第19話 解体の始まりである。

「あぁ、もう遅刻だ!ほらネコくん!起きて起きて!」

「知らん。寝坊したのは貴様であるぞ。吾輩は寝てるから着いたら起こしてほしいである。」


 翌朝、未だ眠気が全然落ちぬ吾輩はタオラとの約束の時間を忘れ熟睡していたニアに抱き抱えられ、解体所へと向かった。全く、吾輩が時間を覚えて嫌々ニアを起こさなければいなければどうなっていたことか。

 ニアの腕の中でゆっくり寝ようと思っても彼女がダッシュすることで揺らされては眠ろうにも眠れない。まぁこのまま運んでもらうことにするである。

 商店の人間とすれ違う度、ニアを見るや否や「またか」と一笑するということは、こやつ初犯ではないのだな。阿呆が。


「すいません、遅くなってしまって!」


 ニアが息を切らしながら鉄の引き戸を開けると、既にタオラは到着してガタイのいい男共と何やら話していた。

 彼らは大きな音を立て、大きな声を上げて入って来たニアに驚くこともなく、屈託のない笑みをこぼした。


「おはようございます、ニアニさんにネコさん。今日はいつもよりかは早かったですね。おかげで賭けに勝ちましたよ。」

「へっ?賭け、ですか?」


 なんとこの男、虫をも殺さないような顔をしておきながら解体師達とニアがいつ訪れるか、賭けをしていたようである。

 悔しそうながらも笑う解体師の男たちを見るに、勝ったのはタオラのみのようである。それに対してニアは自分の与り知らぬところで賭け事の対象にされていたことに肩を落としていた。

 

「で?代表よ。そのワイバーンはどこにいるってんだ?ニアを待てば出てくるんだろ?見たところニアが連れてるのはワイバーンじゃなくて見たこともねぇ魔物だが?」


 解体師の中でも特にガタイの良い男がタオラに尋ねる。この男が解体師たちの一歩前に出ていることから解体師のまとめ役なのだろうか。


「そうですね。もちろん、彼女が抱えている魔物がワイバーンと言う訳じゃありませんよ?寧ろ彼はお客様ですから無礼はいけませんよ?」


 そうである。吾輩、魔物ではあるがれっきとしたお客様であるぞ。

 ――まぁ普通の人間が、魔物を客だとはそう簡単に思えるわけもなく、まとめ役とは別の、後ろの方……若い解体師の男から声が上がった。


「おいおい、旦那!魔物が客だなんてとうとう頭が馬鹿になっちまっ――がっ!!」


 若い男の言葉は最後まで語られることは無く、四方からの拳が彼を襲い、そのまま昏倒してしまった。

 まさか他の解体師が物理的に黙らせるとは思わなかったであるが、吾輩以外のここにいるすべての人間……もちろんニアでさえもが平然としている。


「すまねぇ、代表。うちのわけぇモンが失礼した。そこの魔物殿もすまねぇ。」


 まとめ役は憐れむような目で気絶した解体師を一瞥するとこちらに向けて深く頭を下げた。

 いや、まとめ役だけではない。他の解体師全員が揃って頭を下げたのだ。


「申し訳ありません、ネコさん。彼らを許してやってはくれないでしょうか。お望みであれば、失言をした解体師はクビにしますが?」

「魔物である吾輩を見れば当たり前の反応であろう?構わんから吾輩としてはさっさと解体してほしいのであるが。」


 吾輩が喋った瞬間、ざわついたが、いちいち気にしてられんである。ともかく吾輩は許すからこの話は終わりである。……まぁ首を免れたからと言ってあの若者解体師が仲間たちにどういう反応されるかは吾輩の知ったところではない。


「ありがとうございます。ではワイバーンを出してもらえますか?」


 言われた通り、吾輩はマジックボックスからワイバーンを丸々一匹引き出す。ずしんと大きな音を立て現れたワイバーンに再び場がどよめく。うるさいである。


「予想はしていましたが本当にマジックボックスとは……ネコさん。売る気はございませんか?」

「ちっともないである。」

「承知しました。」


 ニアといい、タオラといい、目の色を変えてマジックボックスを買い取ろうとしに来たであるな。まぁ確かに商人からしたらあればあるだけいいものであるから間違いではないのだろうが……


 さて、解体師たちは動揺こそしたものの直ぐに気を取り直し、解体の仕事に取り掛かった。

 聞くところによると、オークやゴブリンと言った魔物だと少人数で解体するものだが、ワイバーンサイズとなると大人数で解体しないと綺麗にかつ十分に解体できないのだと。

 それでも小一時間かかるらしく……もちろん吾輩は解体そのものには興味はない。だから結構暇なのであるが、そんな吾輩にタオラが問いかけてきた。


「そう言えばネコさん……これからどうなさるのですか?」

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