第11話 第13の天使

 また夜がやっくる。毎日、毎晩……同じ事の繰り返しを何回行っただろうか。燐は、ふと夜空を見上げてそんな事を考えていた。燐は、茜をアパートに残したまま夜の街中へと飛び出していた。既に習慣となった毎日の日課を止めるわけにはいかなかった。燐は、繁華街をうろつきながら、大通りを行き来する人々を観察する。念入りに一人ずつ行動、動作を注意深く観察していく。そんな事を何になるのか。普通の人ならばそう思うだろう。だが、燐の身体能力や頭脳は、日々人間離れしてきている。そうやって人を観察し、その動作パターンや癖を読み取っていくのだ。しばらく燐が道行く人々を観察しているとアスカによって埋め込まれた高性能情報処理チップから警告が入った。

「あいつか」

燐は、一人の男性に目を向けるとそう呟いた。歳は、30歳前半。見た目は、スラリとした体形でスーツを着たサラリーマンの男性。情報処理チップが燐に警告をしたのは、ある種の動作パターンをその男性から検出したからだ。人間であればその個性が複雑で判別しにくいしぐさであるが同じ所でつくられた大量生産の機械は、どうしてもそのしぐさや動作パターンが近いものになってしまう。例え、その外装が巧妙に偽装されていたとしてもその特徴は、誤魔化せない。燐は、その男性の後を気づかれないようにつけていく。


 暗い廃墟とかしたビルの中で燐は、虚ろな目でそれを見ていた。燐の足元には、男性の死体。その死体には、首から上が存在するものがなく、首の辺りでバッサリと何かに切り取られたように頭が無くなっていた。頭が無くなった首からは、まるで噴水のように赤い液体が飛び出して、辺りのコンクリートと濡らしている。そして、燐の右手には、その無くなった男性の頭が掴れていた。最初の頃は、例え人形だとしても人に似たモノを壊す事に躊躇いがあった。それが今では、何の感情もなく壊す事ができる。


 これも馴れと言うやつかと、燐は、自虐的に笑みをうかべた。燐は……右手に持った男の頭部を頭上に持ち上げて、左手の指を首の断面に突き入れる。燐の左手から放出されるナノマシンは、男の頭脳と燐の脳との回線を擬似的にほぼ強制的に繋いでしまう。男の頭脳から情報を引き出すには、これが手っ取り早い方法だった。 だが今日も燐にとって欲しい情報が得られる事がなかった。この人形も他の人形とまったく同じで特別な情報をもっていなかつたのだ。ただ、いつもと同じ情報が男の頭脳の中に残っていた。

「システム・ウロボロス、プロジェクト・ラグナログ、そして…A・E」

燐は、つまらないと言った表情を浮かべて、「ちっ」と舌打ちをする。そして、左手を男の首から抜き、右腕を大きく天に振り上げて男の頭を放り投げた。その男の頭は、赤い液体を撒き散らしながら弧を描いてビルの壁にぶち当たる。

「今日も駄目だったか」

燐は、毎日夜になると人形を探しだしては、今日の様な事を繰り返していた。燐は、敵であるアル・デュークの情報が欲しかった。それも、末端の情報ではなく中央に切り込める程の情報を欲していた。自身の置かれた状況から、推測して自分には、敵である「アル・デューク」の情報が少なすぎると判断したからだ。


 しかし、燐にとっては、それだけではなく……アスカの仇と取りたかったのだ。それに味方であるはずのセムリアからは、何の連絡もなかったし……アスカが居なくなってしまった以上、連絡を取る手段が無かったのも事実である。燐がこの廃ビルから出ようと右足を一歩前に出した時、燐の身体がふらつき右膝を地面に付けてしまった。

「……っ」

立眩みと言うやつだった。人形の頭脳を覗いた後は、たいてい燐は、気分が悪くなっていた。無理矢理自身の神経と人形の回路を繋いだ後遺症と言うやつだと燐は、理解していた。しかし、今回のような立眩みは、初めてだった。燐は、気を取り直して再び廃ビルを後にしようと立ち上がった。そして、何事もなかったように歩きだすと、廃ビルの出入り口付近で、燐は人間離れした感覚で何者かの気配を感じとっていた。出入り口近くの壁に背をつけて、燐は、再び気配を探ろうと感覚を研ぎ澄ましていく。

