夏の、い・いよかん

仲村 歩

第1話 夏の予感

ライトアップされた海峡大橋から不意に星空を見上げると青白く光るものが動いていた。

星空を指さすと車の傍で立っている父親が見上げている。

光は次第に大きくなり。

青白い色からオレンジ色に変わり。

光に包まれた瞬間に体が宙に浮いた。

意識が遠のく中。

「ゴメンね」

温かい何かに包まれ唇に何かが触れた。


「はるちゃん、遅刻するよ」

「はーい」

遠くで姉ちゃんの声が聞こえてとりあえず返事をした。

ゆっくり目を開けると見慣れた自分の部屋の天井が見え、カーテンの隙間から力強い日差しが差し込んでいる。

ベッドから起き上がってリビングに向かう。

「姉ちゃん、ちゃん付けは勘弁してくれよ」

「また、夜更かししてたんでしょ。駄目よ」

「ん、はぁ~ 久しぶりにあの夢を見たんだよ」

「そっか。は・る・か・ちゃん。ご飯だよ」

女の子みたいな名前だけど高校2年で身長が180センチある俺が大森 遥(おおもりはるか)で。

俺をはるちゃんと呼ぶのが俺の姉の大森瀬戸香(おおもりせとか)、歳はアラサーもとい20代。

詳しい事はトップシークレットらしい。

姉ちゃんが用意してくれた朝ご飯を食べて学校に行く支度をはじめる。

「はるちゃん。今日、お姉ちゃん少し遅くなるから」

「ん、ん」

「『ん』じゃなくて『はい』でしょ。7時までには帰るからご飯だけ宜しくお願いね」

「ん、行ってきます」

「気を付けて行くのよ」

忘れてしまった訳ではないけど久しぶりに見た夢が頭の片隅に引っ掛かっている。

何かの予感なのか……


玄関を出た途端、朝から蝉たちの大合唱が聞こえそんな物は掻き消された。

七夕も終わり夏休みが目前に迫っていた。

坂道の両側には伝統的建造物群保存地区に指定された江戸から明治にかけての街並みが連なっていて、白壁の家々が続きナマコ壁の民家もある。

ちなみに俺の家は木造の平屋で背の高い生垣が目隠しの役割をしていて違和感なく周りの古い民家に溶け込んでいた。

鋼色の瓦や白壁に反射した太陽が目に突き刺さり思わず目を細めた。

「暑いな、今日も」

空を見上げると青い空に白い雲が泳いでいる。

駅前通りなんて大層な名前が付けられているけれどお店なんて殆ど無く、閑散とした通りに近づくと制服姿の生徒が増えてくる。

そんな生徒を避ける様に犬寄川の川沿いに向かいバックからカメラを取り出し川の流れにピントを合わす。

「きゃぁ! ご、ごめんなさい」

女の子の声と共に体に小さな衝撃を受けてファインダーから視線を下に移すと、そこには見慣れない小さな女の子が尻餅をついて……

傍らには大きな革製のトランクがあった。

尻餅をついた女の子は後ろに両手をついていて短いスカートの間から白い物が見えて思わず目を逸らした。

「あの……パンッ」

「えっ? あっ! ああ、見たでしょ」

女の子が慌ててスカートを手で押さえ女の子座りになって俺を睨みつけて見上げている。

痴漢と間違われたら、責任を取ってなんて言われたらどうしようかと狼狽えてしまう。

小さな女の子の髪は赤茶でとても長く、親友で変態の早生が言っていた炎髪の何とかと言う少女が出てくるアニメのヒロインみたいだった。

「早めに学校に来なさいって言われたのに」

「学校?」

「は、はい」

学校と言う言葉で彼女を見ると見た事がある制服を着ている。

その制服は俺が通っている高校の制服と同じだった。

この時期は夏服で男子は半袖シャツに青いネクタイでグレーのズボン、女子は半袖のブラウスに青いリボンでグレーのスカートになっている。

「もしかして蛍の郷高校?」

「えっ?」

蛍の郷高校は数年前までは山内高校と言う名前だった。

