メロンボールあらため、メジロボール

カラスウリ

第1話 メロンボールあらためメジロボールで、ましまし


  早崎はやさきくんと、昼飯を食べに外へ出た。彼は、入社二年目の後輩だ。

 職場の近くの定食屋「やぶげん」で、わたしは親子丼。早崎くんは、かつカレーを頼んだ。帰りにお釣りと共に、十二月恒例の福引き券を渡された。二人合わせて一回ひける。


「ボクは結構です。前迫まえさこさんどうぞ」

 早崎くんがそう言うものだから、わたしが引いた。

 手にとった三角に折られた紙を開けると、みどり色の丸印がある。

「これ」

 法被姿の中年男性に渡すと、「大当りいいい!」

 景気よく叫び、手にした大ぶりのベルを鳴らす。並んでいた人々が、「なんだ。なんだ」と背伸びをしてこちらを眺める。わたしは思わず中年男の背後に貼ってある、景品一覧表をぱっと見た。


 特賞/金 ハワイ旅行。二名一組み様。

 ハワイか。28歳。独身。妻も彼女もナシ。男一人でビーチはキツい。惨めだ。ツライ。

 一等/赤 すき焼き肉特上。

 肉は好きだ。料理は苦手だ。炊事などここしばらく、まともにしていない。面倒だが、喰いたい事は喰いたい。

 二等/黄 お米券10キロ分。

 米! いいな。米は炊けるし、毎日喰うぞ。これがいい。これが欲しい。しかし黄色。惜しくも違う。


 などなど。どこにも「緑」などない。はてと頭を捻っていると、「特別賞大当りいい」と、又もやベルが振られ、ちいさなビニール袋を渡された。中を覗くと、まるい緑色のプラスチック容器がひとつ。紙切れと共に、ごろんと入っている。

 片手に乗るほどのそれは、こどものおやつ。アイスのメロンボールである。持つと掌に、じんわりと冷たさが伝わってくる。


「これが大当たり?」

 わたしの気持ちを、早崎くんが代弁してくれる。

 なんとも粗末な特別賞。肩すかしだ。だからといって、当たったものを突っ返すわけにはいかない。溶けぬうちにと急いで帰った。

 昼休みの事務所に人影はない。ドアを閉めた会議室からは、テレビの音がうっすらもれてくる。アレだな。弁当持参組みが、朝の連続テレビ小説の再放送を鑑賞中なのだろう。

 わたしは食後のデザートだ。机につき、メロンのへたを形どった蓋を開けようとするのだが、これがなかなかに堅い。まるで凍った大地を、こじ開けようとしているようだ。

 悪戦苦闘していると、早崎くんが隣に立つ。袋のなかから濡れそぼった用紙を取り出し、「主任。それ、メロンボールじゃないです」と言う。

 なにをバカな。これがスイカボールや、モモボールに見えてたまるか。


「へえ、じゃあなんだろうな」

 適当に相づちをうちつつ、力をこめると、すぽんと蓋があがった。

 掌の熱が伝わった為か、容器は急にぐにぐにとした感触を伝えてくる。溶けかけているのだろうか? これはすぐにも食わねばならぬ。しかし木べらが見当たらない。フツーあるだろう。アイスと木べらはいつでも、どこでも相棒だ。ないとは無粋。気が気がないぞ、福引き屋。

 早崎くんから奪いとった袋のなかを探していると、アイスがべこんっと膨らんだ。どういう仕掛けでアイスが膨張するというのだろう。呆気にとられて、見ているうちにも、容器の外へそとへと、ねろんと溢れ出してくる。

 驚いた。試しに、垂れたアイスを指先で突いてみる。

 冷たくない。それどころか、ほんわかと暖かい。指先に伝わる感触は、あろう事か、もふもふだ。

 みどりのそれが、「ぴちちち」と音をだす。それを合図に、容器に残っていた中身も我れ先にと膨らみ、飛び出してくる。机の上には、空になったメロンボールと、濃いめろん色をした鳥っぽいものが三羽。

