神颪の巫女

あきらつかさ

#1 あたし、死んじゃった……?

ブックワームの少女は死にました

 いつもの駅から出て、少し歩いたところだった。

 あたしは遅くなってしまったことを後悔しながら、帰路を急いでいた。

 サスペンスもそろそろ折り返しか、って時間になっていた。

 こういう日に限って、自転車じゃない。頑張れば家まで歩けない距離じゃないけど、やっぱり違う。気分的にも体力的にも。

 というわけで、あたしは歩いていた。バッグが肩に食い込むのは、中の本の重みだ。

 図書館帰りだった。学校からそのままに行ったので、制服のままだった。

 あたしにとって図書館は危険な空間だ。昔から『本の虫』のがあって、調べ物意外でついつい色々、読み耽ってしまう。

 ぱっと見、意外がられるけど読書好きなのだ。それも乱読なので児童文学もライトノベルも、本格推理とか純文学とか歴史小説も、エッセイからハードカバーの翻訳ものまで、たいてい読む。

 見た目は文学少女していないと思う。短めのボブカットのせいか、スポーツやってるように思われることもある。でも体を動かすのは好きだけど、運動神経にあまり自信はない。

「なんかヤだなぁ……」

 呟きがもれる。

 小説とかだと、こういうシチュエーションって危険のサインだ。

 何かに襲われたり、事件に遭ったり、ロクなことにならない前兆だ。

 導入部だとかなりの確立で、よくない方の最初の犠牲者とかだ。

 まがり間違っても格好いい人がいきなり現れてイイ感じになる……なんて夢物語は聞いたことがない。

 ――聞いたことがないからこそ、そんなことがあったら面白いかも。

 ――ダメだ、ありえない。

 あたしは下らないことを考えるのを止めて、少し足を速めた。

 こういう日に限って、母は夜勤だ。父は単身赴任で遠い他県、留守番には中学生になったばかりの妹が一人。

 誰かに迎えに来てもらったり、送ってもらったりできる状況じゃない。

 そんな相手も残念ながらいない。いたら、図書館出た時点で呼んでる。

 JRと私鉄の駅の間、その周りは店とか色々あって夜でも明るいし人もいるけど、離れるとどんどん寂しくなる。大都会じゃなかったらどこでも、そんなものだとは思う。

 まして、駅から住宅街までの多少オフィスビルなんかがある辺りは夜になると人がほとんどいないし、照明もあまりない。

 ――バス待てばよかったかなぁ。

 時刻表を見て、家の方面に行くのが数十分はなさそうなのを確認して歩くことにしたけど、さっそく挫折しかけていた。

 かといって戻るのも面倒だ。

 バッグを担ぎなおして、とにかく歩く。

 周囲をふと見回してしまう。

 何が気になってる、って……ここ最近、ゴールデンウィークを過ぎた辺りから発生してる『通り魔事件』のことが、少し。

 あたしの住んでるこの町でも被害者が出たらしく、学校でも注意があった。

 写真週刊誌でも掲載できないくらい、犠牲者は凄惨な姿になっている、らしい。

 この時間帯、一人きり、か弱い女子高生――なんか、襲われる要素たっぷりだ。

 ――ダメだダメだ。悪いほうに考えたら。

 あたしはイヤな予感を追い払うように頭をぶんぶんと振った。

 こういう日に限って、携帯オーディオは間の悪いことにバッテリー切れ。

 ――とにかく、急いで帰ろう。

 と、ビルの間の近道に足を踏み入れて――見てしまった。

 やっぱり、とどこか諦めのような気分を感じていた。

 後悔先に立たず、とか覆水盆に帰らず、とか言うのを思い出す。

 そんな状況だと知りつつ、路地に入ってしまったのが運の尽き。後の祭り。

 逃げようにも、逃げられなかった。

 足がすくむ、とはこういう状態なんだと、妙に冷静に自分を見ていた。

 やたら巨大な人影が、誰かを見下ろしていた。

 巨大な人影はやはり巨大なずんぐりしたバットのようなものを持っていて、見下ろされていた人は崩れ落ちた。

 あたしが動けずに、結果見てしまっていると、巨人はしゃがみこんで倒れた人に手を突っ込み、自分の口に持っていって――何か食べていた。

 ぐしゃっ、とかべちゃっ、とか気持ち悪い音が聞こえる。

 暗いのに眼が慣れてきて――気を失いたかった。