ご多分に漏れず俺が住んでいる田舎町も財政難から今流行のネーミングライツが導入さた。

そして地元企業が名乗りをあげて蛍の郷なんて言う介護施設の様な名前になってしまった高校が俺の通う高校だ。

同じ高校に向かうのに放置する訳にもいかずに手を差し出すと恥ずかしそうに俺の手を掴んで立ち上がった。

「小さ!」

それが思わず口から毀れたけれど学校に向かおうとして歩きだしても女の子は手を放してくれなかった。

「あの、手を離してくれないかな」

「えっ? あの、でも迷子に」

まるでジャンガリアンハムスターか小動物の様な瞳で俺を見上げている。

強引に手を解く訳にもいかず仕方なく手をつないだまま歩きだした。

この歳になっても彼女なんて居た事が無く、女の子と手を繋いだのなんて小さい頃に幼馴染の女の子以来で思わず汗がジワリと掌を湿らす。

校門が近づくにつれ視線が突き刺さり変な汗が背中を伝う。

速攻で校門をくぐり職員室の前まで彼女を連れて行くと何度もお辞儀を繰り返していた。


「朝から疲れた」

教室に行き机に倒れこむと親友の野中早生(のなかはやお)が声を掛けてきた。

早生は俺より背が低いけれど決して低い訳じゃない。

俺より数センチ低いだけで女子に人気がある、しかし性格と言うか変態そのものだった。

「おす、早朝から幼女強奪か?」

「お前と一緒にするな。変態早生が」

「誰だったんだ? 見慣れない女の子だったけど」

「知らないよ。転校生だろ。ここの制服着ていたし」

変態と言われても完璧にスルーする自他ともに認める早生はど変態だけど、そこがオープンで良いと言う女の子が後を絶たない。

すると今度は幼馴染の松前清見(まさききよみ)が白い目で俺を見ていた。

ウルフカットでボーイッシュと言うより男勝りの性格で物事をはっきり言う竹を割った様な幼馴染で、幼い頃とはいえ俺が手を繋いだことがある唯一の女子だった。

「大森遥、朝からご機嫌だね」

「そう見えるのか?」

「見えない。期末試験が終わった直後みたい。でも、遥のタイプって幼女なんだ」

「あのな、見ていたのならあの子がこの高校の生徒だって判るだろ。何処が幼女なんだよ、まったく」

暑さと熱さで授業を受ける気力が根こそぎ持っていかれて真っ白になっていた。


窓の外をボーとしながら眺めていた。

あんな夢を見たせいか幼い頃に遭遇した事を思い出していた。


丁度、夏休みが始まったばかりだった。

その日は父親の趣味である写真撮影を兼ねて尾道に旅行する予定になっていてとても楽しみにしていた。

夜、父親の仕事が終わってから自宅を出発した。

父親の運転する車でしまなみ海道を通って海峡大橋の中ほどに来た時だったと思う。

連なる橋がライトアップされてすごく綺麗だった。

「パパ、写真を撮ってよ」

「それじゃ、遥が撮ってごらん」

父親からカメラを渡されて心が躍った。

車道と歩道の間にある青いガードレールを乗り越えて、父親から普段は滅多に触らせてもらえないカメラを受け取って意気揚々と欄干に駆け寄っていく。

そして父親がしていたように両手の人差し指と親指を使って四角形を作って切り取る景色をさがす。

「遥、遠くに行くなよ」

「うん」

父親に呼ばれて振り向くと車からかなり離れていた。

太いケーブルの先にある主塔を見上げた時に夜空に青白い光を発する物体を見つけた。

「あれ、なんだろう。UFOかな? パパ!」

俺が星空を指さすと父親が空を見上げている。

すると光を発している物体の色が段々オレンジ色に変わり大きくなっていく。

次の瞬間に父親と母親が乗った車が光に包まれ吹き飛ばされて意識を失った。

気が付いたときは病院の病室で姉ちゃんが傍らで泣いていた。

