銀時計と隻眼の騎士

星見 空河

序章:王子と王女

                                       

 ある人は言う、シアン・フォールションは狂人であった。

 曰く、好んで人一人分ほどの長さの剣を使い、情けも良心の呵責もなく、ただ時計が時を刻むように殺戮の限りを尽くした狂気の騎士であると。


 ある人は言う、シアン・フォールションは英雄であった。

 曰く、光を受けて白銀に輝く神剣を持ち、押し寄せる敵の大群に単騎で突撃し、国に勝利をもたらした一騎当千の騎士であると。



 伝説や物語の中で語られる彼女は、大抵この二つに分かれている。しかし彼女は狂人でも、英雄でもなかった。


―彼女はただの、乙女であった。



 海と山脈と砂漠に囲まれ、大陸とはほぼ孤立状態にある地方。そこは昔から二つの国が領土を争って戦争が絶えなかった。北と西を海に囲まれている方が『時計の国』、東は山脈、南は砂漠に囲まれている方が『砂の国』と呼ばれていた。


 その『時計の国』の近衛師団の中には、二つの特殊部隊があった。一つは‘王の盾’ガーディアン、もう一つは‘王の槍’グングニル。

 王立高等学院を好成績で卒業する事が最低条件のガーディアンとは違い、出自が不問で、推薦状さえあれば誰でも受験可能なグングニルは、『王国最強』の名をほしいままにしていた。当然、その名を維持するためにも入隊試験は並大抵の腕では合格できない。

 時計の国はその名の通り、時計を始めとする機械産業で栄えていた。王城には図書館を兼ねる大きな時計塔が建てられ、帝都のあちこちで時計職人が店を構えていた。国土面積こそ『砂の国』に劣るものの、国力は強大で豊かな国だった。


 ある時、その国に双子の王子と王女が生まれた。

『時計の国』の王族は、皆光り輝く金の髪と目を持っていた。王子はその通りだったが、王女は金ではなく銀色の髪と、目は片方だけ金色で、もう片方は澄んだ青色をしていた。

 これを見た王様とお后様は悩んだ挙げ句、王女を帝都から追放し、地方のある臣下に養子に出すことにした。王族として、王宮に置いておくわけには行かなかったからである。


 しかし、王女が王宮を出て七日後。山道を走っていた王女とその乳母が乗る馬車を、何者かが襲撃したという知らせが王宮に届いた。

 曰く、御者や騎士、乳母の遺体は見つかったが、どこを探しても王女の遺体はなく、消息は掴めなかった。ただ、王女に持たせた金時計も無くなっていた事から、賊に襲われたのではないかと思われる、と。

 王女の存在そのものをひた隠しにしていたので捜索隊を出す訳にも行かず、王女を知る者には箝口令が敷かれ、闇に葬られることとなった。



 ―それから、17年余りの時が過ぎた。

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