火を抜けて

「ミコシエ……?!」

 

 ミコシエは頬の血を手でふき取り、剣を一振りしてべっとりした魔物の血を振り払った。

 

「大丈夫だ」

「ミコシエ、あなた……あんな……私、恐かった……」

 

 レーネはこの男が本当に正気なのかとまじまじと見つめる。

 

「すまない。大丈夫だ、もう」

 私は取り戻したのだ――とミコシエは小さく呟いて付け加えた。

 

 静かだった。

 また、霧の世界……それが今はパチパチと音を立て、静かに燃えている。

 

「しまったわ、まさかこんなに……」

「魔物を追い払ったんだ。私達の勝利さ」

 

 広まる山火事の中、二人はひた走った。

 ミコシエは左右見渡す。

 霧の中の影法師。

 火の中の影法師。

 動くものはない。

 

「逃げられないかもしれない……道は皆目わからないし、火は、広がるばかりだわ」

 

 レーネが立ち止まる。

 ミコシエは目を閉じた。

 

「逃げられるさ」

「自分の放った火で、焼かれて死ぬなんて、ね」

「こっちだ」

 

 ミコシエは、レーネの手を引いた。

 レーネは驚く。ミコシエも。

 思わず、手を引いていた。

 

 でも、見えたのだ、ミコシエには。

 目を閉じて広がった視界の中に、逃げ道が。

 夢と、火に包まれる今のこの世界のあわいを縫って、走った。

 今迄夢で見えていた世界にも、不思議と起伏が現れていた。景色が変わっている。でも、見覚えがある……辿り着く……そうミコシエは確信した。

 

 視界が開け、霧も火もなかった。

 

 数歩先で森も開けており、夜の丘陵帯が広がっている。

 

「ここは……? どういうこと。霧が開けて……峠を抜けた? あ、ああ。あれは街灯かりだわ?」

 峠の中、霧を抜けたら街が? いぶかしむように呟いて、レーネは前後を見渡す。

 

 後方にも追ってくる火の気配はなかった。

 いつの間にそんなに走ったのだろう。

 

「テラス=テラ……」

 

「えっ」

 

「テラス=テラか」

 

「知っているの? テラス=テラ……ここは一体何処?」

 

「ユミテ国に着いたんだ」

 

 

(第1章 勇者の未亡人・了)

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