メロンボールあらため、メジロボール
カラスウリ
第1話 メロンボールあらためメジロボールで、ましまし
職場の近くの定食屋「やぶ
「ボクは結構です。
早崎くんがそう言うものだから、わたしが引いた。
手にとった三角に折られた紙を開けると、みどり色の丸印がある。
「これ」
法被姿の中年男性に渡すと、「大当りいいい!」
景気よく叫び、手にした大ぶりのベルを鳴らす。並んでいた人々が、「なんだ。なんだ」と背伸びをしてこちらを眺める。わたしは思わず中年男の背後に貼ってある、景品一覧表をぱっと見た。
特賞/金 ハワイ旅行。二名一組み様。
ハワイか。28歳。独身。妻も彼女もナシ。男一人でビーチはキツい。惨めだ。ツライ。
一等/赤 すき焼き肉特上。
肉は好きだ。料理は苦手だ。炊事などここしばらく、まともにしていない。面倒だが、喰いたい事は喰いたい。
二等/黄 お米券10キロ分。
米! いいな。米は炊けるし、毎日喰うぞ。これがいい。これが欲しい。しかし黄色。惜しくも違う。
などなど。どこにも「緑」などない。はてと頭を捻っていると、「特別賞大当りいい」と、又もやベルが振られ、ちいさなビニール袋を渡された。中を覗くと、まるい緑色のプラスチック容器がひとつ。紙切れと共に、ごろんと入っている。
片手に乗るほどのそれは、こどものおやつ。アイスのメロンボールである。持つと掌に、じんわりと冷たさが伝わってくる。
「これが大当たり?」
わたしの気持ちを、早崎くんが代弁してくれる。
なんとも粗末な特別賞。肩すかしだ。だからといって、当たったものを突っ返すわけにはいかない。溶けぬうちにと急いで帰った。
昼休みの事務所に人影はない。ドアを閉めた会議室からは、テレビの音がうっすらもれてくる。アレだな。弁当持参組みが、朝の連続テレビ小説の再放送を鑑賞中なのだろう。
わたしは食後のデザートだ。机につき、メロンのへたを形どった蓋を開けようとするのだが、これがなかなかに堅い。まるで凍った大地を、こじ開けようとしているようだ。
悪戦苦闘していると、早崎くんが隣に立つ。袋のなかから濡れそぼった用紙を取り出し、「主任。それ、メロンボールじゃないです」と言う。
なにをバカな。これがスイカボールや、モモボールに見えてたまるか。
「へえ、じゃあなんだろうな」
適当に相づちをうちつつ、力をこめると、すぽんと蓋があがった。
掌の熱が伝わった為か、容器は急にぐにぐにとした感触を伝えてくる。溶けかけているのだろうか? これはすぐにも食わねばならぬ。しかし木べらが見当たらない。フツーあるだろう。アイスと木べらはいつでも、どこでも相棒だ。ないとは無粋。気が気がないぞ、福引き屋。
早崎くんから奪いとった袋のなかを探していると、アイスがべこんっと膨らんだ。どういう仕掛けでアイスが膨張するというのだろう。呆気にとられて、見ているうちにも、容器の外へそとへと、ねろんと溢れ出してくる。
驚いた。試しに、垂れたアイスを指先で突いてみる。
冷たくない。それどころか、ほんわかと暖かい。指先に伝わる感触は、あろう事か、もふもふだ。
みどりのそれが、「ぴちちち」と音をだす。それを合図に、容器に残っていた中身も我れ先にと膨らみ、飛び出してくる。机の上には、空になったメロンボールと、濃いめろん色をした鳥っぽいものが三羽。
見た目だけならば単なる小鳥だ。
羽がある。
「早崎くん。一体全体これは何だ?」
声が震える。わたしの動揺に素知らぬ顔で、早崎くんは暢気に答える。
「主任。だから言ったじゃないですか。メロンボールではなく、メジロボールだそうです」
メジロボール? だから何だ、それは。
わたしが鳥っぽいのを前に固まっていると、なかの一羽がお辞儀をした。
「こんにちは。メジロであります」
嘴から
わたしは頭の芯がぐらぐらする思いで、メジロの甲高い声を耳にした。
「メジロボールを、開けましておめでとうございます」
先の奴より、頭半分おおきな二羽目が嘴を開く。
「これからお世話になるであります。好物は
三羽目までが話しだす。
こいつは三羽のなかで、もっとも小さい。さらに語尾がやたら変だ。いや、待てまてまて。語尾をツッコム前に、今一度考えるのだ、前迫
「メロンボールだろ?」
バカらしいが、鳥っぽい奴らに確認する。
「メジロボールであります」
「メジロがめじろおしで、ぎゅうぎゅう詰めであります」
「お腹が空いております」
「ぺこぺこで、ましまし」
そうして一斉に、「飯だ! 飯だ! 飯だ! 飯だ!」と
なんてこった! 前代未聞の怪奇現象ではないか。
慌てて立ち上がった拍子に、早崎くんとぶつかった。
