第106話 ティナの想いである
「ティナ!」
「りょーかい!」
我輩の指示に従い、ティナは木々の間を駆け巡り、地面に擬態をしていたエイのような魔物に拳を叩き込んだ。氷を纏ったティナの拳は殴った対象を凍らすもの――ではなく普通に拳を強化するもののようで叩きつけられたエイは氷の棘に刺し貫かれてぴくぴくと蠢いていたである。
さて、我輩は今ティナの頼みにより2人きりでシャスティ近くの森に来ていた。今回、パーティは休みでコーリィも自由に行動するように言ったのであるが、我輩について来ようとしたので、ロッテに頼んで連行してもらったのである。渋ったくらいで泣きわめくとかコーリィがしなくてよかったである。
ティナが我輩とともに出たいといったのは、自分の成長した姿を見て欲しいからだそうである。今しがた倒したエイも実は我輩が存在に気付くのと同時に、ティナもエイを発見したようで、我輩の声とほぼ同時に動き出していたのだ。
しかも、目には分かりづらい擬態したエイを正確に捉え逃げる隙を与えず仕留めるところからその俊敏さには目を見張るものがあった。
「えっへへー!どう?すごいでしょ?」
「であるなぁ。本当に成長したである。」
だが、去年のティナは進化前とは言え我輩のスピードにも追いつけていたし元々ポテンシャルはあったのであろう。だとしても、1年で形にすると言うのは、彼女が天才という証拠であろう。
その顔も幾戦をも潜り抜けた……てはないな。子供っぽい朗らかな顔である。
我輩に褒められ、嬉しそうに笑うティナはやはりまだ子供なのだと再確認される。
「ティナよ、お前魔法は使えるのであるか?」
「うん!お母さんに教えてもらったよ?……でもあんまり遠くのものを狙って攻撃するのは苦手かなー。近くで殴るのは得意だよ!」
「それは見ればわかるである。」
遠距離より近距離というのは、ワーウルフの特徴なのであろう。……まぁ彼らの姿や性格からして遠距離からちまちまというのは性に合わないのであろう。聞けばティナの母のラナイナは、そんなワーウルフの中でも遠距離魔法に秀でているようで、それを娘に伝授しようと思ったのだが、魔力こそ母を受け継いだが、才能は父のほうを受け継いだようである。
そのため、コーリィのような、遠くに攻撃するような魔法を使えないことはないが、命中率は悪いとのこと。実際に撃ってもらってみたが、ものの見事に当たらない。拡散弾のように放ってようやく当たるレベルであった。
「ねぇねぇ、ネコ!このエイって高く売れるかな?」
「知らんである。我輩、見たことないであるからな。」
「そっかー。売れるといいなー。」
先ほどからティナはこんな感じなので、魔物を仕留めては高く売れるのかどうか聞いてくるのである。あまり金に執着するような子供ではないと思うのであるが。
流石に気になるので聞いてみるであるか。
「ティナよ、お前欲しいものでもあるのであるか?」
「うん。」
「我輩が出すであるぞ?……金額によるであるが。」
「ダメ!ネコ達の力借りたら意味ないんだよ?私の稼いだお金で買わなきゃ!」
一体何を。と、聞いたところでティナの頬が薄く赤く染まった。……え、恥ずかしがっているのであるか?
もじもじとしたティナは躊躇したようであるが、意を決したように目を開き、告げた。
「……指輪。」
「へぁ?」
「だから、指輪!」
いや、指輪というのは聞こえたのであるが……え?ティナがであるか?似合わないとは言わないが以外であるな。いや、ティナは元気っ娘だが、そこは女の子。アクセサリーをつけたいお年頃なのであろうか。そしてお金を貯めるほどの指輪となると相当なものを買うつもりなのであろう。
「指輪を買うのはいいとして、そこで恥ずかしがらなくても良かろう?別にティナが指輪をつけててもなんら不思議ではないであるぞ?」
「違うもん!ネコに送るためだもん!」
「……え?」
「お母さんに教えてもらったんだ。私の集落には、集落以外の人と結婚するときは指輪を渡さなきゃいけないんだって。」
あの集落、そんなしきたりがあったのであるか……
いやいや待て。
「あの、ティナ?我輩、猫。」
「知ってるよ?」
「違う違う!我輩、魔物であるぞ!」
「だから?」
「いや、我輩は魔物であって人間寄りのお前とは結婚できぬぞ!?」
「でも、好きになっちゃったんだもん。」
その言葉に、我輩は何も言い返せなかった。そのティナの声音は、先程までの子供っぽい声から打って変わって静かな、大人のものであった。
じっと我輩の目を覗くその顔も、去年の彼女からは考えられない大人の顔だ。
何も言えずにいる我輩にティナはさらに言葉を詰めていく。
「私はネコが好き。魔物とかそんなの関係ないんだよ。好きだから結婚したいし、ネコを幸せにしたいし、私もネコに幸せにしてもらいたい。」
その時、背後から鳴き声が聞こえた。
しまった、魔物であるか!?ティナに呆気にとられていたあまりに警戒を怠っていた!恐らく魔物は攻撃態勢に入ってる
我輩が、敵の方を振り返り、尻尾で防御態勢をとろうとしたところで――我輩に襲おうとしていたであろう、猿型の魔物が吹き飛ばされた。いつの間にか、我輩と猿の間に立ちふさがったティナの拳によって。
ポカーンと開いた口が塞がらない我輩に、ティナは振り返ると、いつもの子供っぽい笑顔で言った。
「私はもう、ネコに守られるだけじゃないんだよ?」
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