第26話 宣戦布告

―1―


 図書室内はまだ早い時間だというのにすでに1年生から3年生の生徒で賑わっていた。

 オレも橘も帰りのホームルームが終わってすぐ来たというのに出遅れてしまったようだ。


 テスト勉強といったら真っ先に思い浮かべるのが静かな図書室。みんな考えることは同じだ。

 人気が高い窓際の席や入り口から遠い席は上級生によって埋まっていた。とはいってもまだ空いている席もちらほらとだがある。

 窓際の席にも空きは見られるが、座れてもせいぜい3人がいいところ。だがいずれも離れている席なのでソロプレイヤーが座ることだろう。


 今回オレたちは集団での勉強会だ。なので4人以上が座れる円形のテーブル席を確保しなくてはならない。席の確保に時間を取られていては勉強する時間が無くなってしまう。

 テストまで残り1週間。テスト当日が近づくにつれてますます混むことが予想される。今後複数回勉強会が行われるのであるならば、場合によっては別な場所を探さなくてはならないな。


「ソフィー、奈津、こっちやこっち」


 空いている席が無いか探す為に入り口から最も離れた場所を歩いていると和井場に声を掛けられた。

 テーブルの上に鞄が置いてあり、江村と2人で座っていた。


「あっ、和井場くん席取っててくれたんだね。ありがとう」


「どれくらい混むか分からんかったから先に来といたわ」


「それにしても凄い混んでるな」


 オレと橘も席に着いた。左に和井場、右に橘、向かいに江村といった形だ。

 江村とは玉城との冤罪被害の時に話して以来接触はない。直接顔を合わせると少し気まずい。


「江村さんも勉強会に参加したいって話やったから一緒に連れてきたんやけど大丈夫やったか?」


「うん。全然大丈夫だよ。人が多い方が不得意な部分をカバーし合えるしねっ」


 橘が江村の参加を承諾した。まあ断る理由はないな。


「よろしく」


 江村がオレの目を見てそう言った。

 和井場はあの場にいなかったら冤罪の件は知らないはずだ。だが女子との交友関係が広いから話しぐらいは聞いていてもおかしくないか。

 まあもう過ぎたことだし気にしていてもしょうがない。


「悪い、遅れた」


 遅れてやって来た武藤が江村と橘の間に座った。


「ヤナギモールの時とはメンバーは違うけどこうやってクラスメイトが集まって何かするってのはいいもんやな」


 教科書を広げた和井場が懐かしむように話した。


「俺も部活がなきゃ行ったんだけどなー」


 武藤は確か野球部の練習があって来れなかったんだったな。だが来れなくて良かったのかもしれない。

 あの日はヤナギモール内にウルフが2体出現して大変なことになった。一般人がああいった体験をするとトラウマになるケースがある。

 武藤も過去に魔獣に襲われたと話していたし、その記憶が蘇る恐れもあった。結果的にあの場にいなくてよかったはずだ。


「江村さんは玉城さんのグループの人たちと遊びに行ったりすることはあるの?」


 橘がシャープペンを置き江村に聞いた。

 江村は玉城の派閥に属している。クラスのギャルっぽい生徒や派手な生徒が少数所属しているグループだ。個人個人の我が強いイメージだ。


「カラオケとかカフェとかかな。後はヤナギモールのゲーセンとか行ったりすることが多いかも。最近は基本果歩抜きだけどね」


「玉城さんと何かあったんか?」


「ううん。別にはぶいてるわけじゃないよ。果歩はバイトで忙しいからさ。最近掛け持ちしてるっぽいし。今日もバイトがあるんだって」


「まあ、あのコンビニ大変そうだもんな」


 武藤が江村の話を聞いてそう合わせた。

 玉城がアルバイトを掛け持ちしているという話は今初めて聞いた。危ないことに手を出していなければいいんだが。

 玉城の家の事情を理解しているつもりではいるが、テスト期間もバイトだなんて勉強の方は大丈夫なのだろうか。オレは休みを貰えたからいいが。ノー勉でテストは辛い。


「ソフィーちゃん、数学教えてもらってもいい? 俺、全然分からなくてさ」


「うん、いいよ。どこかな?」


 武藤は橘に数学を教えてもらうようだ。


「私も数学教えて欲しいんだけど」


「じゃあわいが教えたるわ」


 2対2対1になって余ったオレは歴史を勉強することにした。暗記教科なら1人でもできるし、反復して勉強することで頭にも入る。

 逆に暗記教科をノータッチで本番に挑むと痛い目を見る。数学は公式さえ覚えていればなんとかなるしな。


 周りの生徒も教え、教えられ勉強しているグループもあれば、1人黙々と問題を解いている生徒もいた。

 勉強のやり方は人それぞれだ。人それぞれにあったやり方がある。正解はない。


 そんな感じで終始和やかにテスト勉強をしていると事件は起きた。


「おうおう、馬鹿が群れて勉強なんかしてるぞ」


「1週間じゃあんまり変わらないと思うなぁ私は」