 見た目だけならば単なる小鳥だ。

 羽がある。くちばしが尖っている。机上を歩く。三羽揃ってねり歩く。そうしてしろい輪で囲まれた、まん丸い黒目で、じっとわたしを胡乱気に見上げるのだ。


「早崎くん。一体全体これは何だ?」

 声が震える。わたしの動揺に素知らぬ顔で、早崎くんは暢気に答える。

「主任。だから言ったじゃないですか。メロンボールではなく、メジロボールだそうです」

 メジロボール? だから何だ、それは。

 わたしが鳥っぽいのを前に固まっていると、なかの一羽がお辞儀をした。


「こんにちは。メジロであります」

 嘴からかなでられるのは日本語だ。

 わたしは頭の芯がぐらぐらする思いで、メジロの甲高い声を耳にした。


「メジロボールを、開けましておめでとうございます」

 先の奴より、頭半分おおきな二羽目が嘴を開く。

「これからお世話になるであります。好物は蜜柑みかんなどの果物で、ましまし」

 三羽目までが話しだす。

 こいつは三羽のなかで、もっとも小さい。さらに語尾がやたら変だ。いや、待てまてまて。語尾をツッコム前に、今一度考えるのだ、前迫 あつし。しゃべっているんだぞ、この鳥っぽいもの。なんだこれ? わたしは、きりきりと痛むこめかみを抑えた。


