第3章 麓の村

ハガル

 雨は、雪に変わっている。

 

 峠は下りに入っており、もうこれまでのような森の深さもなくそこに潜む魔の気配も薄れ、心の重たさも軽減されてくる。

 だが、ミコシエにはさきのユミテでの一連の出来事が、引っかかりとなりどこか気分の晴れない面持ちが残る。

 レーネの方は、幾分疲労が見られる以外は、明るく見える。

 

 二日を野宿で過ごした後、峠に戻り初めて大きな動物の気配を感じ、二人は身構えた。

 数メートル離れた茂みの向こうでがざがさと音がして、すぐ茂みから焦げ茶の熊に似た姿が現れる。

 レーネはひどく怯え、ミコシエは獰猛な熊かそれに似た魔物と判断し、剣を抜いて対峙した。

 

「レーネ。時間を稼ぐから、その間にまた火の魔法を」

「え、ええ……!」

 

 が、

「おいおい、まぁ待て」

 と太い人間の声が確かに聴こえ、熊の方から聴こえたのだがと思うが間違いではなく、すると熊の頭の辺りがするりと開けて、人間の顔が現れた。

 無精髭に覆われているが、確かに大人の男のようだ。

 

「ええ? 人……」

「誰だ。何をしている?」

 

 レーネは少し安堵を見せる。

 ミコシエはしかし正体不明の相手に対し、警戒は緩めない。

 

「やあ、それはこっちの台詞、いや、あんたらは旅人だろう? よくこんな時期に峠を越してきたな」

 男の方は、至って平静だ。

「安心しな。これは、毛皮となめし皮で作った特注の服だ。それから俺は、麓の村の者で、ハガルって木こりだ」

 

「じゃあ麓の村が、もう近いの?」

 レーネは村があるということに反応して、聞き返した。

 

「ああ。だが、村はまだ二日は下りないと辿り着けんぞ。俺は、村から離れた見張り小屋で、峠を越えて来る者を見張ってる。あんたらの姿を見つけて、出迎えに来たってわけだ。ま、怪しい者ではないようだな」

 

 一見すればどう見てもそちらの容貌のが怪しい男、ハガルはそう話し、二人をひとまず見張り小屋へと案内してくれた。

 

 見張り小屋へ着くと、男は

「まずは風呂で、冷えた身体を温めるといい」

 と言い、風呂を炊いてくれた。

 

 レーネは、峠を越えてきてようやく人に出会い、麓の村に無事辿り着けそうとのことで、いたく安堵した様子で、ハガルの話にも心安く応じた。

 

「にぃちゃんの方は、あまり元気ないようだが、大丈夫か? 調子は悪くねえか」

「……ああ。大丈夫だよ」

「ミコシエは、無口なだけだから。気にしないで」

 

 

 風呂が炊けたので、レーネから風呂に入るよう、ハガルが勧めた。

 風呂場に向かったレーネが、咳き込んだ様子だったので、心配したのだが、レーネは「大丈夫」と言い、風呂に入っていった。

 

「ふむ」

 ハガルは少し思案する様子で、

「おまえさんは、あの女とはずっと一緒に旅をしているのか」

 とミコシエに聞いた。

 

「いや……峠を越す間に、出会ったのだ。賊や魔物もいるし危険なので、道中守るつもりで一緒に来た」

「そうか」

「そういえば、他に、ここを越えて来る者はなかったかな?」

 

 ミコシエは、ちりぢりになった傭兵集団の生き残りはどうしたろうと思い、聞いた。

 が、この数日でここを通った者はないとハガルは言い、ミコシエはやつら食われたか、と思うのだった。

 

 ハガルはレーネ、次にミコシエと、風呂に入る間に、手料理を準備してくれた。

 その味は、男の無骨な外見からは想像付かぬ細やかで美味な味付けであった。

 

「さあ峠もじき終わりだ。腹ごしらえして、一気に越えるといいぜ。明日の晩は、麓の村でもっと豪勢な料理がたらふく食えるだろう」

 と言うハガルの言葉に、レーネは一層元気づけられたようだった。

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