海仙登山道
「ほら、ようやく見えてきたわよ。頂上」
半ば泥沼を這うように、砂利の続く道を登って行く。隣ですいすいと歩いて行くLを、少し嫉ましく思った。どうしてそこまで元気でいられるんだろうか。
登山道とはいっても、ほぼ崖に近い。急な斜面、油断したら滑落しそうな道を女子大生二人が登っている。砂利は私たちの重力に耐えられない。底なし沼のようにずるずると引き戻す。
「朱鳥、頑張って。ここを登り切れば大きなものが手に入るわよ」
またこれだ。私はLの使う比喩を理解できた試しが無い。一体何が言いたいのか、いつもよく分からない親友である。文学的なのではなく、やはりどこか夢現つな印象だ。
「大きなものってなんなのよ」
「着けば分かるわ。それまで振り返っちゃダメね。後ろを見たら凄さが減っちゃうから」
これまた何を暗示しているのか。彼女はストレートな物言いをした事がないのかもしれない。
ろくな装備も持たず、リュックひとつでよくここまで登って来れたと思う。多分一生の思い出になる。悪い意味で。
「さあ行きましょう。ここまで来たら降りる方が長いのよ」
どうせ降りるのだからむしろ距離は伸びると思う。それに下りと登りの疲労度は段違いだ。珍しくLから旅行に誘ってきたのは良いものの、思い切り大自然を満喫するとは思わなかった。それに彼女がこんなにタフだということも、今回が無ければ知らなかったかも知れない。親しき中にも、礼儀は無いけど知らない事はあるのね。
「近道は真っ直ぐ。だけど真っ直ぐ山を登るのが一番急よね。まるでエリート街道みたい。息切れしないのかしら」
「この登山道は最短ルートじゃないの?」
「ええそうよ。少し回り道をするけど、楽に歩けるはず。朱鳥はそんな道でも疲れちゃうのね」
「どんなルートだろうと上り坂なら疲れるわよ」
何かに引っ張られるように登って行くLと、その挑発に引きずられて一緒に登る私。何だか変な関係だ。でも一番それがしっくりくる気がする。
「あと少し。ほらすぐそこに鳥居が見えるでしょう。朱鳥、早く」
子どものようにはしゃぐ訳でもないが、それを連想させるほど楽しそうだ。溜め息を吐きつつも、沈んでいく砂利を超えてLの伸ばす手を掴んだ。
「ほら、振り返ってみて」
見渡す限りの雲海。まるで仙人が住む場所だ。思わず感嘆の声が出る。それは直後に白んで冷たい空に溶けていった。
大きなもの。確かに何かを手に入れたような気がする。人は困難が一つあると、次の山は簡単に思えるのかも知れない。苦しみの数だけ成長する。それだけ糧になる。
「わざわざ砂利のルートを選んで良かった。後ろを見ずに足元に注意して貰わないと、楽しめないものね。朱鳥、お疲れ様」
「あなたに上から言われる筋合いはないわよ」
回り道だって。辛い道だって。頂上は必ずあって、それを超えたら下ってく。果てしない山は登らなきゃいい。登れる山がどこかにあるから。
久しぶりに粋なLと、鳥居が凄く映えていた。
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