姉ちゃんの話ではカメラを持ったままの状態で橋の下にある島の砂浜で俺が発見され病院に運ばれたと教えてくれた。

そんな姉ちゃんは部活で留守番していたらしい。

らしいと言うのは事故のショックからか前後の記憶が曖昧になっていたけれど、あの光る物体の事だけは脳裏に今でも焼き付いている。

目が覚めてからが大変だった覚えがある。

警察からは事情を聴かれたけれど幼い子どもがいう事なんて参考くらいにしか信じてもらえなかった。

しばらくして事故現場の海峡大橋を見せられた時には足が震えたのを覚えている。

そんな大事故から奇跡的にほぼ無傷で助かった子どもは好奇な目で見られ、友達は怖がり遠ざかっていった。

幼い頃の大事故で両親を失い、俺自身には両親の優しい笑顔くらいしか記憶がない。

それでも両親は確実に俺の胸で確かに生き続けている。

だからこそ見たもの感じたことを残しておく為に親父が好きだったカメラに傾倒していった。


「おーい、遥。起きてるか?」

「あん?」

「昼休みだぞ。また思い出してたのか?」

「ん、忘れた訳じゃないからな」

早生と連れ立って購買に行きいつもの様にパンと牛乳を買って中庭に向かい、いつもの様に校舎に寄りかかり昼飯にする。

この場所は日陰で風が良く通り構内で一番涼しい場所だった。

場所取りにならないのは他の生徒は冷房が効いた教室で弁当を食べているか学食に言っているからで、単に俺達ぐらいしかこの場所に来ないからだった。

「そう言えば今朝のあの子の情報が手に入ったぞ」

「で?」

「名前は伊予ノア。身長147センチ 上から72・47・70。残念なお子様体型の3年の留学生だそうだ」

「残念っていうな。仮にも先輩だぞ。確かに小柄だけど」

「おい、あれ、あれ」

どうやって個人情報を入手したのかなんて聞くだけ無駄で早生は独特のネットーワークと言うか女子の情報網をもっている。


早生に肘で突っつかれて顔を上げると視線の先にノア先輩の姿が見えた。

ベンチに1人で座って項垂れている。

時間的に弁当を食べ終わったとも思えないし、購買で何かを買ってきている風にも見えなかった。

「ああ、また見てるんだ」

声がして顔を上げると清見が腰に手を当てて仁王立ちしていた。

「早生君もああいうのが好きなの?」

「はぁ? 俺は瀬戸香さんラブだ」

「俺は早生をお兄さんと呼ぶなんて真っ平御免だけどな」

「大丈夫だよ。瀬戸香さんが相手にするわけないでしょ」

清見の後ろから顔を出したのは早生の幼馴染の甘平香苗(あまひらかなえ)だった。

ウエーブのかかったミドルヘアーで清見とは正反対のおっとりした性格をしている。

「幼馴染組が勢ぞろいだな」

「早生と香苗だって、ただの腐れ縁でしょ」

「良いのか清見。そんな事を言って」

「別に」

機嫌悪そうに清見が言い切る。

なんで機嫌が悪いのか俺には判らないけれど早生には判るらしい。

近くにいるからこそ分かり合える事もあるし、少し離れなければ判らないモノがあるのかもしれない。

知らない間に清見と香苗が隣に座って弁当を食べ始めた。

すると一瞬だけノア先輩と目が合った気がするとノア先輩が急に立ち上がりキョロキョロと辺りを見渡して何処かに行ってしまった。

「ノア先輩って小動物みたいだな」

「遥の変態!」

叫び声と共に清見の弁当箱の蓋が飛んできた。

「あのな、怪我でもしたらどうするんだよ」

「大丈夫よ。遥の体は無駄にデカいから的を外す事なんてあり得ないから」

「そうだね」

香苗に同意されて少しだけ凹んだけれどいつもの事でスルーした。

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