flash back
白鳥碧
第1話 夕暮れの喫茶店
喫茶店『ランブル』は、今日も営業している。
十五時〜二十一時までの間、上野駅の商店街の裏路地の一角で、ひっそりと。
ちょうど十年前、僕は一人の女性とここへ訪れていた。
もう、十年前になるのか。
時の流れに、思わず、目を瞑る。
長野県の田舎町から離れ、都会へ引っ越してきた理由は、就職先を見つけたかったから、というより、新しい挑戦をしたかったからだ。
元々、根が真面目で大人しい性格が災いして、友人も少ない僕は、三十歳という年齢になった今でも、女性と関係をもつことに躊躇いがあった。
上野で一人、商店街を散策していると、一人の女性が、しゃがみこんでいた。栗色の長い髪の毛は、都会人という主張をわずかならがでもしていて、話しかけることに抵抗があったが、話しかけずにはいられなかった。
いまだに、それがなぜだったのか、理由はわからない。
声をかけると、彼女は微笑んだ。
「ヒールが高くて、足がもつれてしまって」白いビニール袋を地面に置いたまま、女性は、右足の捻ったであろう足を摩って言った。
「お怪我は、ないですか」
「はい」笑顔で言うと、立ち上がった。
都会人らしくない、素直な女性だと思った。
「ここは、にぎやかですね」女性は、間髪をいれずに聞いた。
「にぎやか、ですね」
「私、田舎出身で、なかなか、この街に馴染めなくて」
「都内の方では、ないんですか?」
「はい。静岡出身です」
「そうですか。私も、長野出身だから、田舎者ですよ」
「そうですか」
女性は、泣きそうな表情を見せた。「ここへ、来たばかりなんです」
「何歳ですか?」女性は、聞いた。
「三十です」
「私も、同じ年です。よく、見えないって言われるんですけど」
女性は、苦笑した。
「確かに、見えない。若く見えますね」
「あはは」
女性は静かに笑った。
夏の夕暮れのことだった。
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