GOD HATE-クソゲーの神の怒り-
@moa7
第1話 終わりかけて始まる
好きな人が姉だった。
姉との出会いは、『伝説の英雄』という、国内発の基本無料のVR(ヴァーチャルリアリティ)MMOをプレイしていたときだ。
あるとき、初心者がモンスターに苦戦しているので、それを助けた。
成り行きで、二人でプレイを重ねる内、付き合っていると言って遜色無い関係にまでなっていた。
猫のように擦り寄ってきて、懐いてくるものだから、ついうっかり気を許してしまった。
危なかった。
何せ、 相手に告白をする、一歩寸前だったからだ。
告白してしまえば、もはや別れるしかなくなる。
不自然に別れると、姉は気にする。
父親譲りなのか、問題が起きたときの姉は、とにかくしつこく調べ上げて追跡しようとする。
その性格で、学校のイジメも説き伏せたこともあるそうだ。
いずれ姉弟とバレたとき、リアルの家族では、息苦しい沈黙が残されるだろう。
真面目な姉のことだから、すまなそうな顔になるのは目に浮かぶ。
そんなのは、許し難い。
ぼくの罪悪感も相当だけれど、明るかった姉が、悲しみに暮れるなんて日々を想像することに耐えられそうに無いわけだ。
世間ではこれをシスコンと呼ぶそうだが、これぐらい思っていていいじゃないか。
ぼくは、その日彼女を、メールでゲーム内に呼び出していた。
広大な草原エリアで、空には、無機質な機械仕掛の岩のようなものが浮かんでいる。
それらは他エリアを示している。
多重な世界で構築された壮大な世界観が売り、だった。
今では、バブル期に作られた、空き家だらけの高層マンションといったもので、そこに人の姿は無い。
ともかく、この場所を選ん理由は、人が居ないからだ。
人が居なくなってる上で、更に人の居ない場所がある、という意味だ。
会話を聞かれるわけにはいかない。
ここで別れ話をしようと思っている。
ぼくらにとってはつまらないけれど、他人にとっては、面白半分に聞かれることもあるから、人に聞かれる可能性は、少しでも排除したかった。
まったく気の重くなる話しだけど、それを言わないといけない。
昨日まで楽しく話し合っていたのに、急に別れ話だなんて。
最悪だし、最低だ。
分かっているけど、このままではいられない。
姉の方も、どうやらぼくに期待しているところがあって、リアルで会いたいと言ったら、喜んで会ってくれるだろう。
リアルで会って、実は弟のドッキリでした、で済むような関係でもない。
姉とゲームで過ごした少しの間は、楽しかったし、関係に真剣味があった。
互いに見えないけれど、強い思いの繋がりを意識したこともある。
考えていたら、辛くなってきた。
今すぐにだって逃げ出したい。
今日のところは、普通にクエストをして日を改めたくなる。
人生初の女性との付き合いで、別れ話とか、最低過ぎないか?
分かってる。それは十分に過ぎる程度に分かりきっているんだ。
だけど仕方ないんだ。
一番、みんなが幸せでいられる選択肢だと思えば、別れ話だって何のことはない。
とか思って、必死に自分に対して言って聞かせてる
ゲーム内で待っている中、ぼくは必死に取り繕っていた。
リアルでは、メガネのようなゲーム機、ゲームグラスを使っている。
ゲームグラスは、SORY製のゲーム機の名前で、正確には、脳波操作装置(Brain wave control device)と言う。
こうしたVRゲーム機を総称して”Bコン”と呼ぶ。
ぼくのスタイルとしては、椅子に座って、Bコンをコントロールしているのだけども、両手は膝の上でガッチガチに握りしめられた感じになっていた。
もうすぐ彼女がやって来るのだから、否が応でも力が入る。
1時間も前から準備していた。
と言っても、棒立ちしているだけだ。
石像のように動かないので、他のプレイヤーからしたら、バグっていると思うかもしれない。
幸い、気難しい顔をしても、ゲーム内のアバターに感情がすぐ反映されるわけじゃない。
脳波による事細かい感情表現が可能だけど、実は、感情については、反映がいまいちであったりして、本来の感情ではない表現も出たりする。
そこで、このゲームでは、設定で感情を封印することが可能だ。
ぼくは設定で、ネガティブな感情を封印していた。
実は、少し思い悩んでいる。
このまま何も感情を表現しないでいいものか、と。
そこで、悲しみ、泣く、という表現を、思わず設定で解除した。
(情けないなぁ)
感情なんて、Bコンでコツさえ掴めば、いくらでも偽装できる。
リアルで嘘泣きをするように、アバターにまで嘘泣きをするのは、どうも過剰で、バカにしている感があった。
後悔して設定を戻そうとしたところ、気配に気がつく。
風の流れに、草花が波うつ。
歩いて近づいてくる彼女の姿が見えた。
女性プレイヤーらしく、女性のアバターを使っている。
とても綺麗な、白を基調とした鎧。
胸や腰意外では、もはやスケスケの水着みたいなもので、これで攻撃を防げるのかというツッコミもありそうだが、ゲームでは有りだ。
ゲーム制作側の趣味丸出しなのが少し痛い。
