第5話 偉大なる愛

「それはそうとして姉御、身体は大丈夫ですか? 呪いの欠片とかあったら新入りさんの告白の力でヨリンゲルさんに治療してもらった方が……」

「えっ? う、うーん……どうなのかしら……? 確かに、少しだけふらついてるかもしれないけど……」

「それは大変です。新入りさん! 出番ですよ!」

「えっ!?」


 シリアスにしたのにもかかわらずすぐに雰囲気を戻されてレイナとエクスは若干慌てる。しかし、流石にタオが突っ込みを入れた。


「オイオイ、それどころじゃねぇだろ……物語の主要メンバーが揃ったって言うのにカオステラーが見つかってないんだぜ? まぁ、近くにいるらしいけどよ……」

「そ、そうよ! すぐに調律しないと……」


(姉御も少し告白を期待していた癖に……)


 ふらついてもいないが微妙に言葉を求めようとしていたレイナにシェインは半眼でそんなことを思うが、事実として現状に問題があるのでそれには触れずに話を進める。


「……登場人物って後、誰がいました?」

「考えられるのは魔女しかいないわね……!? カオステラーの気配だわ!」


 レイナの反応に素早く全員が反応し、彼女の視線の先に対して警戒する。そこから現れたのは先程ヨリンゲルが戦場から遠ざけようとしていた少女だった。どこの想区にもいそうな普通の格好をしている5歳前後の少女はその手にヨリンゲルと同じような、しかし彼女の身の丈もあるベルの付いた杖をつきながらこちらに歩いて来ていた。


「メリー……」


 先程までと様子が違う少女の名を呆然とした様子で呼ぶヨリンゲル。親しげな呼びかけにヨリンデが過敏に反応するが、流石に空気を読んだのか監禁の予定を強化するだけにとどまったようだ。

 対する少女は見た目にそぐわない艶やかな笑みを浮かべると仕方なさそうに言った。


「……流石、調律の巫女御一行といったところでしょうかね?」

「知ってるなら話が早いわ。覚悟しなさい!」


 さっさとこの想区から出て行きたい上、先程の醜態をなかったことにしようと目論んでいるレイナは殊更格好良くそう言ってみせた。それに対してメリーと呼ばれた少女はやれやれといった表情で肩を竦ませると杖を掲げて姿を変える。


「あれは……! 魔女!」


 ヨリンデが変貌した姿を見て短く叫ぶ。それに呼応してタオも声を上げた。


「何ぃ!?」

「これはこれは…………魔女?」


 シェインの疑問符が付く言葉とほぼ同時に変身を完了して見せた魔女の姿は長い菫色の髪にフリルがふんだんにあしらわれ、リボンがついたカチューシャを乗せ、フリルとレースがこれでもかとつけられたゴシックドレスを身に纏っていた。

 目の色も赤に変わり、あどけなかった表情は少しだけシャープな目つきに変わってレイナたちを見据えていた。


 しかし、どう見ても魔女と呼ぶには年齢が足りていない。


「……さぁ、これが我の真の姿だ……」

「失礼ですけど、可愛いですね」

「なめるな!」


 シェインの言葉に魔女、いや魔法少女は怒った。その言葉に応じるが如く烈風が吹き荒れレイナを吹き飛ばす。


「きゃあっ!」

「大丈夫!?」


 すぐさまエクスが抱き留めると魔法少女はそれをじっと見ていた。何かに期待する顔だ。しかし、レイナたちはカオステラーが目の前にいると言うことで既に戦闘モードに入った。


「覚悟しなさい!」

「……とうに覚悟など出来ておる。かかってくるがよい」


 体躯に似合わぬ尊大な言葉。それに呼応するが如く周囲からヴィランが現れ、それとほぼ同時に再び脅威が訪れる。


「レディ・ホーク……!? それに、ホロウ・ガーディアンまで!」

「強き者が現れたら消えるんじゃなかったんですかね?」


 銀翼の猛禽であるハーピーは兎も角、意思のある滅びゆく世界の王国の剣闘士だったホロウ・ガーディアンまで現れたことに驚きを禁じ得ない一行。そんな一行の慌てふためく顔で魔法少女は気を良くして笑った。


「なぁに……呼んだら来た。それだけのこと……」

「原理はよく分かってないみたいですね」


 シェインがバッサリ切り捨てた後、戦闘準備を整えた一行はヴィランたちを叩きにかかる。魔法少女は不機嫌になったが敵の機嫌など気にしていては戦闘にならない。


「……まぁ、攻略法はレディ・ホークもホロウ・ガーディアンも同じだからね……」


 レイナが呟いた通り、過去の戦いからレディ・ホークとホロウ・ガーディアンの攻略法は大体わかっている。彼女たちは正面に対しての攻撃しか持たないので攻撃モーションに入ってから避ければいいだけのことだ。

 しかし、それを許さないのが魔法少女だった。彼女は最初、杖から魔弾を繰り出していたが難なく避けられるのを見ると杖を振い、突如として大量の黒い羊を召喚し、怒涛の全面攻撃を繰り出してきた。


