脱出

 翌朝、目覚めてみると外に霧は出ていないが、不吉な印象を抱かせる曇り空が広がっていた。

 

 レーネの姿は部屋にはなく、すでに起きているらしい。

 ミコシエは、外に出る。

 

 レーネはどこにいるのか、宿の方に戻ってもしかすると鉱泉にでも浸っているのかと思い、見渡すが、ふと、西の空の端に何かが群れているのを見る。

 

 人鳥、のようだった。

 ここに来るまでにも一度、見たと思ったのだが、その人鳥が西の山間の空に気持ち悪いほどの群れを成して、飛んでいる。

 

「ミコシエ、お早う」

 レーネが、離れの反対側の方から歩いてきた。

 

「レーネ……急ごう」

「えっ。もう少し、ゆっくりしていかないの。朝食もまだだし」

「あれを見てくれ」

 

 ミコシエは、西の空を指差す。

 人鳥達は、そこから動くことはないようだが。

 

「うん? 何、あれ、黒雲か何かかしら」

 

 ミコシエは、人鳥という言葉は口にはしなかった。

 口にすればあの不吉な鳥を更に呼び寄せてしまいそうな思いがした。

 

「とにかく、もうこれ以上この土地に留まる必要もない」

「うん……」

 

 ミコシエは必要な荷物を持ち、足早に歩き出す。

 宿にも、寄らなかった。料金は払ってある。

 レーネは、挨拶くらいすればいいのに、と言ったが、ミコシエは振り向くこともしなかった。

 

 低いところに霧が立ち込め始め、通り過ぎる宿や民家はその中に沈んでいるように見えた。

 黙々と歩き、行きに立ち寄った教会も通り過ぎる。

 霧は、ミコシエ達を追い、先回りするようにここにまで立ち込め、教会もまた、影の中に沈んだ廃虚のようにしか見えない。

 

 昼を過ぎても歩き続け、テラス=テラの家々が見えるところまできたとき、雨に見舞われた。

 

「何か、上空が騒がしくない?」

 

 レーネが言うので、雨を避けつつ見ると、空を黒い小さな影が覆っている。人鳥だ。振り返ると、人鳥の飛んでくる向こうの景色は次々に色が消え始めて見える。

 

「雨に煙って白くなっているだけじゃない?」

 とレーネは言うが、ミコシエは更に速度を速めた。

 

 領主館まで辿り着いたとき、雨は最も激しくなった。

 館の扉は閉ざされており、窓には明かりもなく、幾ら呼ばわっても、この激しい雨のため聴こえないのか、扉は開かない。

 

「仕方ないな。急がねば」

 

 ミコシエは少し躊躇ったが、近くの窓を叩き割った。

 

 中は、薄暗い電灯の一つも燈っておらず、廊下に出ても最初に出迎えた老人も、二人いた召使いも姿を見せない。家人の姿もないようだった。

 

 レーネは申し訳ない気持ちがしたが、ミコシエは無言で廊下を通り抜けると、裏口を開け元来た石垣の門を開け、テラス=テラを後にした。

 

 緩やかな丘陵を抜け、徐々に木々が増え、森の中へと入っていく。

 

 その頃には、雨は小降りになっており、空もただの曇り空になっていた。

 振り返ってももう、森の木々が見えるばかりだ。

 歩き通し、夕刻になる時間と思われたが、雨で森の中に入ったため、よくわからなかった。

 ミコシエは、

「もういいだろう」

 と短く言い、足を止め、身を隠せる木陰を探してようやく足を休めた。

 レーネもふう、と息を付く。

 

「ここは……もう、峠に戻ったのかしら?」

「ああ。おそらくな」

 

 ミコシエはそのまま身体を横にして、ひどく疲れた様子で眠ってしまった。

 レーネは魔法の灯かりをともし、濡れそぼった二人の身体を温めた。

 しばらく、魔法の力を高めて周囲に危険がないか探っていたが、迫っている危険もないようだとわかると、レーネも横になり、眠りに就いた。

 

 翌朝早くに起き、しばらくも歩かないうちに、今はもう完全に鎮火しているが山火事があり木々が広範囲に渡って消失しているの見た。

 二人は、完全に元の峠に戻ってきたことを知ることになった。

 

 

(第2章 夢の都ユミテ・了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る