電車でゴウ

 その窓から見える景色はどんなだろう。

 あの窓から差し込む光で迎える朝は、どんなだろうか。

 その家の影になった所からこちらをみたら、そんなふうに見えるだろう。

 この街で生きる暮らしをしてみたい。


 しかしそれらは全て車窓の向こうに流れて消えてしまう。

 その一瞬にだけ見える景色に憧れている。

 出会いは電撃的にやってきて、瞬く間にさよならをする。

 電車の窓から見える景色は、私にとってそんな感じに刺激的だった。


 だけど、いつからか、車窓から見える風景はいつもとかわらない、何でもないものになってしまった。

 毎日見ているいつもの景色は、そこにあって当たり前のものになってしまった。

 だから私はそこに、いつもと違う風景を思い描く。

 自分の心の中だけで、目の前に広がるこの景色を破壊する。


 田園の真ん中に、まずは白い巨人を落とす。体長100mくらいの、二本足で立つ巨人。

 のっそりと立ち上がるそいつは大きな一つ目。

 足元の田んぼは無残にぐちゃぐちゃだが、じっと立っている分には他に無害。

 私はその巨人を回りこむレールに乗って、窓の縁に肘を載せてじっとつぶさに眺める。


「あいつは先遣の一匹だよ」

 同じ車両に乗っていた女子高生が、こっちに歩きながらそう言った。

「そこが無害な星だと判断したら、仲間を呼ぶんだ」

 私の隣の窓を引き上げた。風が舞い込み髪をくしゃくしゃにする。

 女子高生は窓の縁に足をかける。そんな素足を晒して何をしようというのか。

「そしたらこんな小さくて軟弱な星、すぐ空気が無くなってみんな死ぬんだよ」

 女子高生は窓の縁を蹴った。その全身が乱暴な空気の壁に捕まった途端、彼女の体は鳥になった。

 一度の羽ばたきでまるで空に落ちていくかのように上昇し、そのまま放物線は白い巨人の方へ向かっていく。

 巨人はただ二本足て突っ立っているだけだ。しかし体の大きさはあまりにも違いすぎる。

 そこまで見ていたところで電車はトンネルに入った。


 トンネルに入っている間、車内で私は一人だった。

 ごおごおと唸っている窓を閉めると、いよいよ他に音がしなくなる。

 ちらちらと蛍光灯は不安定だ。そんな中、私は見てきたものに疲れて目を閉じる。


 田園の真ん中に立っていた人影を思い出す。巨人が降り立った後、彼らはどうなっただろうか。

 この星全員分の危機を知り、一人で飛び出していった女子高生はどうなっただろうか。


 トンネルを抜けると、窓の向こうに広がるのはやはり田園風景で、しかしその向こうに白い巨人は見えなかった。

 どこまでも平らな土地に送電塔が立ち、その上をいくつかの小さな白い雲がゆっくりと流ている。

 私を乗せた電車は田園を走っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る