「【怒涛の羊ブラック・シープ】!」

「こんなの避けられないじゃない!」

「撃ち抜きます!」

「うにゃぁっ!」


 シェインが発す巨大な光の奔流により魔法少女は宙に投げ出された。そうなると彼女は魔術を繰り出せないようだ。しかも、自らの周囲には羊は呼び出せないらしく、彼女の至近距離はがら空きだ。


「これなら……!」

「タオ兄! 新入りさん! 今の内に!」

「おう!」

「任せて!」


 シェインの援護により連携に隙を作り、レイナが回復を務めることでタオがレディ・ホークを、エクスがホロウ・ガーディアンを倒してやっとの思いで少女を追い詰めた。


「これでもう、打つ手なしでしょ……!」

「……まだだ……まだ、諦めぬ……この世界をヨリンゲルに染め上げるまで……!」

「全員ヨリンゲルにするこたぁねえだろ……大体なんでそんなことを?」


 尚も抵抗を止めようとしない魔法少女にタオがそもそもの原因を尋ねた。すると彼女は納得させれば争いを止めてくれるかもしれないと警戒を続けながらも語り始める。


「皆がヨリンゲルのことをヒーローだって、私のお友達皆連れて行かれた後ヨリンゲルと結婚したかったって言ってたから……」

「はぁ?」

「マジで言ってるんですか?」


 少女の話によると


 私有地に入って来た罰として鳥にし、どうせ独りぼっちだったから話し相手にしておこうとした村の若い娘たちとそれなりに仲良くなった魔法少女は彼女たちの運命が書かれている本、【運命の書】に載っている分の物語が終わった後、自由になってからは罰も与えたことだし許して普通の友達になろうとしていたらしい。

 その前提で集まっていた娘たちは例によって恋バナで盛り上がり、「どうせならヒーローと結婚したい」「でもそのヒーローは恋人一筋で無理」「いや、そこがいい」「でも、そこで見ているヨリンデが本当に怖い」などと盛り上がっていたようだ。


 その辺を魔女なりの独自の解釈を行うことで、ならヨリンゲルを増やせばいい。その結論に至り、それには力が足りないなぁと思っていたところ、何か変な力の流れを感じて取り込んでみたら出来た。ということだった。


 その話を聞いてタオが嘆息する。


「……ヨリンゲルのどこがそんなにいいのか……」

「顔らしいぞ?前髪を上げたら目が潰れる程に格好いいらしい。まぁ我には通じないがな。それから一途な所とかがいいらしい。これも我にはよくわからんが……」

「あぁ、僕の罪深き顔が数多の婦女子を乱してしまったようです……悲しいことだ……この素顔はヨリンデだけのものであるのに……」


 何となく全員が目の前の少女よりもヨリンゲルを叩きのめしたい気分になった。そんな彼女の元に村の少女が駆け寄る。


「それは違うわ魔女様! お願いだからもう止めて! いくら顔が良くてもあの性格は絶対に無理よ! 所詮幻想は幻想だったの!」

「む? そうなのか?」

「えぇ! 村に大量のヨリンゲルが生じて本っ当骨身に沁みたわ……それに、増えた傍から異性との仲が一定ラインを越えたヨリンゲルをヨリンデが監禁を始める姿とか、でっかいヨリンゲルを作ろうとか言い始めるヨリンデを見てドン引きしてるの!」

「……そうか……」

「じゃ、じゃあ調律を始めるわよ?」


 あっさりと抵抗を止めた魔女にレイナの調律が始まる。


「混沌の渦に呑まれし語り部よ。我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし……」


 世界からヨリンゲルが消えて行き、正常な世界が現れていく。それら全てを終えた時に、彼女たちの記憶はないだろう。しかし、少なくとも物語を終えた後、ヨリンデとヨリンゲルのカップルを見たら混沌の坩堝にあったあの世界よりも素晴らしい世界が織り成されることになるであろうことだけは確実だった。


「……酷い世界だった……」

「……そう言えば姉御とか新入りさんはヨリンゲルとコネクトしている時ってどんな気分になるんですか?」

「「……答えたくない」」

「ちょっとやってみてもらっても……」

「「いや(だ)よ!」」


 ヨリンデとヨリンゲルの想区を抜けようと【沈黙の霧】へと進む一行はそんな会話をしていた。すると背後から大きな声が聞こえる。


「愛する人たちよ、待っておくれぇ~っ!」

「あっ、ヤバ」

「えぇ!? 何でこんな所にヨリンゲルが!?」

「シェインが噂するからだろ!」

「……何の用だろうね?」


 一応逃げながらエクスがそう漏らすとどうやって聞き取ったのか分からないがヨリンゲルが叫ぶ。


「この世界を救ってくれたお礼の話をしたいんだ! 感謝の念と愛をこめて僕と一緒に……」

「ヨリンゲル? 私じゃない別の女の声がしたんだけど……」

「あぁヨリンデ、ちょっと待っておくれ。この世界を救った英雄たちが……」


 後ろにいる気配が増えた。一行は駆け足で先を急ぐ。


「何で覚えてるんですかね!?」

「知らないわよ!」

「ほら! 女の声が……! 許せない……!」

「あ、愛の力は偉大な~り!」


 叫び声が聞こえたが、一行は足を止めることなく全力でこの想区を後にした。



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ヨリンゲルラプソディー 迷夢 @zuimokujin

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