といっても需要があるから実装されるわけで、見た目以上にこの装備は、レアリティが若干高い。
難易度の高いクエストを、二人でクリアしたときに、宝箱からドロップされた、希少アイテムを譲ったものだ。
決してぼくがそんな恰好をさせたかったわけじゃない。
彼女は、ぼくの前にやって来て、すっと流れるような動きで、鞘に入った剣を取るや否や、前に突き出すような形で振りかざす。
すかさずぼくも、抜き出した剣でもって、受け止めた。
交差する剣の間を、光が当たって、きらめいている。
「騎士ユーナ。盟約により、あなたの剣として馳せ参じました」
「神殿の騎士ユーナ、歓迎しよう」
すぐに彼女は笑う。
「コータ、待った?」
コータというのは、ぼくのハンドルネームだけど、実はこの名前、リアルの名前である、神取広太(かんどり こうた)から来ている。
彼女のハンドルネームであるユーナは、神取夕凪(かんどり ゆうな)ということだ。
この時点で、どうしてすぐに分からなかったんだ、と頭を抱えたくなるけど、分かるわけがない。
そんな珍しい名前でもなかったし、自分の姉と結びつけて考える方が不自然だ。。
普通に考えて、あー同じだな、ぐらいで流すだろう。
ともかくぼくは平静さを装いながら答える。
「待ってないよ」
お互いに剣を鞘に収めた。
先ほど何をしていたのかというと、挨拶みたいなものだ。
二人の間でだけ行う、特別な儀式と思っていた。
勝手にキスソードと命名していた自分に寒気がする。
当時は、それが凄くいいことのように思えたし、幸せな気持ちだったのに、今では、過去の自分を絞殺してやりたいぐらいの気分だ。
ああ、いけない、黒い気分で満たされてしまいそうだ。
黒歴史ってこうやって刻まれていくものなんだ。
挨拶程度で、すでにクリーンヒットを食らったぼくは、心を強く持つようにした。
「そう、ねぇ、もっと近くていい?」
ユーナの言葉に、ぐ、と心が締め付けられる。
いや、そういうわけにはいかないだろう、と言える場面でもない。
何せ、これまで普通に自分たちがしてきたことだからだ。
すぐ拒絶するのは、不自然。
もっと綺麗に別れたいぼくとしては、修羅場なんて望まない。
拒絶するタイミングではないと判断した。
「いいよ」
ゲーム内の声は、元からある誰かのもので、ぼくのものじゃない。
リアルだったら絶対に、引きつった声になってるから、これには助かってる。
ユーナは、傍に寄ってきて、ぼくの手を取った。
握って隣り合って、うわ、なんだこれ、バカじゃないかと言うぐらい気まずくなった。
微妙な沈黙の中、切り出す勇気を見失い欠ける。
このままアバターごと、消え去ってしまえたら、楽なんだけどな。
そうもいかない、か。
観念した部分もあって、ぼくは、ユーナに向かって言った。
「聞いて欲しいことがあるんだ」
「は、はい。なんでしょう?」
相手の反応が、とても固くて、期待が見え隠れする。
ユーナは、感情抑制とか、ゲーム設定は疎くて出来ないはずだし、Bコン操作も慣れていないせいか、細かい感情表現が反映される。
だから、多分これは、きっと本当の感情が出ているんだろう。
……い、言いづらい。
明らか、期待とは真逆のことを言おうとしているので、とてつもなく言いづらい。
まるでバレンタインで、チョコを貰った刹那、そのチョコを円盤投げしてしまうような地獄絵図だ。
自分で考えてて、よく分からない表現になった。
(本当に言うのか? ぼくは)
他人事みたいになってしまった。
当事者なのに他人事になるのは、ネットやVR空間に慣れた世代の悪い癖だとか、テレビで言っていた気がする。
グズグズするな。
これもお互いのためじゃないか。
意識をしっかりさせた。
「実は」
ユーナの顔は、既に、ぼくに向いていなかった。
天空に向かっているので、釣られてぼくも天空を見上げる。
天井に、薄っぺらい四角い画面が浮かんでいた。
よくある液晶画面。
あの画面で、プレイヤー全体に、呼び掛けるようなことがある。
今日は、何か新しいイベントは予告も何も無かったはずだ。
一つあるとしてゲリライベントだ。
唐突に始まる運営のサプライズ。
稀にしか起きないし、何か記念でもない限り、やらないはずだ。
それにプレイヤーも少なくなった今では、こんなイベントなんて、やることは無いと思っていた。
四角い画面は、ノイズ混じりで、やっとのことで映像が浮かんできた。
浮かんできたのは、美しい大人の女性。
神々しい白い羽が生えて、身にまとうのは、ひらひらした白装束だ。
異人種だけど、この世界では人間がベースなので、異人種は無い。
このゲームを最初にしたら必ず現れる、この世界の創造主。
ちょっと親切に解説までしてくれる、ディオーネという神様だ。
『この世界の勇者たちに告げます。
わたしは、神に出会いました』
いきなり中二病を拗らせたような発言をするディオーネに、考える意味を見失う。
とりあえず言えるのは、終わらせようとして、何かが始まった、ということだけだった。
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