 背後からオレの肩に腕を回してきた青年。それと聞き覚えのある少女の声。

 霧崎と南條がオレの背後にいた。図書室内は2人の登場で静寂に包まれ、視線がオレたちのテーブルに集まった。


「やめろ霧崎。離せ」


 そう言って霧崎の腕を振り払う。


「クックッ、お前にこんなことをしてる暇があるのか? なあ、三刀屋奈津」


 意味も無く薄気味悪く笑う霧崎がオレの歴史の教科書を親指と人差しで摘まむように持ち上げると床に落とした。

 相変わらずこいつの思考が読み取れない。

 霧崎の背後にいる南條は退屈そうに欠伸をすると、その眠そうな目を擦って一連の様子を黙って見ていた。南條も何を考えているのか分からない。


「霧崎、場所を考えろや。みんなお前のせいで手が止まっとるやろ」


 和井場は霧崎とクラス委員会議で何度か顔を合わせている。クラス委員会議でもこんな感じなのだろうか。

 そうだとしたらストレスが溜まりに溜まりそうだ。


「和井場、お前には話してねぇんだよ。いつもいつも邪魔しやがって。引っ込んでろ」


 しっしっと霧崎が虫を追い払うようなジェスチャーを和井場に見せる。


「南條さんも黙ってないでどうにかしてくれや」


「まあまあ、和井場くんもそうカリカリしないで落ちついて、ね? 霧崎くんが彼に用があるって言うから顔を出しただけなのです」


 尚も眠そうな顔をした南條が和井場を宥める。


「そうだったな。三刀屋、3日後だ」


 そう言うと霧崎がオレの耳元まで顔を近づけてきた。


「3日後にお前の魔獣結晶イビルクリスタルを奪いに行く。覚悟しておくんだな」


「何を言って……」


 霧崎はオレにそれだけ伝えるとまるで何事もなかったかのように出口に向かって歩いて行った。その後を南條が少し遅れてついて行く。


「邪魔して悪かったな。そんじゃ馬鹿は勉学に励んでくれ」


 その言葉を残すと霧崎と南條は図書室から出て行った。


―2―


「さっきのあいつらは何だったんだ?」


「2組の霧崎とクラス委員の南條さんや。クラス委員会議の時もあんな感じやで。正直わいでもストレス溜まるわ」


 普段滅多に人に怒らない和井場でさえも霧崎には腹を立てているようだ。今日の霧崎はあからさまにオレたちを挑発していた。

 この場にいた上級生にも目を付けられたことだろう。


「なんか感じ悪かったよね」


 江村も霧崎の言動や行動に不快感を持ったみたいだ。

 そんな3人に対して橘だけは何も言葉を発さず、数学の教科書に目を落としていた。


「どうした橘? ぼうっとして具合でも悪いのか?」


「ううん。大丈夫だよ。こういうこと初めてだったからビックリしちゃって。ありがと三刀屋くんっ」


 オレに笑みを向ける橘。

 4月の入学式から何度この笑顔に心を射抜かれたことか。


「もしものことがあったら俺がソフィーちゃんを守るから言ってね」


「ありがとう武藤くん」


 武藤は橘にありがとうと言われて嬉しそうだ。緩まった表情にそれが現れている。


「どうする? 今日はもう解散してまた明日勉強会するか?」


「そうやな。初日からあんまりやり過ぎても効率的じゃないな。後は各自の家で各々やるってことでええやろ」


 武藤の提案に和井場が賛成し、今日は解散ということになった。

 テーブルに広げていた教科書やノートを鞄にしまっていく。片付けが終わると和井場、武藤、橘の順番で帰って行った。


「で、なんだ江村?」


 席に残ったのはオレと江村の2人。

 勉強会の最中、オレの歴史の教科書に江村が『この後残って』と書き記したのだ。その指示通り教科書を片付けるスピードをわざと遅くしてこの場面を自然に作り出した。


「その、あの時は三刀屋くんが悪者だって決めつけて生意気なこと言ってごめんなさい」


「ああ、いいよそのことは。疑われるようなオレにも悪いところがあったと思うし」


「そんなことないよ。一方的に決めつけた私が悪いの。なんかあの時から心の中にずっともやもやしたものがあってさ、謝らないとと思ってたんだよね。でも三刀屋くんと2人きりになれるタイミングがなかなかなくて」


 江村は江村なりに冤罪の件を心のどこかで思っていたらしい。

 これから仲良くなるのかどうかは置いておいて、これでぎくしゃくした関係は終わりだ。同じクラスで顔を合わせる機会も多かっただけによかった。


「そうか。じゃあこれであの件の話はもう終わりだ。オレたちも帰ろう」


「うん」


 江村凛えむらりん。茶髪で後ろ髪を左右で2つに結んでいる。少し吊り上がった目と細い眉毛が特徴的。スカートも短くて制服も着崩している。見た目は今時のギャルそのものだ。


 だが、きつい口調の時もあるけど根は優しいようだ。自分が悪いことをしたと思ったらいつまでも気にしているくらいだしな。

 そんな江村と2人で学校を後にした。

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