石造りの天井が現れ、地面や壁も同じ石造りに変わり、一行は墓所へと踏み入れたことになる。

 後方から差している陽の明かりで周囲が見渡せるため、しばらくは灯かりを付けずに歩けた。

 しかし、やがて曲り角が現れそこを曲がると、陽の光も遠のき、暗さが増す。

 幾つかの分岐が見られるようになる。

 持参したカンテラを、ヨッドが燈した。

 

「迷路みたい……迷わないかな?」

 不安げに、クーが呟く。

 

「元々は、街の人が参りに訪れていたわけだし、はっきり墓所とわかっているんだから、人を迷わす構造にはなっていないだろう」

 ホリルがそう答える。

 

 一度、分岐のすぐ先に扉があり、開けると何もない一室があるだけのところに行き当たったが、すぐに引き返し、しかし地図もないため感と当てずっぽうで幾つかの分岐を進むと、おそらく広間と思われる開けた間に辿り着いた。

 数十人は人を収容できる広さがあり、人や魔物の気配はなく灯かりで照らしたところ怪しいところもないと思われた。一行が出てきたのと反対の壁に、三つ木の扉が並んでいる。

 

 石造りの間には苔が生え、主のいない蜘蛛の巣だけが随所に掛かり、ところどころ欠け落ちた石の破片や、他には訪問者の落としたゴミだろうか空の瓶や何かの布、木片などが落ちており、大変古い印象を与えた。

 真ん中の扉を開け、一行は進む。

 扉を開けた先は、最初よりはまだ随分広い通路で、やがて、脇に棺桶らしい物が等間隔で並んでいるのを確認できた。

 通路は、延々続くようである。

 周囲の壁には、よく見ると何のまじないなのか不明な古い模様が彫られている。

 

「棺桶があるってことは、ここが墓所の中心部でしょうね?」

 

「そうなるかな。ヨッド、ミコシエさんも、とくに異常はないですか?」

 

「ああ、私は大丈夫だ」

 ミコシエが答える。

 

「うむ……」

 少し遅れて、ヨッドも答える。

 

「それから、エルゾッコもきちんと私の横を歩いているよ」

 ミコシエが付け加える。

 

「ミコシエさんは、こんなくらい暗い場所でもお好き?」

「墓は、嫌いではないが、長居はしたくはないかな」

「ああ、よかった。そうね、そうよね」

「むっ」

「えっ? 何、ミコシエさん?」

「いや、エルゾッコが少々唸っているようだが」

 

「皆さん、この先に扉が一つあります。通路はこれで終わりかな?」

 先頭を歩いているホリルが言う。

 

 ホリルのすぐ後ろには、カンテラで道を照らすヨッド。

 そのヨッドが、

「私よりもその犬の鼻のが効くようですね。どうやら、来ますよ」

 と言った。

 

 エルゾッコが、吠える。

 

「犬とか言われて、怒ってるんじゃないの?」

 クーは冗談めかして言ったが、一行の緊張が高まる。

 

 今や、ぞわぞわと周囲で何かが蠢く気配を、全員が感じ取っていた。

 やがてそれは、目に見える形となり、一行の前に姿を現した。

 進行方向の扉の前から、これまで歩いてきた通路の後方から、横にある棺桶の方から、続々と悪霊が現れ、一行を囲んだ形だ。

 

 悪霊は半透明の人型だが、手足等身体の先端部分は薄くなりほとんど見えない。

 表情もほとんど消えて、見えなかった。

 ただ、人型をしているものの、ここに葬られている人達の死霊なのかというとそうなのかどうかもわからない。

 印象としては、人よりも、獲物を狙い飛びかかろうとしている獣を思わせる。

 出現する目的も、わからなかった。

 墓所を守るためなのか、それともただここに住み着くようになっただけなのか。

 古の知恵を持つヨッドにも、わからない。ただ、

 

「敵意に満ちている。攻撃を仕掛けてきますぞ」

 ヨッドはそう言った。

 実際すぐに、前方悪霊の一体が一行目がけて飛びかかってくる。

 ホリルがすかさず剣を抜き打ったが、わかっていたようにすり抜けてしまい、斬ることはできない。

 また二、三体が近づき、飛びかかってくる。

 クーもナイフを抜いて避けざまに切り払うが、同じだ。

 悪霊は、一度攻撃してまた様子を窺い、すぐには飛びかかってはこない。

 皆は円陣を組むように、背中合わせになる。

 

「ミコシエさん、何とかなりますか?」

 

 ミコシエは何も言わずに、一歩前に出て悪霊に対峙した。

 こいつらは……私のしたしい敵に、似ている?

 そうミコシエは感じた。

 おまえたちは、一体何なのだ?