 倒れているのは女の人だった。あたしより年上だろう、落ち着いた感じのジャケットが血まみれになって、シフォンスカートから放り出された足が変な方向に曲がっていた。

 その胸から少し下あたりが、真っ暗になっていた。ここから見ると空洞のようになったところに巨人は手を入れ、何か掴み出しては貪るように激しく食べていた。

 夕方に食べた肉厚のバーガーが、酸っぱい感触で喉元に戻ってきた。

 口を開けると出る、確信のようにそう思った。

 誰かを呼ぼうにも声すら出せなかった。

 恐怖で身が凍る、それを体感していた。

 ――最もしたくない体験だ、コレ。

「げ……」

 少し声が出た。

 巨人がこっちを見た。

 ――ひいっ。

 内臓が縮こまるのを感じる。ゾクゾクと震えが走り、歯の根が合わない。

「ひっ……や――こ――――」

 言葉にならない。

 胃がひっくり返るような感覚で吐き気か恐怖かよく判らない、臓腑が落っこちるような冷え込みを覚え、あたしはようやく一歩退けた。

 ――意味ない。

 巨人はにやりと笑った――ような気がした。

 巨大なバットを地面に置き、あたしに近付いてくる方が早かった。

 巨人は頭から角のような突起が出ていて、まるで童話の『鬼』だった。

 そのが手を挙げた。

 ――やめてえええっ!

 思っても声に出ない。

 巨人の手が、あたしの脇腹をえぐっていた。

「え?」

 痛いとか感じる間もなかった。

 鬼の手があたしの体から抜ける。

 ゆっくりと見下ろす――穴が開いていた。

 向こうが見えるかな、とか思った次の瞬間、血が溢れた。

 冗談みたいに、ホースが突然抜けたみたいに、どばっと流れ出す。

 どっぷどっぷと音を立てているような気がした。

 服に染みて、足を伝って、下に溜まっていくのがわかった。

「あ……あああ、あ――」

 急に寒くなった。

 ガクガクと全身が震える。

 ――あたし、死ぬの?

 掠れる視界で鬼を見ると、鬼はあたしの体から取ったものを――やっぱり食べていた。

 何かこみ上げてきて、でも口から出たのはごふっという吐息だけだった。

 そこで視界が真っ暗になる。

 ――ああ、こんなトコで死ぬんだ。

 倒れた感触はすでになかったけど、多分立ってられてない。

 走馬灯とか思い出とか家族への想いとか、そんなコトが脳裏に出てくるのかな、とそんなことを他人事のように思っていたら、

「そこまでよッ!」

 と、誰かの声が思考を遮った。

 ――誰だろ。

 知らない感じの、強い調子だった。

 ――まぁでも、死んじゃうあたしには関係ないや。

 ――昨日買ってた『スナッチ』のケーキ、食べたかったなぁ……


 そこであたしの意識は途切れた。


   ▼△▼△▼△


「――あ、れ?」

 声が出た。

 あたしが目を開けると、ここは――どこ?

 知らない部屋の天井だった。

 マンションの一室なんだと思うけど……と、奥二重がちょっとコンプレックスの目を巡らせていると、女の子がいた。

 同世代くらいかな。ややふっくらとした女の子で、くしゅっとした髪とぱっちりした目が可愛らしい。

 七部袖膝丈のニットワンピでも、あたしより胸大きいのがわかる。

 目が合うと、ぱっと笑顔になった。

「ホノカさんっ、目を覚ましましたよ」

 と、誰かに向かって言う。

「よかった。じゃああとアオイ、お願い」

 呼ばれた、ホノカって人の声だろう、返事があって女の子――アオイ? があたしに近付いてきた。

 ホノカさんの声、どこかで聞いたような気がする。

「じっとしててね――て、まだ動けないか」

 アオイさんが言って、あたしに手を広げて見せた。

「痛くないから」

 と、アオイさんの手がお腹に触れる感触が伝わる。

 ――直? ひょっとしてあたし、裸!?

 気になったけど首が痛くて起き上がれない。自分の体を動かすことも見ることもできないでいると――アオイさんの触れている所が温かくなってきた。

 アオイさんは何か唱えている。

 しばらく続いていた、その神社で聞く祝詞みたいな響きを耳にしていて――また、意識が途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る