白い白い、光のかけら。

冬石

第1話 ふたり

 花火大会のその日は桂が高熱を出したため、見に行くのは中止となった。実は残念だけどしかたがないねと明るく装い笑った。桂は両親の目を盗み、家から抜け出した。何度も何度も実は帰ろうと言ったが桂は実の手を引き走り続けた。遠くで音が聞こえる。


 二人で見上げたのは、夜空に咲いた、白い白い光の花だった。

 桂と実はそろって、国連学校へ進んだ。

 国際情勢、そもそもすでに国というものの存在があやふやになり始めており、思想どうしのぶつかり合いによる紛争で人類は何度も大きな戦争を繰り返し、住める土地は少なくなってきており移住者たちにより自治区が点在するようになっていた。その中から優秀な者を国際連合は選び、家族ごと綺麗に整理され安全の保証された土地に連れて行った。


 桂と実の場合は親が子ども時代に国連に選抜され、国連の土地で生まれた世代である。ふたりは国連の保護基準テストをクリアし居住を認可されている。されなかった場合どうなるのかあまり考えないように実は努めてきた。

「実、青津くんと仲いいんでしょ?」


 誰がかっこいいかという話題になると、決まって桂の名前が出た。


 青津桂は無口だった。昔とは違い、笑わなくなった。講義以外の時間は、をヘッドフォンし、うつむいて古いゲーム機をいじっていた。何を考えているのかわからない。無表情で陰鬱な雰囲気を纏い、他人を寄せ付けようとはしない。桂は、昔と違い自分の世界へ閉じこもってしまったかのようになった。誰とも必要最低限のことしか話さない。人と目を合わさない。あんなに将来を誓い合った実でさえも。


 進学と同時に桂は実から離れていった。新しい友人を紹介しようとした時にはすでに感情の届かない距離にいた。変ってしまったのだと、実は寂しく思う。思春期という言葉ひとつで大人たちは片づけてしまう。そういう簡単な問題ではないのにと実は深く怒りを積もらせていた。

「いや、別に、両親が仲良かっただけだよ」

 口癖になりつつある。桂は幼なじみということを差し引いても、かっこいい。密かに桂を好きな子が何人もいることだって実は知っている。


 嫌でたまらなかった。上辺しか見てないあんたたちに、何がわかるのだと。叫びたくなるのを堪える。


 実にとって桂だけは特別な存在だ、自分が存在しても良い理由であった。


 桂は実を必要とし実は桂を必要とし合っていたあの頃がとても恋しくてたまらない。


 世界が崩壊の危機に瀕していると知った時も自分たちがもしかすると世界から必要とされなくなり捨てられるかもしれないと知った時も、桂と実は固く手を握り合い、絶対に離さないと誓い合った。例え世界がどうなろうとも自分たちだけはずっと一緒だと、約束を交わし泣いた。信じられるものは互いの存在で十分だった。


 そんな契約は脆くも崩れ去ってしまうなど幼い日のふたりは考えもしなかった。


 先に繋いでいた手を解いたのは桂だった。もう二度と戻れないのだと、実はしばらくして理解した。


 反動で森山実は誰とでも良く話すようになった。昔の引っ込み思案で泣いてばかりとは変わった。流行の髪形にし、新しい友人たちと毎日放課後遊んだ。


 もう手を引いて笑いかけてくれる桂は存在しないのだ、もうどこにも優しくて温かかった桂は泡になり消えてしまった。悲しくてたまらず何度仲を戻そうとしたろうか。それでも桂はもう実に笑いかけはしなかった。実ばかり虚しくから空回りして、いつしか距離を置くことを受け入れた。大人になるというのはこういう事なのだと。


 納得したくはなかったがするしかないのが現実である。


 実は、他人と積極的に関わった。学校の行事役員も自分から進んでやり、誰もやりたがらない雑務もこなした。そうしなければ上手く生きていける気がしなかったからだ。そして桂が側にいない今、ひとりになれば学校で孤立することになる。ひとりはいやだった。


 自分に自信が無かった。ここに存在しても良いというものが見つけられず苦悩していた。実の隣には、生まれてからずっと桂がいた。当たり前だった。どうして今、隣にいてくれないのか考えると胸が痛くてたまらず泣きそうになる。


 強くならなければと思った、泣き虫な自分のままではいけないのだと。


 それぞれの人生があるのだと理解したのは、入学式の日。桂がひとり先に登校した朝だった。


 桂は昔のように「みのりちゃん」と目を細め笑っては、もうくれない。それだけで泣きたくなった。

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