旧アメリカ合衆国ワシントン州キング郡シアトル市。そこにわたしの配属されたワシントン基地はある。

 シアトルシティは北緯47度と緯度が高いが、西海岸にあるためか冬場でも緯度のわりには寒くない。といっても現在2318年12月24日午前9時30分の外気温はセルシウスでマイナス1度。本日の最高気温は予測上セルシウスで5度。空を覆う雲からは雪が落ちてきている。ホワイト・クリスマスになりそうだ。


 レプリカントの身体がどんなつくりになっているのか、我が身ながらまったくもってわからないが、ヒトと同じように吐く息が白いというのはなかなか面白かった。感温機能は正直ここまで必要なのかと少々疑問に思うが、「人間だったころ」と同じように生活できるというのは、案外精神面での安らぎを得られていた。


 朝、食事を終えて腹ごなしに緑地の手入れをしていた。基地内にある計画整備区域で、ちょっとした公園のようになっている。散策するにはちょうど良く、春ならピクニックも出来そうだ。当番制で待機中のレプリカントが見回りや植栽、剪定などを行うことになっており、今日はわたしがその当番の日だった。プログラムされた機械に任せると整然としてしまうらしいが、適当に植えても広葉樹ならば雑多な森になるだろう。アルベリヒのイメージを壊したくないので口に出して言わないが、どんぐりや落ち葉で遊ぶのを少し楽しみにしている。

 基地内に人工林はあるが、一歩外へ出ればその先は朽ち果てた都市と狂った植生のはげた土地。先の大戦で汚染されたらしい。オリンピック山脈のあるオリンピック半島や、ファンデフカ海峡を挟んだ向かい側にある旧カナダのバンクーバー島はそれなりに自然が残っていると聞くが、ピュージェット湾をはさんだ東側はほとんど全滅といっていい。旧カナダ側はブリティッシュコロンビア基地の担当エリアなので立ち入ったことはまだないけれど、似たようなものだと聞いている。


「ハァイ、アル。今日はとっても寒いわね」

「おはよう、コーディ。随分と説得力のない服装だな」


 声をかけられて振り向くと、コーデリア・G・ウォリナーが薄着で立っていた。ドレスシャツから見える下着と肌が生々しい。というか見ていて寒い。ひとつため息をつくと、やはり白く煙る。

 着ていた厚手のダウンコートを脱いで肩にかけてやると、妖艶にほほ笑んだ。その笑顔で何人を篭絡してきたのか知らないし知りたくないとも思うが、その笑い方は以前から好きではなかった。プライベートのときはもっと柔らかに淡く笑う子だったのに、ここに来てからは見たことがない。


「ありがとう、冷えてきたから借りるわ。ふふ、今ね、からだがアツくなるような運動してたの」

「バスケットボール?それともサッカー?あなたはスポーツが好きだったな」


 彼女が言うと夜の淫靡な雰囲気があるが、言葉の選び方がそう聞こえるだけで実際は健全なことが多い。本来は素朴な田舎娘、出身は旧アメリカ合衆国のニュージャージー。家族は牧場経営をしていたと聞いている。軍人になったのは、兄が作戦時行方不明者のリストに載ったかららしい。不可能だとわかっていても、兄を探したかったのだと言っていた。

 ふつうの女の子だった彼女は入隊し、幼年育成課程を経て優秀な諜報員となる。


「はずれ、スケートよ。テオが昨夜のうちにリンクをつくってね、朝からみんなで遊んでるの。たのしいわよ、あなたもこない?」

「ああ、さっきのキッズの通信はそれか……わたしも見に行こう、氷の妖精たちがいるかもしれない」

「あの子たち、そんなにファンシーじゃないわ。がっかりしちゃうかも」

「わかっている。それでも子供は楽しく遊んでこそだろ?」

「……そうね、アルベリヒ。そう思うわ」


 レプリカントの少年体は10歳から17歳の姿だから、妖精といえるほど可愛らしくないことは知っている。どちらかというと、悪魔に思えるほどイタズラの規模がひどかったりする。

 スケートリンクをつくったというP-4、テオ・カルメッロ・ピアッツォーラがその筆頭だ。ある意味一番子どもらしい子で、やることが派手で容赦がない。好奇心旺盛で思いついたらすぐに手を出すが、そのぶん事前準備を徹底するし、器用さも計画性も知識も頭の回転の速さも超一流のトリックスター。手に負えない悪ガキとは彼のことを指す。

 あとはテオと一緒にいることの多いS-1もそうだろう。大人になったS-5もアルベリヒから見れば落ち着きがないが、子供のヤツはうろちょろするのでさらに目立つ。たまに本人が首根っこをひっ捕まえているのを見ると、面白くて仕方ない。

 それでも彼らがかわいく思えてしまうのは、身内の欲目だろう。アルベリヒは自身が少年兵だったからなのか、彼らの仕事に関して見る目は厳しいが、そのぶん普段から頑張っている子供には甘かった。精一杯生きるために足掻く子供が、特別好きなようだ。「わたし」も子供は好きだ。


「さっきまでスピードスケートで競争してたけど、ケンカになってないといいわ」

「アイスホッケーじゃないだけマシさ」

「さすがにホッケーはやらないわよ、危ないもの」

「血気盛んな年頃の男が集まって、安全なことなんて1つもないな」

「それもそうね、怪我してないことを祈りましょう」


 基地内中心部の緑地を抜けて、宿舎に近い日陰に大きなスケートリンクが現れる。わぁわぁと楽しそうな子供たちの声に混じって、大人の声も聞こえてきた。

 そういえば今日と明日は全体休養日だ。突発的な出撃要請さえなければ、この基地でみんな休んでいる。モンスター相手だからこそこんなことできるが、これがふつうの軍属なら全体休養日なんてあるはずがない。


「盛況だな」


 リンクの外側に大人が集まっている。内側には子供たちだけが入って遊んでいた。スルスルと滑る子は、普段から体幹がしっかりと鍛えられている子たち。S-1はへっぴり腰で、発案者のテオと面倒見が良くて少年体の中でも年長のN-3に手を引かれていた。

 しばらく見ていると、「見てて!」とひとりの女の子が声をあげた。E-3だ。


「ワオ!今のみた?ハイジがダブルを飛んだわ」

「すごいな、ヴァルブルガはフィギュアスケーターだったのか?」

「素敵よハイジ!パーフェクト!きっとGOEで満点貰えるわ!」


 周囲で歓声が沸く。コーディもわたしの腕にすがって喜ぶ。

 ジャンプを飛んだ彼女は得意げに滑って、周囲にいた他の子ども達に囲まれていた。


 

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