「メロンボールだろ?」

 バカらしいが、鳥っぽい奴らに確認する。

「メジロボールであります」

 言下げんかに否定された。

「メジロがめじろおしで、ぎゅうぎゅう詰めであります」

「お腹が空いております」

「ぺこぺこで、ましまし」

 そうして一斉に、「飯だ! 飯だ! 飯だ! 飯だ!」とさえずりだした。


 なんてこった! 前代未聞の怪奇現象ではないか。

 慌てて立ち上がった拍子に、早崎くんとぶつかった。

「どうしました、主任?」

「どうもこうもナイ。こいつらしゃべっているぞ、早崎くん。わたしはノイローゼなのか? 仕事のし過ぎで、幻聴か?」

「やだなあ、主任。ノイローゼじゃないと思います。ボクにも聞こえていますし」

「なんで、そんなに落ちついてるんだっ!?」

「たまに、いるみたいです。しゃべるメジロ。ボク、子どもの時に雑誌の特集で見たことあります。現代の怪奇と幻想とかなんとか」

「怪奇なんて、まっぴらごめんだ!!」

 わたしは空になったメロンボールあらため、メジロボールを両手に持った。


「早崎くん、君、この鳥っぽいのをつかめるか? つかめるよな? つかむんだ」

「え、ボクがですか?」

 早崎くんは鼻に皺をよせる。

 不満そうな顔つきだが、見て見ぬふりをする。こいつに構っている場合ではない。

「わたしが容器を構えているから、一つずつ入れるんだ。さ、早く」

「ええーー。イヤだなあ……」

「やれ。やってくれ。頼む」


 こういうのは、世間的にはパワーハラスメントと呼ぶのもかもしれない。

 わたしは主任。早崎くんはペーペーに毛が生えた程度。しかもわたしの部下。だが事は急を要する。四の五の言っている場合ではない。


「鳥っぽいんだ。羽がある。飛んでいったら、困るだろう。生態系を壊すかもしれん。さ、早く。手伝ってくれたら、後で缶コーヒーを奢ってやるから」

「ボク、茶寮さりょうミカズキのモカが良いです」

 こいつ。寄りによって珈琲専門店の一杯七百五十円を要求してきた。早崎くんのくせに生意気だ。しかし背に腹はかえられぬ。

「わかった。だからホラ」

 三羽の鳥っぽい奴らは、机の一角に固まって、なにやらボソボソとささやき合っている。メジロと言いながら、あきらかに知恵がありそうで、気色悪い。

 臭いものには蓋。さっさと元の場所ーーすなわち容器に入れて、クジ引きの場所に持って行くべきだ。わたしはそう判断した。


「そーら、ちっちっち」

 早崎くんが舌打ちをしながら、背後から手を差し伸べる。バカ、猫じゃないんだ。なんで、ちっちっちなどと音をだす。

 近づいていった早崎くんの掌を、ぐりんっと振り返った一羽がすかさず突く。

「いてえっ! 痛いっすよ、主任」

 早崎くんが、しょぼくれた声をだす。

「いいから。早く、次いけ、つぎ」

「痛いからなあ……」

「モカに、サイドメニューもつけてやる」

「え! 本当ですか?」

「本当だ。サンドイッチでも甘味でも良いぞ。ただし成功したらだ」

「なら、頑張りマス」


 よし。ヤツのヤル気スイッチは押されたようだ。しめしめ。

 しかし相手は得体がしれなくかつ、一応鳥っぽい奴らだ。油断大敵だぞ、早崎くん。わたしは胸中で、エールをおくる。だがダメだ。だめだめだった。いくら早崎くんが裏をかこうとしても、近づくと奴らは飛ぶ。そして侮蔑に満ちた目で、我々を睨みつける。

 嘴を開けて、威嚇する。果ては、早崎くんの腕に糞をして逃げた。


「……心が折れました。これ、買ったばかりのポールスミスなんです」

 うなだれた早崎くんは、ティッシュで糞を拭いながら負けを宣言した。

 途端、三羽そろって机上に並ぶ。

「飯!」

「飯!」

「吾ら食事を要求するで、ましまし」

 わめきながら、わたしを見上げる目は真っ黒だ。

 何を考えているのか、計り知れない。恐竜の成れの果てと言われているだけあって、無慈悲な暗闇に見えては……こないな。多分こいつらにあるのは、食い気だけだろう。

 事務所の時計が一時をつげる。会議室で、お弁当派の面々が席を立つ音がしだした。

 まずい。職務に全く関係のないこいつらを、社の人間に見せるわけにはいかない。見つけられた時の皆の反応が、想像つかない。わたしは、空のメジロボールを急いで引き出しに放り込んだ。不本意だが、今はこいつらを隠そう。


「スーパーに連れて行ってやる」

 そう言って、背広のポケットを開けてみせる。三羽は動かない。

「蜜柑が売っているぞ」

 蜜柑というワードに、一羽がぴくりと動いた。

「買ってやる。美味いぞ」

「どうするで、あります?」

 三羽のなかで躯のでかい一羽が、左右の二羽に、そっと声をかける。

「リンゴやバナナも売っている。好きか?」

「好きで、ましまし!」

 小柄な一羽が喜色のにじんだ声で言うなり、ポケットにダイブする。残り二羽も後に続いた。よしよし。鳥っぽいだけあって、単純頭だ。

 わたしは事務所に人が戻ってくる一歩手前で、鞄をひっつかみ外へと逃げた。無論、ホワイトボードに「前迫/営業まわり」と書くのは忘れない。社会人たる者、ほうれんそうを無視してはならないからだ。

 早崎くんが追ってくる。

「主任。ソレどうするんすか?」

「まず餌を、」

「ご飯で、あります!」

 わたしの言葉にかぶる勢いで、ポケットの中の一羽がすかさず言う。

「吾らに対して、餌などと失礼で、あります」

「そのように言われるとは不本意で、ましまし」

「……食べ物をあたえて、静かにさせる」

 不本意だと叫びたいのは、わたしである。

 しかしここで議論するのは分が悪い。なにせ天下の公道。ポケットから顔をのぞかせるメジロもどきとお話しをするアラサーサラリーマン。怪奇というよりは、痛い。イタすぎる。


「じゃあボクは……」

「お前は予定通りに午後のスケジュールをこなしてくれ。わたしもすぐ追いつくから」

「分かりました。ところでモカは?」

「あるわけないだろう」

 ナニ言ってんだ。こいつは。

「ですよねーー。じゃあ缶コーヒーは?」

「自腹で購入しろ」

 わたしの言葉に、早崎くんの肩がやや落ちる。

 たかが百二十円で、どうしてそこまでわたしに奢らせたいのか、理解に苦しむ。スーパーだったら、九十八円で買えるだろう。人知れず借金生活でも、お前は送っているのか。だったら、ポールスミスの背広なんて買うなよ、まったく。

