第6話 理想と現実
航が箸がすすまない弁当を前にして、典子と雑談していると、一人の男子生徒が割って入って来た。
「航、まだ弁当食べ終わってないのか? もう直ぐ昼休みが終わるぞ」
まだ、半分以上残っている弁当箱を指差しながら、その男子生徒は、航に労わるような口調でそう言った。新田忠司。それがその男子生徒の名前だった。航にとっては、同じクラスの同級生。そして、親友でもあり、現在の典子の彼氏と言う存在。
典子にフられて、間もない時期に典子が「彼氏が出来た」と、航の前に連れて来た事がきっかけで、その時からのつき合いである。性格は、航が直情的である事に比べ、まったくの正反対。とにかく、とても冷静で何事にも動じない性格をしていた。それ故に正論をよく言うので、クラスメイトから煙たがられる事もあった。
「忠司か。いいのいいの。放課後までに食べ終わればいいんだよ」
「まったく。お前のそう言う所。直した方が良いと思うんだが」
忠司が呆れた様子でそう言うと、航は、弁当箱の白米を箸で掴み取り、ゆっくりと自分の口の中へ放り込んだ。
「忠司ーっ、ちょっと聞いてよ。航ったらね。澪ちゃんの事、彼女じゃないとか言うんだよ」
「なんだ、航。まだ神楽の事を受け入れられないのか? あんな美人は、他に居ないと思うがな」
「だからさ。典子にも言ったけど。そう言う関係じゃないんだよね」
航は、少しうんざりした様子で考えこむように右頬に右手を当てた。
「なあ、航。話は、変わるが。神楽の事なんだが……」
唐突に忠司が真剣な表情をしてそう切り出した。突然の事に驚いた航だったが、忠司の様子から重要な話なのだと感じとっていた。
「どうしたんだ? いきなり」
「クラスの男子の連中がさ。神楽の事……襲うとかそんな物騒な話をしていた」
「それで?」
航の声が少し低くなった。
「当然、握りつぶしておいたよ」
「さすが友だね。感謝するよ」
「詳しい話を聞いたんだが。どうも、それを指示したのは、女子の連中らしい」
その言葉を聞いた典子がハッと表情を曇らせた。
「あのね。航。今更なんだけど。ほら、澪ちゃんのような、協調性の無い子って……女子の間では、嫌われやすいのよ」
「もう、入学して10ヶ月以上経ってるのに、なんで今更」
「女子の間では、前からちょっとね。私が説得して、今まで押さえ込んでいたんだけど。そろそろ、限界みたい」
「……」
「航、澪ちゃんから、あまり目をはなさないであげて」
「わかったよ」
航は、力つよく頷いてみせた。いずれ、こう言う事態になる可能性を航は、考えなかった事がないわけではなかった。協調性の無い澪の性格から、いずれ他人からの反発を招く事は、理解していたのである。他人を拒絶すると言う事は、他人からも拒絶されると言う事だ。学園と言う村社会で大切なのは、協調性であり、その協調性を乱す存在は、村社会にとって悪になる事もある。社会に必要なのは、円滑な人間関係であり、個人の能力では無いのだから。忠司は、少し考える様子で航の右肩に手を置いた。
「航。お前も気を付けろ」
「どうして?」
「神楽が唯一、心を開いてるお前に矛先が向く可能性がある」
「そうなるなら、それでいいよ。少なくとも澪に害が及ばないならね」
航がそう言うと忠司は、少し複雑な表情を向けた。
「なあ、航。俺たちは、間違っていたんじゃないか?」
「何を言っているんだ?」
「神楽を助けている気になって。それで、神楽は、さらに他人に距離を置く様になったんじゃないのか? 周りから、刺激を受けないと解らない事だって……」
忠司の言葉に航は、勢い良く席から立ち上がって、忠司の胸ぐらを掴んだ。
「今更、何言ってんだ!?」
航の激しい形相に忠司を目を逸らす。
「いや、さっきの言葉は、忘れてくれ……」
忠司のその言葉に航は、気が抜けた様に再び席についた。
「解ってくれたのなら、いいさ」
航が弁当のおかずを箸で突いていると、さっきの航と忠司のやりとりを見ていた典子が口を開く。
「でも、忠司の言う事も解るよ。このまま、学校を卒業して、社会に出れば、苦労すると思う」
「それは、そうなった時に考えるさ」
航は、少し悲しそうな表情を浮かべ、静かにそう言った。
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