―角―
ヒツジカイがヒツジたちのもとへ戻ると、ツノ笛を腰にぶら下げたヒツジカイのことを、ヒツジたちは仲間だと思ったのか受け入れてくれました。
そんなヒツジたちを黒ウサギは離れたところから眺め、ヒツジカイも近くで触れていながら距離を感じていました。
ヒツジカイはヒツジたちから離れ、崖まで見渡せる高原の中央にある大きな岩の上で、ツノ笛を手にヒツジたちを見ていました。
しばらく見ていると、ヒツジカイは何かが足りないことに気がつきました。
ヒツジカイは目を凝らし、ヒツジたちを一頭一頭よく観察しました。
そして、その中に父親がいないことに気がつきました。
岩の上に立ち上がって見てみても、左右から見回してみても、群れに入って一頭ずつ見ても、どこにも父親の姿はありません。
ふらふらと黒ウサギのいる岩へ戻ってきたヒツジカイは、母親のことを思い出して全身から血の気が引いていくような感覚に襲われました。
青ざめた顔のヒツジカイに、隣にいた黒ウサギは「どうかしたのか?」と尋ねました。
ヒツジカイはヒツジたちに目をやったまま、
「父さんが……いないんだ」
と絞り出すように言いました。
その答えに黒ウサギは疑問符を頭に浮かべ、
「君の父親なら、とっくの昔に空の雲になったじゃないか」
と、呆れた様子で言いました。
「え?」
と驚くヒツジカイに黒ウサギは、
「覚えていないのか? まあ、そのとき君はただのヒツジだったからね」
と続けて言いました。
父親がいなくなったことを覚えていない自分に、ヒツジカイは頭を抱えました。
そして、目の前で相変わらず呑気に草を食べているヒツジたちを見て、かつての自分はああだったのだと呆然として空を見上げました。
そこには夕日に染まるオレンジ色のヒツジ雲が、延々と空の彼方まで続いていました。
この中に父親の姿もあるのだろうかと思いながら、ヒツジカイは自分がヒツジだったときに鼻先へと落ちてきた、一粒の雫のことを思い出しました。
そして、両親を失いヒツジでもなくなったヒツジカイは、明るい夕日とは対照的に、その目を光のない心の底へと向けていました。
そこには『自分というヒツジが一頭』ぽつんといるだけでした。
そのことに気付いたヒツジカイは、
「ああ、そうか。だから僕は……」
と、ため息をつくようにつぶやきました。
そして大きく息を吸うと、空に向かって思いっきりツノ笛を吹きました。
その音色はどこまでも遠く、どこまでも高く響き渡り、隣にいた黒ウサギは空に浮かぶ白い月を眺めながら、それを黙って聞いていました。
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