第16話 馬車に乗り込むである

「それじゃあギィガよ。世話になったであるな。」

「そんな事言うもんじゃねぇよ。俺とお前の仲じゃねぇか。」


 翌朝、吾輩はニアたちが乗って来た馬車の荷台に乗り込み、集落の連中に見送られていた。

 直前になってティナがまた泣きわめくかと思ったが、意外にも彼女は泣いていない。寧ろ――


「ネコ!また会おうね?」

「うむ、そうであるな。」


 笑って吾輩を送り出してくれた。……いや、よく見ると腕を指で思いっきりつまんでいるし、目が薄っすらと滲んでいるである。

 別れは受け入れてくれたようだが、やはり悲しくはあるのだろう。少ない日数ではあったが、寝食を共にしたのだ。正直、吾輩とて辛いものがある。

 が、それでもこの世界を楽しみたいという欲求にはあらがえないのである。


「それでは出発しますよ。」

「了解、マキリー。それではギィガ殿、また良い取引が出来ることを。」

「あぁ、ネコを頼むぜ。」


 馬車がゆっくりと動き始め、どんどん集落から離れていく。ワーウルフ達見えなくなるまで手を振り続けていた。ティナはついにダムが崩壊したのか、大量の涙を流しながらも大きく手を振ってくれた。

 吾輩あろうものが、うるっときてしまったではないか。こやつめ……


「おや、ネコくん泣いているのかな?」

「泣いていないである。」

「またまたーそんなこと言って本当は泣いて」


 猫パンチ。とりあえず軽めのをニアの腹に叩き込んだので、暫くニアは悶絶して動かないだろう。

 ちなみに商品でいっぱいだったはずの荷台は吾輩とニアの2人だけで空っぽな状況だ。

 これは全部売り払ったわけでは無く、吾輩のマジックボックスにすべて収納しているのである。荷物でぎっしりだとろくにくつろげないし、マジックボックスの容量確認にも丁度良かったから提案してみるとニアは食い入るように了承してくれた。

 まぁ移動のたびに窮屈な荷台の中にいたんじゃ辛いであるな。

 そして大量の商品が入っているにもかかわらず、マジックボックスは埋まる気配すらない。再びニアが催促しようとしたであるから尻尾で口をふさいだ。


「大きい音がしましたが、何かありましたか?」


 外から馬車を操るマキリーの声が聞こえた。大きな音……?あぁ


「別に。ニアがうるさいから殴っただけである。」

「なるほど、程ほどにお願いしますね。一々回復魔法駆けるのは面倒ですから。」


 殴っておいてなんだが、ニアの扱い相当悪いであるな。いやまぁ、自業自得な部分が大きいから何とも言えないのであるが……こいつ本当に商人か疑わしくなるであるな。


「マキリー。その街?につくのはいつぐらいになるであるか?」

「そうですね、速くて夜、遅くて明日の朝。もし馬車が壊れて歩きになったら2日と言ったところでしょうかね。更に不慮の事故に巻き込まれた場合それ以上かかるかと。」

「あーハイハイ、分かったである。」


 マキリーはこれ、冗談を言っているつもりであるか?声のトーンが一切変わらないから不気味であるな。

 遅くても1日であるならそこまで退屈することはなさそうであるな。どれ、ここではあまり外が見えないであるからマキリーの所に行くであるか。


「おや、ネコさん。どうしたのですか?」

「外に出たくなったである。……膝に乗ってもいいであるか?」

「構いませんよ。」


 ではお言葉に甘えて。ふむ、中々にいい座り心地であるな。やはり女性の膝は男に比べて柔らかくて座るのに丁度いいである。体温も温かいし……ふむ、眠たくなるであるな。


「……ネコさん?」

「何であるか?」

「その……お背中撫でてもよろしいですか?」

「構わんである。」


 ちょん。と背中に何かが当たる感覚。マキリーの指であるかな。ちょん、ちょんと繰り返されると次は手の平が吾輩の背をゆっくりと撫でる。

 うぅむ、撫でられるこの感覚、久しぶりであるが気持ちいいである。

 吾輩はウトウトとしながら馬車に揺られ、街に向かう。背後から未だにニアのうめくような声が聞こえるが気にしない気にしない。寝るである。







*******************************************************


 ネコを乗せた馬車がすっかり見えなくなり、ワーウルフ達は別れを惜しみながらも各々の仕事に戻った。ただ、ティナはじっと馬車が走っていった方角を見つめていた。


「おい、ティナ?」

「ティナ?大丈夫?」


 全く動かない娘に親であるギィガとラナイナは泣いているのかと思い、心配そうに語りかける。

 しかしその実、ティナの目は泣き腫れてはいたものの、今は泣いてはいなかった。その目は何かを覚悟したような目だった。


「お父さん。」

「ん?何だ?」

「私に狩りを……戦い方を教えて。」


 いきなりの娘の唐突な願いにギィガは声が出ない。驚きのあまり、開いた口が塞がらない状態だ。


「お母さん。」

「な、何かしら?」

「料理を教えて。」

「えっ!?」


 活発な娘が夫に狩りの方法を教わりたがるのはまだ理解できる。だからギィガと比べ、平静を保っていられたラナイナだったが、まさか自分に料理を教えてなどと露も考えていなかった。


 ティナは両親の技術を全て学び、自分の力にするつもりだ。

 それはネコのため、そして自分のため。

 ネコに認められ、自分が隣に立てるようになるため。

 小さな狼少女は小さな魔物との出会いで変わりつつあった。

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