第14話

 ハインツが扉を開けると、熱気と煙と喧噪が溢れ出してきた

 酒場の中に足を踏み入れると、酒場の中は大勢の冒険者で賑わっていた

 この場所は迷宮都市の迷宮探索者用の宿や酒場や飲食店が密集した区域の

 一角に位置する宿屋兼酒場だった

 そんな場所にあるにも関わらず、多くの冒険者が利用する人気店となっていた



 冒険者は基本的に命を懸けて戦う職業のため、常に死の恐怖に晒

 されているといっていい

 そのため、ストレス解消のために酒を飲んで騒ぐというのは非常に大切だ

 この店で、酒を飲んで騒ぎながら仲間達と会話し、明日への活力とする

 店内は迷宮から戻ってきたばかりの冒険者達やこれから迷宮に挑むであろう

 冒険者一団など、様々な人種で賑わいを見せていた

 醸造酒や果実酒、またワインや強い蒸留酒の匂い、香辛料と肉の焼ける香り、

 魚の干物の匂いなどが混ざり合い、食欲を刺激する独特の臭いを

 作り出していた



 いくつか並べてある長テーブルでは、多種多様の冒険者達が食事をしたり、

 酒を飲んだり、談笑したりと自由に過ごしていた

 中には、床の上で寝転がっている者や、酔っ払ってそのまま眠り

 こけてしまった者などもおり、とても無防備な状態だ

 そんな彼等を見て、他の客達が迷惑そうな表情を浮かべているが、注意する

 者はいなかった

 冒険者は基本的に荒くれ者の集まりだ もしトラブルが起きたとしても、

 彼等は返り討ちにしてしまうだろう

 なので、店主も冒険者に対しては放置して好き勝手にさせているのだ

 カウンターの奥では、恰幅の良い中年の女性が忙しそうに調理を行っていた

 食事をする多種多様の冒険者達は、ハインツのように人間の男や女もいれば、

 ドワーフのような髭を生やした種族の男女の姿もある


 エルフやシャドーエルフといった種族は珍しいのだが、姿は存在した

 冒険者の中には、獣人と呼ばれる種族もいた

 多種多様な種族が入り乱れ賑わう店内をハインツが見渡すと、奥のテーブル席で

 手をあげているカーリンの姿を捉えた

 テーブル席には彼の姿しかないが、特に気にした様子もなくハインツはカーリンの待つテーブルへと移動していく

「――よう、遅かったな

『冒険者ギルド』側の反応は? 」

 カーリンはグラスに入った醸造酒をちびちび飲みながら尋ねつつ、ハインツに

 自分の向かい側の椅子に座るように促す

 ハインツは勧められるままに腰かけた

「詳しい事は不明だが、『あれ』は迷宮全てを表している訳じゃないらしい

 それでも一層階層の隅々まで正確に描かれているらしく、もし正しければ

 判明している俺達冒険者は探索しているのは まだごく一部だって話だ ・・・」

 ハインツは肝を冷やした表情を浮かべつつ、忙しげに動き回っている給仕に

 葡萄酒と軽いつまみを注文する

 



 そして、運ばれてきた飲み物を一口飲む

 カーリンは、その言葉に目を丸くして驚く

 まさか、そこまで詳しく描かれているとは思わなかったからだ

 この世界において地図は貴重品であり、地図一つで城が買えるほど

 高価で取引される

「んな馬鹿な・・・

 確かにカルローラのお嬢のマッピングは凄いのは分かったが、幾ら

 なんでも広すぎるだろ?

 どう見ても国の1つ2つが余裕で入るぞ」

 ハインツの言葉を聞き、驚きのあまりカーリンは手に持っていたグラスを

 落としそうになる

 それくらい驚いた

 だが、すぐに平静を取り戻し、グラスに入っていた葡萄酒を一気飲みする

「 『冒険者ギルド』側はあのバカでかい広さを探索するのに、もし事実だとすれば階層を把握するのに1年以上はかかると言っている

 そして一つ一つの階層が同じ規模の広さとすれば、一つの迷宮だけでも

 国どころか大陸に匹敵するほどの広さだ

 ここの『冒険者ギルド』側も、迷宮の把握しているのは階層ぐらいのもので、

 正確な構造までは分からないらしい

 つまり、全ての迷宮が解明されているわけじゃなく、一部のみしか

 判明していないんだ

 ・・・ここの『ギルドマスター』は、明日にでも緊急で各迷宮都市

『ギルドマスター』と会合を開く予定だとか」

 ハインツの説明を聞いたカーリンは眉間にシワを寄せて頭を抱える

 これは大変な事になったと思った




 迷宮は一つの階層が、まるで大海原のように広大な地下空間が

 広がっているという事になる

 もしそれが本当なら、 そんな場所にいる魔物達はいったいどれだけ

 強いのか想像すらできない

 それに、迷宮の攻略難易度は迷宮の難しさを表すものではなく、あくまでも

 内部のモンスターの強さだ

「なあ、各迷宮都市『ギルドマスター』との会合って、まさか他の

 迷宮もこれぐらい広いと、ここの『ギルドマスター』は考えているのか?

 ここの『重要危険迷宮』は10層だが、上級冒険者向けの『最高危険迷宮』に

 指定されている所は、俺が知っている限りでも

 総階層100階層越えで、最下層に至っては推定300階層を超えているらしいぜ

 そんな所も一層一層が広大だとすれば・・・」

 カーリンがそう呟くと、信じられないとばかりに頭を振る

 迷宮の探索は遊びではなく命がけの仕事だ

 慎重さを求められるが故に、迷宮内部の情報は迷宮に潜る

 冒険者達にとって最重要事項だ



 迷宮内部の情報は、『冒険者ギルド』が迷宮を管理する国家に許可を申請して

 公開するものと、迷宮の内部に挑み探索した冒険者から提供されるもの

 以外に無い

 しかし、迷宮内で生活する人種はおらず、そもそも迷宮の深部にまで到達した冒険者は一握りしか存在していない

 まして、迷宮階層の隅々まで探索はされておらず、未知の領域がまだまだ存在していてもおかしくない

 各迷宮都市権力者達も同じように思う者がおり、彼等も独自に迷宮の把握しようと試みるが未だ達成されていない

 それは恐ろしい事だが、逆に冒険心を掻き立てられるのもまた事実だ

「・・・『ギルドマスター』から少し説明を聞いたが、この近隣諸国だけでも迷宮は80か所、辺境途上国にまで行けば

 100を超える迷宮が存在しているらしい

 そのいずれも迷宮内部を全て探索してはおらず、恐らく未踏破区域が多数存在するだろうと言っていた だから、この世界の全ての迷宮を制覇する事は不可能だと」

 ハインツは真剣な表情でカーリンを見つめると、静かに告げた

「・・・どちらにしても、こいつはとんでもない騒動になるな」

 カーリンは暫く無言でハインツを凝視して、苦笑しつつ応えた

「それとは別にもう1つ・・・こっちの方がパーティーに取っては一番重要な事だ」

 葡萄酒でほんのり頬を赤く染めたハインツは、口の端を上げながら話を続ける

 その笑みは、これから話す内容がいかに重要かを意味しているようだ

「なんだ?」

 カーリンは興味深く先を促す

 すると、ハインツ一度大きく息を吸い込むと、覚悟を決めたような貌つきとなり口を開いた

 カーリンはその様子に嫌な予感を覚えた

 ハインツの表情は、今までパーティーを組んで何度も見た事があった

 そして、大抵の場合において衝撃的な知らせだったからだ

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