「なんだ……アル・デュークの人形?」

アル・デュークの人形にしては、今まで感じた事のない気配に燐は、戸惑っていた。しかし、こんな廃ビルに来るのは、そういった類のモノしか存在しない事を燐は、理解している。燐は、様子を探ろうと出入り口の外を覗くように顔を出す。そこへ、待ってましたとばかりに素早く伸びてくる鋼鉄の腕。燐は、素早く身を引こうとしたが間に合わずそのまま鋼鉄の腕に首を締め上げられた。

「グッ……クソッ!!」

燐のそんな声も空しく、燐の身体は、そのままうつ伏せに地面に組み倒されてしまった。

「オイ! ここで何をしているんだ?」

突然、天から降ってくる様な事に燐は、耳を疑った。燐が驚いたのは、声が聞こえたからじゃない。その声が女性のものだったからだ。それも幼い少女のような声。

「オイ、答えろ。 お前は、ここで何をしているのだ? 3次元ホトニック反応を追ってきたのだ。 言い逃れなどしようとは思わぬ事だ」

もう一度、その声は、燐の頭上から聞こえてくる。

「……」

燐が黙っているとその声の持ち主は、痺れをきらした様子で燐の身体を軽々と持ち上げて、燐の背を壁に叩きつけるようにお互い対面する形にもっていった。そこでようやく燐は、その声の持ち主が何者であるか理解する事ができた。身長は、100cmにも満たない。見かけ上の歳は、10歳ぐらいの女の子。だが、この少女は、普通ではなかった。首から上は、人間の顔と見分けがつかないが服の袖から伸びる両腕は、黒光りする金属そのものだった。そして、フリルの付いた可愛いスカートから伸びる両足さえも金属で出来ている。そんな少女の姿をみて

「戦闘用だと言うのか」

燐は、そう呟いていた。

一方、少女方は、そんな燐の言葉など気にした様子もなく再び同じ質問を繰り返した。

「もう一度聞く。お前は、ここで」

「調査だ。と言えば、納得するのか?」

少女が言い終わる前に燐がそう告げる。 少女は、少しムッと表情を浮かべて燐を睨みつけた。

「調査? そんな事をして何になる? セムリアの尖兵になろうとする者がそんな事も理解できないとは、先が思いやられるな」

傲慢と取れる少女のその言葉は、明らかに燐を見下して言った言葉だった。

「初めて出会った同胞にそんな事を言われるとはな」

燐は、少し自虐的な笑みを浮かべた。そう、燐とってこの少女との出会いは、アスカ以外の同胞との接触だった。セムリアの尖兵でありセムリアのアンドロイド。それが少女の正体である。

「ふん、そうかお前は、あの時の……あの出来事の」

「知っているのか?」

燐は、驚いた様子でそう少女に聞いた。正直あの出来事については、自分とあともう一人しか知りえないと燐は、思っていた。この少女があの出来事の事を知っているのは、燐にとって驚きだった。

「ああ、そりゃ知っているさ。あの時の事は、我々の間では、有名だぞ。なんせ、同胞で唯一あれ、A・Eと接触したのだからな」

「そこまで知って」

「それにあの時の戦闘データは、貴重なものだよ。私も有効活用させてもらっている」

「クッ……」

少女の言葉に燐は、悔しそうに下唇を噛み締めた。

「まあ、いいだろ。ナンバー・シックスが居ない以上。お前は、私の指揮下に入ってもらう」

「そんな急に」

「なんだ? 不服か? これは、上位命令なんだぞ」

少女は、燐を挑発する様に口を吊り上げて言った。

「命令なら従うさ」

「なら、名をなのれ」

「燐、戸崎燐……燐と呼べばいい。それであんたは、何て呼べばいい?」

燐がそう言うと少女は、少し考え込む様子で首を傾げた。そして、何かを閃いた様子でパッと笑顔を浮かべる。

「私は、13番目の天使……『ジュリエッタ(小さなジュリア)』と、そう呼ぶがいい」

少女は、燐には、眩しいくらいの満面の笑みでそう答えた。

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