グリムノーツ 勇気の森~エーデルの想区~

嶋本元成

第一話 灰の砂漠


 広大な森の中で、一人の女の子が生まれました。

 名前は「エーデル」

 彼女は活発な女の子で、母親のもとですくすくと育ちました。

 しかしある日、森は大きな火事になり、みるみるうちに炎は燃え広がりました。

 火事の中、その母親は娘に一粒の種を託します。

 「これは『根源の種子』。約束。これを大地の中心に植えて……」

 そこまで言うと、母親は炎に包まれてしまいました。

 結局火は全てを燃やし尽くしてしまい、少女は何もない世界で一人になりました。

 それでも、エーデルはめげずに旅に出ます。

 母との約束を守るために……。


「ここは……」

 四人は絶句した。

 深く濃い霧を脱出し、『空白の書』の所有者たるが故の期待とたかぶりを抱きながら踏み出した未開の『想区』。

 しかし、彼らが描いた色とりどりの想像は、果たして粉々に打ち砕かれてしまった。

「何も……ないの?」

 レイナは信じられないように、誰でもない誰かにそう訪ねた。

 普段はクールなシェインも口を両手で抑え、タオでさえ驚きを隠せないでいる。

 そう、ここは彼女が言うとおり、全てが荒廃してしまった想区。かつて存在した鮮緑に染まった世界はすでに灰と炭に変わり、見る影もない。無情にも登る太陽の光がそのモノクロの風景を遠くかなたまで照らしている。

 ――灰色の砂漠。

「ここが、次の想区……」

 エクスは真剣な、深刻な面持ちでそう言った。存外、メンバーの中では新人の彼が一番落ち着いているかもしれない。いや、新入りであるからこその順応性だろうか。いずれにしても、彼らの中でいつもどおり平穏でいられる者は誰ひとりとしていなかった。

「とんでもねえ場所だな」

 あくまでタオは強気な姿勢を崩さない。しかし、脂汗を垂らしながら出た笑いはなかなかに苦いものだった。

「こんなに何もなくては、誰に状況を尋ねることもできそうにないですね……」

「いや……それでも、想区には少なくとも『主人公』がいるはずよ。誰もいないなんてことはないはず」

 想区には必ず『主役』と呼ばれるその世界の中心人物が存在する。

 シェインは「それもそうですね」と小さく呟き、あたりを見回す。しかし、やはり誰もいない。彼女は視線を震わせていて、明らかに動揺しているようだった。タオは妹分である彼女の、そのほっそりとした肩にそっと手を置いた。