「どうしました、主任?」
「どうもこうもナイ。こいつらしゃべっているぞ、早崎くん。わたしはノイローゼなのか? 仕事のし過ぎで、幻聴か?」
「やだなあ、主任。ノイローゼじゃないと思います。ボクにも聞こえていますし」
「なんで、そんなに落ちついてるんだっ!?」
「たまに、いるみたいです。しゃべるメジロ。ボク、子どもの時に雑誌の特集で見たことあります。現代の怪奇と幻想とかなんとか」
「怪奇なんて、まっぴらごめんだ!!」
わたしは空になったメロンボールあらため、メジロボールを両手に持った。
「早崎くん、君、この鳥っぽいのをつかめるか? つかめるよな? つかむんだ」
「え、ボクがですか?」
早崎くんは鼻に皺をよせる。
不満そうな顔つきだが、見て見ぬふりをする。こいつに構っている場合ではない。
「わたしが容器を構えているから、一つずつ入れるんだ。さ、早く」
「ええーー。イヤだなあ……」
「やれ。やってくれ。頼む」
こういうのは、世間的にはパワーハラスメントと呼ぶのもかもしれない。
わたしは主任。早崎くんはペーペーに毛が生えた程度。しかもわたしの部下。だが事は急を要する。四の五の言っている場合ではない。
「鳥っぽいんだ。羽がある。飛んでいったら、困るだろう。生態系を壊すかもしれん。さ、早く。手伝ってくれたら、後で缶コーヒーを奢ってやるから」
「ボク、
こいつ。寄りによって珈琲専門店の一杯七百五十円を要求してきた。早崎くんのくせに生意気だ。しかし背に腹はかえられぬ。
「わかった。だからホラ」
三羽の鳥っぽい奴らは、机の一角に固まって、なにやらボソボソとささやき合っている。メジロと言いながら、あきらかに知恵がありそうで、気色悪い。
臭いものには蓋。さっさと元の場所ーーすなわち容器に入れて、クジ引きの場所に持って行くべきだ。わたしはそう判断した。
「そーら、ちっちっち」
早崎くんが舌打ちをしながら、背後から手を差し伸べる。バカ、猫じゃないんだ。なんで、ちっちっちなどと音をだす。
近づいていった早崎くんの掌を、ぐりんっと振り返った一羽がすかさず突く。
「いてえっ! 痛いっすよ、主任」
早崎くんが、しょぼくれた声をだす。
「いいから。早く、次いけ、つぎ」
「痛いからなあ……」
「モカに、サイドメニューもつけてやる」
「え! 本当ですか?」
「本当だ。サンドイッチでも甘味でも良いぞ。ただし成功したらだ」
「なら、頑張りマス」
よし。ヤツのヤル気スイッチは押されたようだ。しめしめ。
しかし相手は得体がしれなくかつ、一応鳥っぽい奴らだ。油断大敵だぞ、早崎くん。わたしは胸中で、エールをおくる。だがダメだ。だめだめだった。いくら早崎くんが裏をかこうとしても、近づくと奴らは飛ぶ。そして侮蔑に満ちた目で、我々を睨みつける。
嘴を開けて、威嚇する。果ては、早崎くんの腕に糞をして逃げた。
「……心が折れました。これ、買ったばかりのポールスミスなんです」
うなだれた早崎くんは、ティッシュで糞を拭いながら負けを宣言した。
途端、三羽そろって机上に並ぶ。
「飯!」
「飯!」
「吾ら食事を要求するで、ましまし」
わめきながら、わたしを見上げる目は真っ黒だ。
何を考えているのか、計り知れない。恐竜の成れの果てと言われているだけあって、無慈悲な暗闇に見えては……こないな。多分こいつらにあるのは、食い気だけだろう。
事務所の時計が一時をつげる。会議室で、お弁当派の面々が席を立つ音がしだした。
まずい。職務に全く関係のないこいつらを、社の人間に見せるわけにはいかない。見つけられた時の皆の反応が、想像つかない。わたしは、空のメジロボールを急いで引き出しに放り込んだ。不本意だが、今はこいつらを隠そう。
「スーパーに連れて行ってやる」
そう言って、背広のポケットを開けてみせる。三羽は動かない。
「蜜柑が売っているぞ」
蜜柑というワードに、一羽がぴくりと動いた。
「買ってやる。美味いぞ」
「どうするで、あります?」
三羽のなかで躯のでかい一羽が、左右の二羽に、そっと声をかける。
「リンゴやバナナも売っている。好きか?」
「好きで、ましまし!」
小柄な一羽が喜色のにじんだ声で言うなり、ポケットにダイブする。残り二羽も後に続いた。よしよし。鳥っぽいだけあって、単純頭だ。
わたしは事務所に人が戻ってくる一歩手前で、鞄をひっつかみ外へと逃げた。無論、ホワイトボードに「前迫/営業まわり」と書くのは忘れない。社会人たる者、ほうれんそうを無視してはならないからだ。
早崎くんが追ってくる。
「主任。ソレどうするんすか?」
「まず餌を、」
「ご飯で、あります!」
