マジカル☆ラビリンス

甲斐日向

プロローグ

 魔法世界・テュレーゼ。ここでは魔法使いジルコードと呼ばれる人間――アドムス、さまざまな種族の妖精ミノル、動物や鳥が人間のように進化した獣人ゼオレスクーティン鳥人ルフォーティンなどが暮らしている。

 いくつもある国々の一つ、マジカリア国の王城。

 陽の光が差し込む廊下を、灰色の髪をオールバックにした中年の男性――マジカリア国王が歩いていく。国王は、娘の部屋に意気揚々と入った。

「アスカ、入るぞ」

 その途端、びゅんっ、とブラシが飛んできた。しかし、国王はひょいっとブラシを軽くよける。

 ブラシはそのまま飛んでいくかと思いきや、国王の頭の少し後ろでピタリと静止した。

 国王は一流の魔法使いジルコード――魔導師クレシアスなのだ。空中静止など、念じただけで扱える。

「ちょっと父様! 部屋に入る時はノックぐらいしてよっ!」

 次いで飛んできたのは少女の鋭い怒声。

 国王がくるりと人差し指を振ると、静止していたブラシは少女の手元へと飛んでいく。

「おお、すまんすまん。しかし、なんだな。アスカも年頃になったんだなぁ。そんなことを気にするようになるとは……」

「で、なんの用なのよ?」

 少女は、突然入ってきた父親を半眼で睨みつけつつブラシをひっつかむと、髪の手入れを再開した。

 癖のない髪はブラシを通すと、するすると楽に髪が流れていって彼女のお気に入りだ。

 ヒヤシンス色のセミロングの髪に、アイスグリーンの瞳。赤い珠と白いリボンの飾りがついた、黒いカチューシャ。

 黒いハーフトップのベストに、空色のパフスリーブワンピース。ただし、スカートの部分だけがダークパープルだ。

「そうだった。今日はお前の十六回目の誕生日。十六歳おめでとう、アスカ」

「最初からそう言えばいいのに」

 小さく肩をすくめ、アスカはブラシを化粧箱にしまう。

 その横に置いておいた、三色の宝石がついた大きなペンダントを首に掛け、ニコッと微笑んだ。

「でも、ありがとう、父様。さっそくだけど、プレゼントは?」

 満面の笑みを浮かべる娘に、国王はがっくりと肩を落とした。

「いきなりそれか……。ちゃんと用意してあるぞ」

「やったぁ! 何々? 何くれるの?」

 白い手袋をはめ、イスから立ち上がったアスカは、キラキラと期待のまなざしで父親を見る。

 国王は「それはだな……」ともったいぶって、しばし間を置いた後、得意げに言った。

「人間界への、修行の旅だ!!」

 堂々と渡された誕生日プレゼントに、アスカは唖然とした。

 一瞬、頭が真っ白になりかけたが、意識がはっきりしてくると、不満が込み上げてきた。

「……はぁ? 何それ! 誕生日になったら、人間界に行ってもいいって言うから楽しみにしてたのに、魔法修行だなんて聞いてないわよ!? 

 しかもそれがプレゼントなの? 物ちょうだい、物!」

 びしっと手を突き出すアスカ。

 国王は手を突き出したまま、ずいずいと近づいてくる娘を手で制し、

「落ち着け、アスカ。いいか、我がマジカリア王家に産まれた女は、十六歳の誕生日を迎えた日に人間界へ渡り、主人あるじとして選んだ人間の三つの願いを叶えること。

 これは女王となる素質を測るための試験も兼ね、先祖代々受け継がれてきた習わしであり、掟なのだ。お前も今日で晴れて十六歳。掟に従がい、人間界に――」

「絶対イヤ! 掟だかなんだか知らないけど、どっちにしろ魔法の修行には変わりないんでしょ? 

 そりゃあ人間界には行ってみたいわよ。前から行ってみたいって思ってたし。でもね、観光とかならともかく、修行だっていうなら、あたしは行かないからね!」

「アスカ……」

 腕を組んでぷいっとそっぽを向くアスカ。こうなると、そう簡単には意見を変えない。眉を八の字にする国王。

 その時、魔法でドアが開かれ、小さな妖精が飛び込んできた。

「姫様ぁー!」

「あ、ティア――」

 ゴチーン。

 アスカが声のした方を振り向いた瞬間、妖精がアスカの額に正面衝突した。

「いった――――っ!!」

「あああ、す、すみません~。急いでたものでぇ~っ」

 妖精・ティアラはぺこぺこと空中で何度も頭を下げた。

 ティアラ自身は、衝撃吸収魔法をあらかじめかけているので無傷だ。

 腰まであるチェリーピンクの髪。ストロベリーピンクの大きな瞳に、水色でストラップレスのワンピース。

 腰にはワンピースと同色の、短いパレオのようなものがついている。

 頭の両脇についているルティアの花飾りは、アスカが昔、プレゼントしたものだ。

 大きさ以外は普通の人間となんら変わりないように見えるが、透明で薄い二枚の羽と、長く尖った耳が、妖精であることを如実に物語っている。

「どうしたのだ、ティアラ。そんなに慌てて」

 国王の問いに、ティアラは心配そうな顔でアスカを見やってから答えた。

「あ、はい~。姫様が人間界に行くと聞いて、心配なのでついていこうと思いまして~」

「うむ。それは頼もしい限りだ」

「ちょっと待ってよ。あたしは行かないって――」

「問答無用!」

 抗議しようとするアスカの言葉を遮り、国王は心を鬼にして、時空移動魔法をかける。

 アスカとティアラの周りを光が包み込むと、国王は魔法を発動させた。

「さっさと行ってこーい!」

「父様の人でなし―――――――!」

 怒りの叫声の余韻を残し、こうしてアスカは人間界へと旅立たされた。


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