村人Aの俺が勇者と旅立つ事になった
秋葉啓佑
第一章 全ての始まり
プロローグ
俺は『村人A』という名前で、このゲームのNPCとして生まれた。生まれた瞬間から成人男性で、決められた範囲内でしか動く事は出来ず、このゲームの世界に唯一存在する『勇者』と呼ばれるプレイヤーが「もしもし」と話し掛けてきた時だけ、俺は「ここはエラメルドの町です」という言葉を発する事が出来る。それ以外は何も話せず、動ける範囲内をひたすらうろうろと動き回るだけだ。
この世界には朝、夕方、夜の3つの時間帯が存在するだけだ。『時間』という物の意味は分かっているが、俺には必要の無い物だ。ただ『朝』になると体が勝手に町の入り口の近くに移動され、決まった範囲内をうろうろと歩き、『夕方』になってもそれを続け、『夜』になった瞬間に体はベッドに移動されて眠る。しかし眠っている時に『勇者』が「もしもし」と声を掛けてきた時は勝手に「ぐーぐー」という声が出る。
俺が居るエラメルドの町には、俺以外にも多くのNPCが存在している。しかしNPC同士で会話をする事は無い。皆それぞれ決められた行動しかする事が出来ないのだろう。俺の隣に他のNPCが立っていても、会話をする事は出来ない。顔を見合わせている状態でもだ。相手の顔は無表情だ。おそらく俺も無表情なのだろう。
多く存在するNPCの内の1人である俺でも、この世界はゲームの中であり、決められた事しか出来ないという事実を認識しているのだろうから、おそらく他のNPCもこの事実を認識しているのだろう。
今日も俺は動ける範囲内を歩いていた。すると遠くから歩いてくる人間が見えた。おそらくあれが『勇者』なのだろう。黒く長い髪を左側で束ね、軽そうな銀色の胸当てと青いマント、腰には長剣を身に付けている姿は、NPCとは全く違っていた。
『勇者』は町に入ると、俺に「もしもし」と声を掛けてきた。俺が「ここはエラメルドの町です」と言うと、『勇者』はすぐに離れた。
「何だ、お礼も何も無いのか、つまらないな」
俺の体が止まった。俺は今、何か言葉を発した。「ここはエラメルドの町です」以外の言葉を発した。これはどういう事なんだろうか。何が起きているのだろうか。
俺から少し離れた場所に居た『勇者』が俺に向かって駆け寄って来て言った。
「今の声、お前の声か?何でメッセージウィンドウに文字が出ないんだ?何で俺の耳に声が聞こえるんだ?」
一体、何が起きているのだろうか。
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