 

 悪霊の様子が少し変わり、ミコシエの周りに集まりだす。

 

「ミコシエさまっ、だ、大丈夫……」

 クーは慌てて、ミコシエに近寄ろうとするが、

「待て。少し様子を見るぞ」

 ヨッドはそう言い、クーを留めた。

 

 ミコシエは少し息を荒くし、肩で息している様子だ。

 

 ミコシエには、この場にいながら、この場ではない場所が広がりつつあった。

 紛れもないそれではなかったが、これまでにあのミコシエにとってしたしい敵達が出てくるときの雰囲気に似ている。

 悪霊達は、半透明ではなく、ただ霧の中にぼんやりとした影のように立って、ミコシエの方を眺めてくる。

 

 一体が、ミコシエ目がけて飛びかかった。

 

「ミコシエさま! 危ないっ」

 クーが叫ぶ。

 

 ミコシエは目を開け、内面から立ち戻り、悪霊を斬った。

 

「や、やったのか?」

 

 悪霊はミコシエを通り過ぎ、体勢を立て直し、ミコシエを見る。

 他の悪霊達も様子を窺うように、漂っている。

 

「斬った、いや、斬れてはいない……?」

「いや、悪霊達の様子が」

 

 悪霊達は段々薄れ、消えていく。

 

「ミコシエさん……」

 

 ホリル達が、ミコシエの傍に寄ってくる。

 

「ミコシエさま、大丈夫?」

「ミコシエさん、やったようです。悪霊を、退けました!」

「ああ……」

 しかし、とミコシエは思う。

 斬ったわけではなかった。手応えも、なかった……ただ、何故か、悪霊は去った。

 それも何故なのかわからなかったが。

 

「ヨッド。これで本当に悪霊は去ったのか?」

 ミコシエはそうヨッドに問う。

 

「もう、気配はない」

 ヨッドはそう言い、ミコシエの横で低く唸っていたエルゾッコも今は落ち着いている。

 

 ホリルは、あなたのおかげです、とミコシエを労ったが、誰の目にも悪霊を実際に斬って倒したわけでないことは明らかだったろうし、さきの悪霊を自身のしたしい敵に近いと感じたミコシエには、結局、斬れなかったのかという思いは残った。

 

 ヨッドはそのミコシエの内心を見てか、ふむ、と頷いた。

 ヨッドはミコシエが聖騎士であることを見抜いたが、今、一方でこの男は聖騎士としてすでに何かを失っている、ということにも薄々と気付き始めたのだ。

 

「とにかくこれで、悪霊は去った。龍を探しましょうか」

 

 ホリルがそのまま先頭で歩き始め、通路突き当たりの扉を開ける。

 すると、さきの広間よりも更に開けた場所に出て、すぐに、空が見えて今はもう陽は暮れて星空が覗けているのが確認できた。

 それは、天井がその一角だけ剥がれ落ちているためであるとわかった。

 天井の位置は大変高く数十メートルはある。

 この大広間には、その天井を支える巨大な柱が幾本も立っていた。

 

「おそらく龍は、あそこから出入りしているのでは? 他にも欠け落ちたりしている箇所があるのかもしれませんが」

「まあ、龍がねぐらにするには、いい具合の広さだな」

「というと龍は、この近くにいる可能性が高い……?」

 

 エルゾッコがウウ、ウウと唸る。

 どうやら、またエルゾッコが発見したらしい。

 そこに確かに、龍はいた。

 砂漠を渡る旅客船よりも巨大なその体を、柱と柱の間の隙間に滑り込ませ、どうやら龍は眠っているらしい。

 眠っているとは言え、その龍の威容に皆の鼓動は高まり、ホリルは、まだ、勇者の儀式が済んでさえいない内に、自分がやられてしまうなんてあり得ない……と思いつつも、身震いした。

 

「け、けど、これを倒すなんて……ないよね」

 クーが力の抜けた笑いをもって、述べる。

「ヨッド? 古い知恵で、何とかしてくれるのでしょ」

 

「む、むう」

 ヨッドもこれには些か、気圧された様子。

 

 ミコシエが前に歩む。

 

「え、ええっ。ミコシエさまちょっと、大丈夫なの?」

 クーは今度はミコシエを止めようにも足がなかなか前には出ない様子だ。

 

「たじろいでいても、仕方なかろう。覚悟を決めねば」

 

「あ、ああ……ミコシエさま。格好いい。けど、龍を起こしちゃったら、あたし達まで巻き込まれない? 火とか吹かれちゃ一発よ」

 

「ミコシエさん、無理はしないで。何でしたら、何か方策を練りましょう」

 

「いや、もう……」

 ヨッドがそう呟く。

 

 龍はすでに目覚め、長い首を上げ、こちらの方に気付いた様子。

 ミコシエはそれに臆することもなく、変わらぬ足取りで少しずつ龍に近づいてゆく。

 

 ミコシエは、龍が自身に語りかけてくるのを感じる。

 

「先程の悪霊どもとの一戦……見ていたが、ひやひやしたぞ」

 

 見ていた?

