第2話 鐘が鳴る
桃色の光が、とても長い大理石のテーブルの、上にある二枚のお皿を包む。光が解けて消えた後にきれいな狐色の白パンが現れる。これは、クローバーとブロットの好物の一つだった。
「これ…懐かしいねぇ!何年振りだろう」
「クローバーから教えてもらった、美味しいものの一つだよね。
前回食べたのは、三年前だった…よね?」
「ええと…確かそうだったと思う」感情を忘れたはずだったあたしは、何度も来てくれるクローバーと過ごすうちに、記憶も感情もすべてを取り戻したのだ。
どこからかドーナツがのったお皿と二人のコップ、オレンジジュースが入れてある水差しが出てきた。
「わあ。久しぶりのドーナツだ」
歓声をあげるクローバーを眺めていて気付いた。泣きはらした様な顔をしている。無理に笑っている。左手で横の髪をかき上げるのは誤魔化してしまいたい気持ちがあるから。
「オレンジジュースのおかわりもいただきます」子どもの様に喜びながら、傷つき果てた様子を隠せないクローバーはあたしに、
あたしの子供の頃を思い出させた。
出される料理をすべて、一滴も逃さないというように素早くお腹に収めてしまった彼女。
その後、倒れるように床の上で寝てしまった。クローバーを寝室に運び入れたころに、夕刻を知らせる鐘が鳴るが、目を覚ますような気配はない。いつもより少しあわただしい一日が終わった。
「クローバー、あたし、最後の“信仰心”まで失ってしまったよ。もう神様では居られない。いつ死んでも、「死ぬ」って切ないね、悲しいね。せめて、次の人を決めて消滅することにするよ。ねえ、クローバー…この塔が何て呼ばれているか、知ってる?〈ウィンドロス〉。窓無しの塔っていう意味。神の塔だと知っていても、踏み入るものは皆、面白半分だよ。
窓際で外を眺めていた。
ちか、ちかちか、と、彼女のイヤホンのランプが緑に点滅する。あたしは前にもこれが輝くのを見たことがあったことに気付いた。きっと、仲間が彼女を探知したのだ。明日、彼女は此処を発つことになるだろう。
「巻き込まずに済みそうね」
夜が明け、優しい光は地上より先に塔の部屋に飛び込んでくる。
気力も体力も取り戻したクローバーは、昼前に発つといった。
「あちらの準備が終わるまでこっちにいるわ。
話したいこともあるし」
気品あふれる表情。やはりクローバーはこうでなくては。
クローバーが顔色を一変させ、真剣に言った。
「話があるの。聞いて下さるわね?」
そうか、これは西の神と神の伝承者としての会話なのだ。
「何なりと。伝承者よ」
少し上半身を傾ける。敬意を示すポーズだ。
「ご存知の事とは存じております。采配の最後の審判に参りました」
誰にも邪魔させないつもりだ。
「では、歯車の部屋へご案内します」あたしは彼女の前を歩く。
後ろのクローバーがポツリと言う。
「ブロット…あなた透けているわよ…?」
「…そうですね」
今に始まったことではないよ。だから、心配しなくてもいいからね。
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