第6話
結局和田たちが倉庫から出てきたのは。5時間目の終わり頃だった。その頃にはリカの腕時計の文字盤が汗をかいていた。雨はまだ降っていた。
リカはそのまま職員室へ行き、佳乃の担任教師と5時間目の授業を担当した教師も呼んで、
「本人から聞いたんです。犯罪に巻き込まれています。それを阻止しようとしていたんです」
と訴えた。しかし反応は。
「見たって言ってもねえ……」
教師の態度はかかわりあいたくないという感じだ。担任は、
「あー、あいつはよくあることだから」
と言う。
建前上携帯電話の持ち込みは禁止なので、証拠品を持ち出せないのがまずい。
リカはその時、職員室の窓から、先ほど見たメンバーに囲まれた佳乃が下校するのを見た。
放課後リカは、詩織と待ち合わせて、携帯電話で撮影した写真も現像してくれる店に行った。
リカの携帯電話は最新式だったので現像を30分で済ませると、
「美咲ん家へ行くよ」
「ええ」
写真を見た詩織は即答した。
写真に写った佳乃はどことなくしどけなかった。
メールで許可を取り、リカと詩織は美咲の家へやってきた。マンションのエントランスには、紫陽花が青く美しい花を咲かせていた。
「やられた……」
ベッドに起きた美咲は写真を見せられて、本気で悔しそうな顔をした。
「なんかこうなるような気がしたんだ。佳乃隙だらけだから……だから今日休みたくなかった」
「警察へ行こう。ストーカーってことでこいつらブチ込めるよ」
「警察へ行った方がいい。こうしてる間にも佳乃ちゃんがまた……」
口で言えないようなことされてる。
詩織が口ごもった先の言葉を3人は心の中でつぶやいた。
その後リカが口を開いた。
「美咲」
「はい。何です先輩?」
「あんたデジカメ持ってる? あたし持ってないのよ。持ってたら貸してくれない?」
「そんな悠長な! 佳乃を奴らから引き離さなきゃいけないんじゃないですか!?」
「美咲ちゃん熱上がるわよ」
「詩織さん茶々入れないでください!」
美咲は激昂していた。
「いつまた今日みたいな隙ができるかわからないし、奴らは佳乃ちゃんを脅してあたしたちと接触できないようにするかもしれない。ただ、同じ教室にいるのはあんただけなんだから、それは強味なのよ。あいつら3年生だけなんだし。だから佳乃ちゃんを連れて行かれないようにすることはできる。でも腕力では奴らにかなわない」
「はい……」
美咲はつぶやいた。
「美咲と行ったら美咲になにかするってくらいの脅しはしてると思うよ。安いドラマによくあることだけどさ」
「あたしたちと来れば嫌な目には合わないから、そうさせる努力はするけど、奴らを捕まえさせる努力も必要だと思う」
「そうね」
「じゃあ、今日はお願いします」
「それじゃあたしたちは動くね」
「お大事にね」
言ってふたりは美咲の部屋を辞した。
ふたりはいつものスターバックスへやってきた。
「とりあえずシャッターチャンスつかめそうなのはここよね」
「ほかに思い当たらないものね」
座って待つ。
しかし、佳乃を見かけはしたものの、決定的なシャッターチャンスは訪れなかった。
翌朝。
晴れた空の下で。
佳乃は学校の前のペイヴメントで美咲を見かけた瞬間、逃げるように走って校舎に入った。
走り去る佳乃をを見つけた美咲は、あわてて走って追いかける。
「佳乃!」
1年C組の教室に飛び込んだ美咲は、踏み込みざま叫んだ。教室中の注目が集まる。
佳乃は教室を飛び出した。
「待ってよ!」
美咲は鞄を持ったまま、佳乃を追う。
佳乃は屋上へ向かっていた。
「はあ、はあ……」
「はあ、はあ……」
階段に、ふたりの息遣いだけが聞こえる。
屋上の入り口にたどり着いた佳乃は、扉を開けようとしたが開かず、ガチャガチャと音をたてた。
「昨日なにかあったんでしょ? 先輩たちが見舞いに来てくれて知ったんだ」
美咲は歩いて階段を登りながら、語りかける。
「ごめんね」
「何がごめんなの? あいつらと行かないって決めたんでしょ?」
「やっぱりダメだよ……」
「ダメじゃないよ。なんかあたしがいなかったらこうなるような気はしたんだ」
美咲が扉の前に着いた。
「あたしと行ったらあたしに何かするとか脅されたんでしょ?」
「うん……なんでわかったの?」
「それくらい予想つくよ。昨日先輩たち、佳乃が食堂に来ないのをおかしいと思って体育倉庫まで見に行ったんだって」
「あ! あの時……」
「なに?」
美咲は佳乃をじっと見る。
「八代先輩、ドア叩いて『使うから』って……」
「心配で探してたんだって。男の声がしたからやっぱりって。あんたたちが体育倉庫から出てくるところを携帯で撮ったの見せてくれた」
