起伏

 雪は完全に雨に変わったが、しかしこれでは冷たい霧に常時包まれているような状態であった。体温が、奪われてゆく。

 その中を二人は、歩き続けていく。

 

 この感じは夢に似ている、とミコシエは思った。

 いつ、夢のぬかるみに落ちても不思議ではない程……時々見える影法師も、木々か、岩か、動かぬもの言わぬ獣なのか……ふと、あのしたしさをミコシエは感じることがある。

 夢の魔物の気配だ。

 こちらの世界にまであいつらが出てこようとしているのか、それともミコシエが夢の世界に半ば足を踏み込んでいるのか。

 何にしても、いつ来たっていい。ミコシエには妙な決意があった。

 幾度となく刃を交えてきて、今迄負けたことはないのだ、と。

 しかし、勝ったこともまたないのだ。

 あの奇妙な、もやを断ち切ったかの手応え。手応えのなさ。

 すぐ逃げ散らせたこともあったし、かろうじて追い払ったということもあった。

 だけど、いつもあるのは、やつらが消え去った後のあのだるさ。勝利の高揚感などまるでない。

 それにやつらは、またやって来るのだ。姿かたちを微妙に変えたり、戻したりしながら、幾度も……いやそれとも、毎度違う魔物に遭遇しているのか。

 

 いつからだろう? ミコシエは思う。

 

 こうやって私は、勝ちでも負けでもない戦いを戦いながら、ただ年を取っているのではないか……戦いはもとより覚悟していた。戦い、傷付き、旅の果てに倒れ伏すことも……ああ、だが、これもやつらの作戦なのかもしれない。これがやつらの戦法なのかもしれない。

 

 平らな土地を、何処までも何処までも……剣を振り、鈍い手応えを覚えながら、何度も、何度も……霧の中に、やがて虚しい徒労感をかかえ倒れた私を、やつらはとどめを刺すでも喰らうでもなく、嘲笑いさえせずにただじっと見つめているのだ。

 ……静かだ。何もない。これが死……これが私の望んだ死なのだろうか……雨……雨は何処へ行ったのか。あの雨の向こうに私は……

 

 女の息切れが、後ろの方で聴こえているのにミコシエはいつしか感づいていた。

 いや、それはこの数日ずっと間近で聴こえていたものだ。

 平ら、ではない。何かが湾曲していくイメージが浮かぶ。

 そう思った途端、ミコシエは起伏につまづいて倒れた。

 影が覗き込む。

 

「大丈夫?!」

 そこにはレーネの顔があった。

「立てる……?」

 

 レーネがミコシエの手を引いてくれる。

 一体どうしたのだろう私は、とミコシエは思う。

 

「熱でもあるのかしら?」

「いや、少しぼうっとしていただけだ」

「起伏が多くなってきたわね。気をつけて」

 

 峠の中心部に入っているのだ。

 当然のことではあった。

 ミコシエは立ち上がり、歩き出す。

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