わたしの言葉にかぶる勢いで、ポケットの中の一羽がすかさず言う。
「吾らに対して、餌などと失礼で、あります」
「そのように言われるとは不本意で、ましまし」
「……食べ物をあたえて、静かにさせる」
不本意だと叫びたいのは、わたしである。
しかしここで議論するのは分が悪い。なにせ天下の公道。ポケットから顔をのぞかせるメジロもどきとお話しをするアラサーサラリーマン。怪奇というよりは、痛い。イタすぎる。
「じゃあボクは……」
「お前は予定通りに午後のスケジュールをこなしてくれ。わたしもすぐ追いつくから」
「分かりました。ところでモカは?」
「あるわけないだろう」
ナニ言ってんだ。こいつは。
「ですよねーー。じゃあ缶コーヒーは?」
「自腹で購入しろ」
わたしの言葉に、早崎くんの肩がやや落ちる。
たかが百二十円で、どうしてそこまでわたしに奢らせたいのか、理解に苦しむ。スーパーだったら、九十八円で買えるだろう。人知れず借金生活でも、お前は送っているのか。だったら、ポールスミスの背広なんて買うなよ、まったく。
わたしは早崎くんをおっぱらって、商店街のスーパーサンシャインへ向かった。
蜜柑とバナナに、はしゃぐこいつらを黙らせ、(声をだしたら飯はやらんと、脅かした。まるでチビっこの躾だ。まだ独身なのに!!)わたしはクジ引き所へと走った。
蜜柑とバナナは、いわば餞別だ。生き物を手にしてしまったが、とても飼育できるとは思えない。不甲斐ないわたしを許してくれ。そういう気持ちをこめての出血大サービスのつもりだった。だと言うのに、ナイ。ついさっき。一時間前にはあったカウンターも。段ボールの山も。法被を着た男もいない。
勘違いかもしれない。しっかりしろ、前迫篤! 己を鼓舞して商店街のアーケードを歩き回った。だが、ナイ。いくら探してもナイ。なんてこった。どうするんだ、コレ。
途方にくれポケットをチラと開ける。ついでにコレらも消えてくれないだろうか。そういう願いをこめて見下ろしたが、現実はただただ厳しかった。
「ご飯の時間で、ありますか?」
「待っていたで、あります」
「お腹。ペコペコで、ましまし!」
消えるわけもなく。餌を強請るため、さらに黒目を光らせたメジロもどき共は、一際たかく声をあげたのだった。
奇天烈なメジロボール事件から一週間が過ぎた。わたしの左右の肩には、三羽のメジロが止まっている。鳥っぽいではなく、変てこな鳥だ。そう認識をすることにした。
奴らは仕事中も離れない。取引先のご婦人などからは、「まあ。可愛い」と好評だ。だが中身は得体の知れない鳥である。第一、野生のメジロの捕獲、飼育は禁止されている。
その点を問いただすと、「野生ではないので、あります」「メジロボールのメジロで、あります」「安心して養ってくださいで、ましまし」と、いっかな気にする素振りもない。
奴らは机のうえに置かれている皿のうえに乗り、蜜柑を食べる。
皿は事務員の広瀬さんが百均で買い求めたものだ。わたしが頼んだわけではない。自主的に彼女が買ってきたものだ。どうにもメジロ共は、おんな受けが良いのであった。
「む。蜜柑の汁が飛びますな」
「どうにも蜜柑汁がとんだままにしておくと、痒くなってくるので、あります」
「大変申し訳ありません。おしぼりが欲しいで、ましまし」
なんと我が儘な輩であろうか。わたしが幾分むっとして、「野性のメジロはおしぼりなど使わんだろう。お前ら軟弱すぎないか?」そう言うと、三羽そろってわめきだす。
「酷いであります」
「吾らメジロボールのメジロに対する誹謗。聞き捨てならないでありますな」
「謝って欲しいで、ましまし」
三羽揃って囀りだすと、姦しいことこの上ない。わたしは耳を覆って席を立つ。
広瀬さんが、「ああ。はいはい」やけに甘い声で、ハンケチをメジロ共に持って行く。その顔は慈愛で輝いている。言っておくが、わたしは広瀬さんとそういった関係ではない。
わたしはアラサー。彼女は大学生の息子さんのいるご婦人だ。経理を担当していて、期日切れの領収書などを持って行くと、それはもう怒る。これでもかと怒る。ならば自腹をきった方がマシであろうと思う程だ。
それなのに何だ。あのメジロ共に対する甘やかしは。わたしは憤慨しながら、営業鞄を片手に外へ出た。
「主任どちらに?」
戸口ですれ違った早崎くんが聞いてくる。わたしはそれを無視して、足早に去って行く。
寒風吹きすさぶ十二月。いつにも増して、寒さが厳しい。すくめた肩がなにやらすうすうして感じるのは気のせいだ。
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