 青髪の少年は、おもむろに地面を足で小突いた。地面は簡単に割れ、細かな粒子が舞う。

「四方八方灰色の世界……」

 これでは進むことさえできない。レイナは言外にそう言うとそこにしゃがみ込んでしまった。

 今まで、道ありし道を進んできた彼らは、この現状に踏み出すことができないでいた。

 一歩踏み出したその道が天国が地獄か――。

 想区を巡る旅にも慣れ、着々と成長を辿る少年少女。

 英雄ヒーローとともに駆け、数多の『主役』を救済してきた少年少女。

 けれども、無の世界を切り開くにはどうしても……何かが足りない。

 誰も、一歩も踏み出さぬまま、数分がったその時。

「あれは……?」

 虚無の間の静寂を破ったのはシェインだった。

 あとの三人も、シェインの見つめる先を追う。

 よく見ると、こちらに向かって何やら駆けてくる人影が見える。

 タオが身構え、レイナも立ち上がる。

「――! ――――!!」

 それは、どうやら少女のようだ。

「女の子、みたいだね」

 緑色のワンピース。裾がひらひらとして、手には茶色のグローブをしている。髪の毛はレイナよりも少し濃いクリーム色だ。

 しかし、その身なりはイマイチよくない。

「逃げるのおおおおおおお!!」

 彼女は全力で一行のもとへ走ってくる。

 なんだなんだと見ているうちに、すでに体当たりをするような勢いになっている。

「お、おいおい! 止まれ止まれ!」

 タオが声を投げると、少女ははっと顔を上げた。同時に足を絡ませて四人の目の前でずっこける。

「……だ、大丈夫?」

「なんだ? このちびっこは」

 小柄な少女をレイナがそっと持ち上げる。服も顔も真っ黒に汚れてしまっている。

「う、う~ん」

 彼女の目は大きなエメラルドのようにキラキラと輝いている。

 レイナは少女を立たせ、服の汚れを落としてやった。

「あ、ありがとなの……。ん? みんなはだれなの?」

 はっとして少女は身体をレイナから離した。どうやら四人に対して警戒心をもっているようだ。

 少女は小さく、華奢きゃしゃで四人の身長の半分ほどしかない。慌てた様子でこちらを見上げている。

「私はレイナ、こっちはエクス」

 レイナは少女と同じ目線で話す。紹介されると、エクスはにっこりと微笑みかける。すると、少女は二人の顔を交互にせわしなく仰ぐ。

「俺はタオ、このタオ・ファミリーのリーダーだ!」

 続けようとするレイナをタオが遮った。レイナは呆れた様子で首を傾げる。

「りー、だー?」

「お、覚えなくていいから!」

 ほわほわと身体を揺らして繰り返す少女の前でレイナは手をぶんぶんと横に振る。その手振りにタオはむっとしたが、それを察したシェインが口を挟む。

「シェインです。よろしくお願いします」

 いつもの調子でさらっと自己紹介を済ませる。小さくタオが舌打ちしたのを、きっとレイナは気づいていない。

「レイナ……エクス……タオ……シェイン……」

 ゆっくりと少女は名前を復唱する。呼ばれたメンバーが頷き返してやると、少女は嬉しそうに笑顔を作る。頬に愛らしいえくぼがのぞく。

「エーデル。エーデルの名前なの」

「エーデル……よろしくね」

 エクスの言葉に、エーデルはふんふんと頭を縦に振る。

 レイナはエーデルの前にちょこんとかがみ、手を差し伸べた。最初は、はてなと首を傾げる少女だったが、その意図を理解したのかしてないのか、ひ弱な両手できゅっとレイナの手を握り締めた。それは小さくても温かく、とても安心感があった。

「エーデルちゃん。私たちはみんな、あなたの味方よ」

「みかた……なの?」

 レイナの言葉はエーデルには解しかねたらしい。エーデルは体ごと首を傾げる。

「み、か、た……おともだちなの?」

「そう! お友達。だから大丈夫よ」

「わーいなの。おともだち!」

 四人の周りをぴょこぴょこ跳ねるエーテルに、彼らの表情はようやく和らぐ。シェインも平静を取り戻した。

「この子が、この想区の『主役』ですかね?」

 シェインが三人に耳打ちする。

「見たところ、そんな感じだろうな」

「ねえ、エーデルちゃんは、どこから来たの?」

「うーんと……あっちなの!」

 そう言ってエーデルが指したのは、彼女が駆けてきた何もない場所。

 それもそうか、と。エクスは苦笑い。レイナもあははと笑った。

「それじゃあ、エーデルちゃんは……」

 レイナが次の質問をしようとした、その時だ。

 まさに灰から生まれたようなその影は、今まで彼らが飽きるほどに見てきた影。

 影は現れるなり、のろのろとした動きで四人を囲む。

 その数、数十体。

「に、逃げるのおおおお!!」

「え、ええ!?」

 エーデルは影を見るやいなや、突風の如く駆けていった。

 レイナはそれを追いかけようとするが、すぐ黒い魔物に遮られる。

「くそっ、こんなときに!」

 タオは自らの『運命の書』を取り出し、さらにクリスタルで形作られた『導きの栞』をその本に挟む。

 その瞬間、タオの身体は光に包まれた。

 シェインも彼に続き、レイナも慣れた手つきで二人に続く。

「僕に力を貸して……!」

「ヴィランども、覚悟してください」

 『空白の書』の持ち主はその『導きの栞』を挟むことで英雄ヒーロー接続コネクトできる。それは彼らの姿を変え、歴戦の勇者の力を宿すことができる。

 そして、接続コネクトという名の通り彼らは英雄ヒーローの魂と繋がることができる。

 それは

 ――例えば、勇敢な王子であり。

 ――反して、夢見る少女であり。

 ――あるいは、百戦錬磨の騎士である。

 ある者によれば、大槌を振るう蛮勇の姿。またある者によれば、杖を手に舞うウサギの姿。

『おい、あんちゃん! こんな生ぬるい戦いさっさと終わらせようやあ!』

 威勢の良い男の声がタオの心に木霊こだまする。彼の姿はずっしりと堅牢けんろうな鎧に身を包む防御職ディフェンダー。彼の立ち回りはチームの盾になることだが、この程度の敵ならばその必要もない。

『へっ、わかってんよ! 一気にぶっ飛ばすぜ!』

 彼は盾をもつナイトヴィランにハンマーをぶん回しガードを無視して叩き潰す。ヴィランはその無意味な盾を抱いたまま影になり霧散した。

『次、九時の方向』

『了解です』

 冷静沈着なシェインとバディを組むのは、同じくクールな女アーチャー。装備は露出も多く、タオと見比べると非常に頼りないけれど、それを彼女は自身の俊敏しゅんびんなフットワークでカバーする。

