第8話 ナノ・ハザード

 霧島周防は、不機嫌だった。 東京にあるオフィス街、某50階建てのビルの一室。楕円形の机に7人の老人達と、白衣を着た若手の青年……霧島を含めて計9人で会議を行っていた。霧島は、こんな会議など、出たくなかった。しかし、一企業のトップとして出なくては、ならなかった。企業を運営する為には、資金が必要だったからだ。これから、老人達を説得して、運営資金を獲得しなくてはならないのだ。そう考えるだけで、霧島の心は、ざわついていた。もう、70歳を超えたような老人達が薄気味悪い視線が霧島の隣で説明を続ける白衣の青年にそそがれていた。この白衣の青年は、霧島の企業の一従業員であり、研究者の一人であった。名前を、上野久司と言った。上野は、液晶のプロジェクターから映し出される映像を指差しながら説明を続けていた。

「この映像は、複数あると思われるマテリアル型ナノマシンの拡大写真です」

「それは、尾崎博士が開発したと言うアレかね?」

「そうです。それも解析できたのは、まだこのナノマシンだけでありまして」

老人達は、訝しげに上野の説明と映像に目を泳がせていた。そんな老人達の姿を霧島は、不機嫌そうに観察している。

「こんな老害どもの言いなりとは、情けない」

そんな言葉を霧島は、思わずつぶやきそうになった。ここに居る老人達は、金と権力を持ち合わせてる社会にとって、とても迷惑な存在だ。政治、経済、挙句の果てに安全保障に口を出してくるような連中である。それ故に敵にまわすと怖いが、見方にすると頼もしい存在でもあった。

「このナノマシンの中央には、フォトニクス結晶構造を持つ物質で構成されています」

上野は、映像に映し出された虫みたいなモノの中心を指差して説明を続けていた。

「まさか、フォトニクス・モーターとでも言うのかね?」

「おそらく、光が動力源のモーター。フォトニクス・モーターなのでしょう」

「信じられんな。尾崎博士は、モーターの開発に成功していたのか」

「このナノマシンの特徴は、他にも解析されています。足の部分に注目してください」

上野がそう言うと、虫の映像の足の部分が拡大されて映し出される。

「ある種の触媒だと、考えられます。実験データから、解っているだけで60種以上の物質の合成と分解が可能です」

「それは、どう言う事なのかね? そんな事は、不可能なのでは?」

「まだ解明されていませんがこの特殊な触媒を使い、分子の結合、分解。あるいは、原子の結合を行っているように思われます。つまり、このナノマシンにある物質を分解しろと言う指令が来るとその物質を分解しようとします。触媒では、直接分解できない物質であっても前段階で分解できる物質にするモノを合成、生成してしまうのです。まあ、ある種の無敵の分解酵素の様な役割をします」

「わからんな。尾崎博士は、このナノマシンを作り、何を成そうとしていのだ?」

老人達は、尾崎博士の作った不可解なナノマシンにさまざまな疑問と質問を上野にぶつけてきた。収集がつかなくなって来たと、判断した霧島は、声を張り上げてこう言った。

「尾崎博士は、生前、こう言っておりました。「世界を作り変える」と」

霧島のその声と言葉に老人達は、一斉に静まり返った。

「上野君。あれを見せてあげなさい」

「えっ……良いのですが?」

「かまわんよ」

霧島の命令に上野は、少し緊張した様子で手元にあるノートパソコンを操作する。

プロジェクターの映像が切り替わり、今度は、世界地図が映し出された。そして、その世界地図の上の所々に赤い靄のような印が表示される。

「これは、なんだと言うのだね?」

老人の一人が驚いて声を上げる。

「この世界地図にある赤い印は、弊社が調査してた結果……尾崎博士のナノマシンが広がっている場所になります」

「なっ」

老人達は、驚いた養子で一斉に声をあげる。

「ごらんの通り、この未知なるナノマシンの汚染は、世界中に広がりを見せています。早急な対策が必要なのです」

「しかしだね。人間にも自然にも害が無いのだろう? 無害であれば放置と言う選択もある」

老人のその言葉に霧島は、またかと奥歯を噛み締める。

「害があってからでは、遅いのです!! 上野君、あの映像も見せてあげなさい」

霧島の言葉に上野は、再びノートパソコンを操作する。切り替わった映像は、地下の姿を映し出していた。

「この映像は、地下500メートルを映したものです。世界中の地下に……このようなコロイドと申しましょうか。ナノマシンの集合体が形成されています」

「いったい。このナノマシンは、コロイドを形成して何をしようと言うのかね?」

「現状で解っている事は、このコロイドが一種のハードディスク的な役割を担っていると言う事です。世界中の地球の地下にナノマシンによる地球規模の記録装置が稼動していると言う事です」

「何を記録していると言うのだね?」

「データ量は、常に増えて行っています。その情報量から計算するとおそらくは、時間的に起きてる全ての出来事を記録していると推測します。この意味がお分かりになりますか?」

「……」

「データ・ベースは、我々にとっては、とても有用だと言う事です。それが正確であればあるほどです。このナノマシンが蓄積しているデータを利用できれば、天気の予測から、株価の予測まであらゆる予測と推測が可能になります」

「我々の利益につながると言う事か?」

「むろんです。ですが、このデータベースを扱うには、更なる研究と時間……そして資金が必要なのです」

霧島は、老人達に力説する。老人達は、お互いの顔を見合わせると頷いてみせた。

「良いだろう。資金援助の件は、都合をつけようじゃないか。ただし、期限を付けさせてもらう。その期間に成果が出ないようであれば……わっておるな?」

「はい。もちろんです。必ず成果を出してみせましょう」

霧島は、そう言って、老人達にふかぶかと頭を下げた。



「いいんですか? 本当事を報告しなくて」

老人達が居なくなった会議室で、上野は、霧島に対して少し不満げにそう言った。

「真実を告げた所で、どうにもならんよ。逆に資金援助を打ち切られてた可能性がある」

少し疲れた表情で霧島が答えると上野は、呆れたと言わんばかりの表情を浮かべた。

「データベースを利用するには、CPUの様な存在……いわばコアとなるモノが必要です」

「わかっているさ。それを探し出すか。それに代わるコアを我々が作るか、どちらかを選択しなくてはならん」

霧島は、つぶやく様に言うとポケットからタバコを取り出して火をつけた。

「我々に作れるのでしょうか? 尾崎博士の作ったナノマシンには、まだまだ解明されていない機能があります」

「人間が作ったモノだよ。人間が解明できないわけがない」

霧島は、それが当然だと思っていた。神が創ったモノが解明できなくても、人間が作ったモノなら、人間が解明できるはずだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る