは10分おきに出ております」

「リフトが良いかしら」

「リフトって?」

「あれよ」

ノア先輩の表情が変わり柚子先輩の手を引いて歩きだした。

「それじゃ、俺が先に乗りますね」

「ええ、はる君は先に行っちゃうの?」

「上で待ってるよ」

先に乗り込んで後ろを見ると香苗・ノア先輩・柚子先輩の順番で乗る様だ。

周りの景色を見ているとリフトは直ぐに降り場になった。

乗り場でも降り場でも係員がきちんと補助してくれる。

香苗が下りるのを待って降り場に近づきノア先輩に手を差し出すと駆け寄ってきた。

柚子先輩にも同じようにする。

「ありがとう。遥君は意外と紳士なのね」

「柚子先輩、はる君が紳士的って?」

「遥君はノアちゃんと私がリフトに乗るのが不慣れだと思い先に行って待っていてくれたのよ」

「へぇ、はる君は優しいもんね」

長者ヶ平の広場を見渡しても早生と清見の姿は無かった。


「先に行った2人は何処かしら」

「もう上にいると思いますよ」

長い階段を上り本丸に向かう。

櫓や門に景色や木々をカメラに収めながら、入り組むように作られていて幾つもの門をくぐり天守に向かう。

「はる君、早く。早生君と清見ちゃんが待ってるよ」

「遅いよ、遥は」

ノア先輩が指さす本丸広場のベンチで早生と清見が座って休んでいた。

「そこのお2人さんはここに何をしに来たのかしら?」

「もちろん撮影会にですよ。ヤダな柚子副会長は」

「それじゃその手にあるデジカメは伊達なのね」

「あ、あの。すいません、副会長」

早生と清見が座っているベンチの向こうには木々の上に天守閣が鎮座していた。


大天守の地下一階にあたる米倉が入口になっていた。

米倉だった名残で防湿の為に床は素焼きの瓦が敷き詰められている。

用意されている緑色のスリッパに履き替えて靴は下駄箱に入れて鍵を閉める。

「上に行こう」

「ノアちゃん、ちょっと待ちなさい。その恰好じゃ」

「柚子先輩、順番を決めましょう」

「遥君の言うとおりね」

女の子・俺・早生の順番と提案すると却下されてしまった。

「清見ちゃん、ノアちゃん、遥君、香苗ちゃん、私に早生君の順番が良いわね」

「柚子先輩、どうしてですか?」

「清見ちゃんは運動神経が良いから先頭でノアちゃんは後ろから遥君がフォロー出来るでしょ。それに香苗ちゃんがバランスを崩しても遥君にしがみ付けるでしょ。私がバランスを崩したら早生君がクッションになってくれるわよね」

「任せてください、柚子先輩」

万が一、早生が誤って柚子先輩に触れれば情け容赦なく早生なら蹴り飛ばせるからだろう。

そんな事を知らずに早生が胸を叩いている。


迷路の様になっている天守閣の中に展示されていて一つ一つ見ながら梯子の様な急な階段を登っていく。

天守閣の最上階からは松山市内が見渡せた。

「うわぁ、海が見える」

「みぃ!」

俺の頭の上で大人しくしていたミミンがいきなり声を上げて周りの視線を集めてしまう。

「ミミン、しぃ~」

「頼むぞ」

「みぃ」

ノア先輩が唇に人差し指を当ててミミンを注意すると直ぐに大人しくなった。

周りの人もただの音に反応する縫いぐるみだと思ったのだろう。

早生に香苗それに清見が天守閣から見える景色を撮っている。

「ノア先輩は撮らないんですか?」

「撮るよ。はいチーズ」

「へぇ? 俺?」

いきなりレンズを向けられて変な顔になってカメラに収まってしまった。

「いや、俺じゃなくて景色とか」

「なんで? だって柚子ちゃんは私が撮りたい物を撮りなさいって」

「まぁ、良いですけどね」

とことん柚子先輩に振り回されている気がするけど、ノア先輩が楽しそうにしているのでここは流すべきなのだろう。

「はる君の家はどの辺にあったの?」

「あの海の方です」

「そうなんだ。どんなお家だったのかなぁ」

「2階建ての普通の建売住宅でしたよ」

優しい瞳でノア先輩は俺が幼い頃に住んでいた家がある方を見ている。

どうしてそんな優しい瞳なんだろう。

「ノア先輩、あっちが道後温泉がある方ですよ」

「えっ、温泉があるんですか?」

「うん、知らなかったんだ」

清見に呼ばれてノア先輩が小走りで走っていき香苗と3人でお喋りをしながら楽しんでいる。

すると柚子先輩の声がした。

「ノアちゃんの事を遥君はどう思っているのかしら?」

「どうって可愛い先輩だなと思いますよ。本人に聞かれたら怒られますけど」

「それだけかしら。先輩としてではなく1人の女の子として聞いているのだけど」

「女の子としてですか。好きですよ、でもこれが恋だとは思わないですけどね」

何を柚子先輩が俺から聞きたいのか判る。

それでも俺にははっきり答える事が出来なかった。


天守閣から降りる時は逆の順番んで降りていく。

早生の後ろを柚子先輩がその後を香苗が続き、俺の後ろにノア先輩と清見が階段を下りてくる。

「はる君より背が高くなった気がする」

「背中に飛び乗らないでくださいね」

「えへへ、ばれちゃった」

流石にこの状況では危なすぎる。

そんな事を全く考えていない人が1人だけいた。

「ほら、さっさと降りなさい」

「後ろから押したら危ないですよ、柚子先輩」

「面白くないじゃない。上る時に少しでも触ったら蹴り落とそうと思っていたのに」

「け、蹴り落とそうって。頑張って触れない様に耐えてたのに」

柚子先輩が真っ黒な微笑みをこぼして早生を蹴り落とすと見事に早生は着地して見せた。

「悔しいわね」

「遥、順番を変わってくれよ」

「いらないメールを香苗に回した罰だ」

俺がそう言うと早生がもの凄い逃げ足でどんどん階段を下りて行ってしまった。

下駄箱のある米倉に着くと早生が待っていた。

「なぁ、遥。何でこの倉ってこんなに広いんだ」

「戦で籠城する時の貯蔵庫としてと万が一城が焼け落ちた時にこの米倉に全て焼き落ちる様になっているらしいぞ」

「まぁ、俺も蹴落とされたけどな」

「自業自得だ」


昼飯を街に出て食べるか迷ったけれど本丸広場の売店で食べる事にした。

早生と俺はカレーうどんにおにぎりを食べて、女の子達は最中やソフトクリームを食べている女の子は不思議な生き物だと再認識した。

「柚子先輩、二の丸に行ってみませんか」

「良いけど何があるの? 早生君」

「ええっと、公園かな」

「史跡庭園だよ」




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