 ここから、扉の向こうの様子を見ることができたというのか。眠りながらに……無論、龍のことだから、不可能ではないのだろう。

 

「それだけではない。峠を越える際にも何度か、見えない敵に苦戦しておったな」


 それとも、ただミコシエの心のうちを読み取ることができ、その過去に遡って出来事を読み取っているのだろうか。

 いずれにしても、人の心を読む魔術師などよりもずっと上手の、知恵者であり厄介な相手だ。

 

「ミコシエさん、あんなに龍の近くまで行って、大丈夫か? もう龍が手足を動かせば簡単に潰される距離だ」

 

「それにあの龍の目。確実にミコシエさまのことを捉えている」

 

「龍に、魅入られてしまったのではあるまいな。ミコシエ殿……危険だ」

 

 ミコシエ以外の皆には、龍がミコシエを睨み据え、ぐるぐると喉を唸らせているようにしか映らなかった。

 

 ミコシエは、龍が自身に続けて語りかけてくるのを聴いている。

 

「わしは知っているぞ。おまえに〝したしい〟その敵どもを、しっかりと斬ることができる剣をな」

 

 ミコシエは、歩みを止めない。

 

「欲しくはないか……?」

 

 ミコシエは何も答えず、剣の柄に手を添える。

 

「ミコシエさん……あなたは何を。龍を斬るおつもりか?」

 

 その様子を見た一同が、さすがにそれはまずい、と思う。

 

「ミコシエさまぁ!」

「ミコシエ殿。貴殿は龍に魅入られておる。正気に戻られよ! 今、貴殿は龍に何を吹き込まれているのかしれんが、それは偽りだ」

 ヨッドが叫ぶ。

「まやかしだ! 龍の声に、耳を傾けるな!」

 

 ミコシエは、歩みを止めない。

 

「うるさい小蝿が、何か言うておる。おい、聖騎士よ……いや、今のおまえは――」

 龍が言いかけたとき、ミコシエはすっと剣を抜いた。

 

「龍。踊るがいい、私と」

 

「ふはは。無理じゃ。その剣では。いいか、南へ来い。ずっとずっと、南へ、だ。そこでおまえに、特製の剣をプレゼントしてあげよう」

 

 龍は、突然、勢いよくその体を立ち上げ、翼を広げると、開いている天井から夜空目がけて一気に飛び去っていってしまった。

 

 墓所内の瓦礫や石の破片がその風圧に飛び散る。

 埃が舞い上がる。

 

 ホリル達が駆け寄る。

 

「ミ、ミコシエさん……すごいですね、あなたは……悪霊だけでなく、龍までも。何をしたのです? ただ龍が逃げ去った、とも思えない……」

 

「二言三言、言葉を交わしただけだよ」

 

「りゅ、龍と喋ったの? 聴こえなかった……一体何を」

 

「危ういな。ミコシエ殿、龍の言葉は、まやかしに満ちている。そのまま心を連れ去られるかもしれなかったぞ」

 

「とにかく、だ。これで龍は、去ったのだろうか? もうここへ戻ってこないという保障は、あるのでしょうか」

 

 龍を、倒せたわけではない。

 釈然としない思いは残った。

 もし船で出ても、まだ龍が近辺にいて、襲ってきたなら? という不安を拭いきれない。

 ミコシエには、もう龍は戻ってこないだろうという思いがあったが。

 

 皆は結局、食糧にもまだ余裕があるため、もう何日か自分達が近辺に滞在して龍が戻ってこないかを監視することにした。

 龍が飛び去ったのは、街とは反対の方角なので、街へ向かったということもないだろう。

 

 二晩を過ごしたが、龍は戻ってこなかった。

 人々には、ありのままを告げよう、ということで、一行はテイーテイルに戻り船主組合で事の顛末を話した。

 やはり、龍を倒したわけではないのなら、と不安を述べる人もいたが、船を出そうという人も現れ、船を待つ旅人の間にもこの話が広まると、龍が去ったのなら早く船に乗せてくれ、という人も大勢出てきた。

 

「え、僕達も一緒に船に、と……?」

「ええ、はい。何とか、お願いできませんでしょうか。そうすれば、旅人達も安心しますし……御代は、要りませんので」

 

 船乗りは、ホリルらに、もしものときのためにと同行を願い出た。

 

 薬草を採りに行ったハガル達の方は街にはまだ戻っておらず、シシメシを置いていくことにもなってしまうため、そうは行かず、ホリルは断ったが、船乗り達も折れない。

 

「中継地点のオアシスまでは、船で朝出立し、夕刻までには着きます。龍はその間に出没していたので、護衛はそこまででいいのです。一度龍が出ないことがわかれば、皆も安心するでしょうから」

 ということで、一度護衛を引き受け、またテイーテイルに戻ってくる、ということにした。

 

「勿論、勇者様ご一行が正式に砂漠を越える際には、無料で豪華客船をご用意し、特別待遇に致しますから」

 

 こうしてホリルらは、一度オアシスへ向けての船旅に出ることとなった。

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