 援護に徹する狙撃職シューター。二つの魂が交錯する一つの身体。そこに死角は存在しない。

 文字通り矢継ぎ早に飛び交う光の矢は余すことなく突き刺さり、無数に蔓延はびこっていた巨大な虫のような容姿のウィングヴィランは瞬く間に消滅していく。

 その二人の間を縫うように駆け回るのは今は攻撃職アタッカーであるエクスとレイナだ。

 片やレイナは大剣を豪快に振り敵を吹き飛ばし、片やエクスはナイフで一体一体着実に処理する。

「全部倒してるとキリがないわ! とにかく道を開きましょう!」

 レイナが指揮すると、一斉攻撃によりヴィランが散り散りに吹き飛ばされ、活路が開ける。影は音もなく消滅し、また音もなく生まれてくる。

「行こう!」


*


 モノクロの世界を駆ける。

 一見平らな大地だが、たまに山になっている部分もあれば、うっかり躓いてしまうような小さな穴もある。そんな障害に四苦八苦しながらも一行はエーデルの後を追う。

 その身体のわりに走るスピードは不思議と速く、彼らがヴィランを撒いたころには地平線の傍まで来ていた。

「む、むだにはえーな。あのちびっこ」

「急ぐわよ」

 そう言って道なき道を走る彼らの前に、またしてもヴィランが現れる。

 再び四人は『導きの栞』の効果によってその手に力を宿す。

「エーデルの周りからヴィランが現れているのかな?」

「そうだったら、なおさら急がなきゃ」

 エクスは精悍せいかんな青年の少し低めの声でレイナに言った。対してレイナは穏やかな僧侶の声で返す。厚着のローブがには暑苦しく思える。

 エーデルの周りからヴィランが現れる……それは、彼女がこの想区の『主役』である可能性が高いことを意味する。『主役』の危機は想区の危機。『主役』が消えてしまえば想区は滅びてしまう。

「倒しても、倒してもっ! 湧いてきますね」

 シェインが光弾を操る魔術師になると、光の玉が影に吸い込まれるように発射される。

「でも、焦っちゃダメだよ! ダメージは却ってロスになる」

「しゃらくせえ! 一気にぶっとばしてやらあ!」

 軽やかなフットワークで背後を取り、丁寧な剣さばきで敵を仕留めるエクス。

 エクスとは対照的に防御力を急激に高め、ひしめくヴィランにも臆せず大斧を豪快に振り回すタオ。若干英雄ヒーローの意思と己の意思が混濁しているようにも見受けられる。

「安心して、みんなは私が守る」

 回復職ヒーラーのレイナが呪文を唱えると祝福の光が三人のもとに湧き出る。そして、彼女に近づくものは魔擊で返り討ちにあう。

 順調に魔物を消す彼らだが、一方で視界の端から遠ざかっていくエーデルの存在。それが、導きを与えてくれた英雄ヒーローの隙を生む。

「うっ!」

 レイナの背後に魔術を扱うゴーストヴィランが忍び寄る。彼女の背中に燃えるような痛みが走ると、すぐさま反撃に出るが、如何せん腕が足りない。回復と迎撃を行い最も集中力を必要とする彼女に、今余裕はない。

「ぐっ……がっ!」

 力の継ぎ目を見誤り、無防備のままヴィランの群れに突っ込んでしまう。勢いが衰えたとこに影は束になり襲い来る。彼は袋叩きに会い、身動きがとれなくなってしまう。

「レイナ! 僕がヴィランを追っ払うから、タオの回復を!」

「タオ兄、頑張って抜け出してください。ぶっぱなします」

 他人事みたいに言いやがる。

 どうやら、昨日時間をかけて調整した武器の力試しをしようというようだ。顔が武器マニアのそれになっている。暗い笑みを作り、ひどく楽しげだ。

 呪文を唱える間、タオは斧を持ったまま一回転することでヴィランを退かせた。どうにか一体葬り抜け道を作る。そのタオの背中を掴みにかかった大量のヴィランに向けて、シェインの魔弾が唸りを上げる。

「はああああああ!!」

 膨れ上がった光球は影共の付近に着弾すると景気よく弾ける。さらに小さく散乱した光球が辺りに落ちるとまた弾け、爆発の連鎖が起きる。

 その猛攻に耐えうるすべもなく、ヴィランたちは地に飲み込まれていった。

「二人揃って派手にやるなぁ」

「感心してる場合じゃないわよ! 追いましょう」

 シェインの活躍により開けた活路を指差し四人は駆け出した。

 日はまだ高い。


*

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