Synthetic School

南雲 楼

序章 非日常な日常に

 背後で響く爆音。焼けつくほど乾いた喉。爆音が落ち着き、自分の呼吸音ばかりが耳につく。真新しい学校の廊下を必死に走る、駆ける。


「何なんだよ……」


 相崎あいざき久炉くろは無意識的に喉から絞られたような声を漏らした。気管が痛い。風邪も引いていないのにつけているマスクのせいで吐息が籠り、余計に喉が痛む。

まだ四月上旬だというのに、汗が滲んだ。短い黒髪が額や頬に貼り付く。だが、気に留めている暇はない。


 新設校である白磁学園の廊下は傷も少なく、新しい。そんな綺麗な廊下は爆発で所々抉れてしまっていた。今、久炉が駆けている部分がそうなるのも時間の問題だ。


 走る足を緩めず、ちらりと背後を窺う。余裕を感じさせる動きで追いかけてくる人間。どこで買ってきたのか分からない悪趣味な仮面。体格はあまり大きくない。仮面で隠しきれていない長い黒髪と、胸に微かなふくらみがあることから女子のようだ。


 そんな少女が爆発を起こしている張本人だった。


 そして、久炉は彼女に追われていた。心当たりはなくはない。



「クソ……めんどくせえにも程があるっての」


 久炉は女子しからぬ口調で苛立ちを噛みしめた。それと同時に、耳元でパチッと何かが弾ける音がした。――爆発が来る。


 足に渾身の力を込めて前に飛び出した。浮遊感。滅多に味わうことのない感覚。飛んだ体は重力に従い、床に引き寄せられる。だが、床に足がつくことはなかった。


 轟音。発生した熱風。女子の平均より少し小さな久炉の身体は発生した暴風に煽られ、床に叩きつけられた。膝を強く打ち据える。

 視線をやると、はいていたジャージに小さな穴が開いていた。買ったばっかだってのに。痛みで冷静になったのか、場違いな思考が頭を過った。


 今はジャージなどどうでもいい。手をついて体を起こす。振り返ると、少女は歩みを緩めて、久炉の元へと近づいていた。



「お前……何なんだよ……」


「何って……」


 少女は少し首を傾げて答えた。仮面の穴から瞳が覗く。


「せっかくの魔法なんだから楽しまないと損でしょ? それに――あの制度の事もあるんだから積極的に戦わないと」


 楽しげに、さも当然のように。少女は答えた。そうかよ、と鼻で笑って彼女の言葉を一蹴する。彼女はどうにも、この新生活が気に入ったらしい。



 “魔法学園”。


 この非日常な空間での日常。久炉にとっては受け入れがたかった事柄。それが彼女に問っては嬉しくてたまらないようだ。瞳は仮面の穴の奥で、瞳に意思でも宿ってしまったかのように、嬉々とした輝きを湛えている。


「まあいいじゃない。ねっ?」


 少女は弾んだ語調で呟くと、左手を掲げた。左手首に銀色の腕輪がはまっている。その一点、遠目に見ると白い部分に、薄い蜜柑色の光が灯った。


 パチッ、と軽い警鐘。まずい。膝の痛みを意識から追い出し、再び駆けだした。本日何度聞いたかも忘れた爆発音。


「逃げないでよ、生徒会長さん」


「好きで会長とかなったんじゃねえっての!」


 少女の揶揄するような声色につい声を荒げる。この学校の制度に則って魔法バトルをするなんてお断りだ。楽しげに魔法で襲ってくるような人間の相手などできるわけがない。それに、そもそも魔法の使い方なんて分からない。


 距離を詰めてくる少女に向かってポケットに入っていた折り畳み式の携帯を投げつけた。ガンと音がして彼女の仮面の目の部分に直撃する。ちょうど角が当たったのか、彼女は目を押さえて足を止めた。


 ――隙あり。携帯電話を拾うこともせず、廊下を蹴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る