 わたしは早崎くんをおっぱらって、商店街のスーパーサンシャインへ向かった。


 蜜柑とバナナに、はしゃぐこいつらを黙らせ、(声をだしたら飯はやらんと、脅かした。まるでチビっこの躾だ。まだ独身なのに!!)わたしはクジ引き所へと走った。

 蜜柑とバナナは、いわば餞別だ。生き物を手にしてしまったが、とても飼育できるとは思えない。不甲斐ないわたしを許してくれ。そういう気持ちをこめての出血大サービスのつもりだった。だと言うのに、ナイ。ついさっき。一時間前にはあったカウンターも。段ボールの山も。法被を着た男もいない。

 勘違いかもしれない。しっかりしろ、前迫篤! 己を鼓舞して商店街のアーケードを歩き回った。だが、ナイ。いくら探してもナイ。なんてこった。どうするんだ、コレ。

 途方にくれポケットをチラと開ける。ついでにコレらも消えてくれないだろうか。そういう願いをこめて見下ろしたが、現実はただただ厳しかった。


「ご飯の時間で、ありますか?」

「待っていたで、あります」

「お腹。ペコペコで、ましまし!」

 消えるわけもなく。餌を強請るため、さらに黒目を光らせたメジロもどき共は、一際たかく声をあげたのだった。

 

 奇天烈なメジロボール事件から一週間が過ぎた。わたしの左右の肩には、三羽のメジロが止まっている。鳥っぽいではなく、変てこな鳥だ。そう認識をすることにした。

 奴らは仕事中も離れない。取引先のご婦人などからは、「まあ。可愛い」と好評だ。だが中身は得体の知れない鳥である。第一、野生のメジロの捕獲、飼育は禁止されている。

 その点を問いただすと、「野生ではないので、あります」「メジロボールのメジロで、あります」「安心して養ってくださいで、ましまし」と、いっかな気にする素振りもない。

 奴らは机のうえに置かれている皿のうえに乗り、蜜柑を食べる。

 皿は事務員の広瀬さんが百均で買い求めたものだ。わたしが頼んだわけではない。自主的に彼女が買ってきたものだ。どうにもメジロ共は、おんな受けが良いのであった。

「む。蜜柑の汁が飛びますな」

「どうにも蜜柑汁がとんだままにしておくと、痒くなってくるので、あります」

「大変申し訳ありません。おしぼりが欲しいで、ましまし」

 なんと我が儘な輩であろうか。わたしが幾分むっとして、「野性のメジロはおしぼりなど使わんだろう。お前ら軟弱すぎないか?」そう言うと、三羽そろってわめきだす。

「酷いであります」

「吾らメジロボールのメジロに対する誹謗。聞き捨てならないでありますな」

「謝って欲しいで、ましまし」

 三羽揃って囀りだすと、姦しいことこの上ない。わたしは耳を覆って席を立つ。


 広瀬さんが、「ああ。はいはい」やけに甘い声で、ハンケチをメジロ共に持って行く。その顔は慈愛で輝いている。言っておくが、わたしは広瀬さんとそういった関係ではない。

 わたしはアラサー。彼女は大学生の息子さんのいるご婦人だ。経理を担当していて、期日切れの領収書などを持って行くと、それはもう怒る。これでもかと怒る。ならば自腹をきった方がマシであろうと思う程だ。

 それなのに何だ。あのメジロ共に対する甘やかしは。わたしは憤慨しながら、営業鞄を片手に外へ出た。

「主任どちらに?」

 戸口ですれ違った早崎くんが聞いてくる。わたしはそれを無視して、足早に去って行く。

 寒風吹きすさぶ十二月。いつにも増して、寒さが厳しい。すくめた肩がなにやらすうすうして感じるのは気のせいだ。


 

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