このとき美咲は、佳乃の顔が少し晴れたような気がした。
「でも……怖い……」
震える佳乃が気になりはしたものの、美咲は腕時計を見て、
「そろそろ時間だわ。後で話そう。あたし鞄持ってきちゃったからやばいんだ」
「戻ろう」
佳乃は美咲に向かって微笑んだ。
昼。
「佳乃。お昼食べに行こう」
「ごめん、行くとこあるの」
「あいつのとこ行く気でしょ?」
問い詰める美咲。
黙る佳乃。
「あんた自分の意思ないの!?」
美咲の怒鳴り声で、佳乃は「びくっ」と音がするくらいの震え方をした。
「しまった」と思ったが。
「行くね」
断られてしまった。
とりあえず先輩と話すかな。
食堂でリカや詩織と会った美咲が佳乃を伴っていないのに、2人はえっという顔をした。
「今日ちょっとしか話してないんですよ」
「それが既にヤバイってなんであんたわからないの!?」
リカのボルテージが妙に高いのは空腹のせいもあるのか。
「あたし佳乃を脅えさせちゃって」
「それはまずいよ」
「いちばんやっちゃいけないことしちゃった」
美咲はうなだれた。
「ちょっと待って。美咲ちゃん、後悔してる場合じゃないわよ。
奴らのやってることは犯罪なのよ。犯罪をする奴らに常識が通用すると思う? そんな奴らとは引き離さなきゃ」
詩織は言い切った。後で知るのだが、彼女は数学が得意らしい。
「とりあえず食事しよう」
「佳乃食事どうしてるんだろう」
3人は食事を済ませると、
「とりあえず1度体育倉庫行ってみよう」
ということで、倉庫に向かっている。
着いたリカは、バンバンと鉄の扉をノックした。
同じくバンバンとノックが返ってきた。
「使いたいんだけどー」
「またお前かー」
声と同時に和田が出てきた。
「おい女が何に使うんだよ……あっ」
和田は3人の中に美咲を見つけてあっと声をあげる。
美咲の動きは早かった。
かがんで倉庫の中に入ったのだ。
「あっおい、てめえ!」
「佳乃!」
美咲は佳乃の名を叫んで、まっすぐ彼女に向かっていく。
ブラウスのボタンを上から3つはずされ、肘まで下げられている状態の佳乃。
和田の動きも素早かった。
大きく足を広げて、美咲の足を引っ掛けた。
転んだ美咲は義春に抱きつく格好になる。
「きゃーっ!」
「美咲!」
「佳乃!」
義春が美咲の首に軽く腕を絡めた。
「なにすんのよっ!」
美咲が叫ぶが、
「義春」
「おう」
返事した義春は、美咲の細い首に絡めた腕をきつくする。
「今度邪魔しやがったらてめえら端から順番に犯すからな。義春」
言われた義春は美咲の首を本格的に絞めた。
「やってみなさい。警察に言うわよ。訴えてやる」
和田の言葉に詩織はひるまない。
「いいのか。佳乃が恥ずかしい思いするぞ」
「あんたたちの方がよっぽど恥ずかしいわ」
その時。
カシャッ。
シャッター音。
リカが携帯電話を構え、音をたてるとそのまま折りたたんでスカートのポケットにしまった。
「てめえ!」
「あんたたちもっと恥ずかしい映像撮ってるんでしょ。佳乃ちゃん、ごめんね」
明がリカに近づいた。
「あらよっと」
身長差があまりないこのふたりだが、リカは瞬発力もあるようでさっとよけた。
明が歯軋りした。
「うぜえ奴だな。暴れんじゃねえ」
義春の腕でもがく美咲を和田は睨むが、
「離せー! 大馬鹿野郎! 強姦魔! 悪の手先! 女の敵! うっ……!」
和田は美咲の目の前に出、スカートのポケットからハンカチを出すと美咲の口にはめた。叫んでいた美咲は言葉を発することが出来なくなり、「うー、うー」とうめく。
それで3人が美咲の名前を呼んだ。すぐさま和田が、
「おい、ケータイ渡せ」
「渡すわけないでしょ。今の状況だって撮って先生に渡したいくらいよ。詩織、行って」
「逃がすな!」
詩織が走り出した。
張り詰めた空気。
しかし、人数はリカたちの方が多いのだ。男たちは追いかけられなかった。
ずいぶん時間が過ぎたようだがそうでもないその時、チャイムが鳴った。
「ちっ、2日続けて午後をフケさすのはまずいな。行けよ。
おい、行くぜ!」
男たちは去っていった。
美咲は空いてる手で即席猿ぐつわを外そうとし、佳乃は美咲を助けようとするが、
「佳乃ちゃん、服着なさい……。悪いけど美咲はちょっとそのままでいて」
「何するんですか? 八代先輩」
佳乃はブラウスのボタンを留めながら言った。
「証拠写真撮っておくの」
と言いながらリカは後ろに下がる。
カシャッという音が2回。
「いいよ、美咲」
というリカの言葉で、あらためて美咲は即席猿ぐつわを外した。
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